20.レビェーデの春
第1話 新総主教ワグ・ロバーツ①
二月、レファールの姿はサンウマにあった。
コレアルで、クンファとミーシャの結婚式に立ち会った後、レファールは一度バシアンに戻ることにしたのだ。
葛藤が全くなかったわけではない。最大の庇護者であるミーシャがコルネーにいる以上、ナイヴァルに戻ることに意味がないのでは、という考えは浮かぶ。
それを打ち消したのはレビェーデとサラーヴィー、二人の友人の言葉である。
「枢機卿を剥奪されれば、それはそれですっきりしていいんじゃないか。コルネーでやり直せばいいだけだ」
「生まれた時から総主教だったミーシャの嬢ちゃんがここに来たんだから、レファールがこだわっても仕方ないだろ?」
確かにその通りである。ナイヴァルに来て五年、短くはないが、生まれた直後からずっとバシアンで過ごしていたミーシャとは比較にならない。仮にコルネーに戻った場合、それなりの地位に就くことも確実である。それこそ、五年前に衛士隊に入隊できていた時よりも高い地位につけるだろう。
そう考えると気楽になったし、せっかくなので新しい総主教の顔も見てみたいと思えるようになった。
「ミベルサでもっとも高貴な赤ん坊を見に行くか」
と、レビェーデとサラーヴィーも連れてナイヴァルに向かったのである。
サンウマに着くと、まずはカルーグ邸へと向かった。今まで通りの行動であったが、そこで先頭で出迎えに来たのがサリュフネーテであったことにレファールは驚く。
「シェラビー様はバシアンにいる機会が増えましたので」
「なるほど。総主教の世話もあるのか」
総主教ワグ・ロバーツには新枢機卿でもある父のネブ・ロバーツがついているが、さすがにバシアンの政治全体をコントロールすることは無理である。となると、シェラビーか、最低でもスメドアがいないといけない。
(ミーシャ総主教がいなくなって、シェラビー枢機卿は自分の思うままにナイヴァルを動かせるようになった反面、今まで以上に動きづらくなったわけか。物事はままならないものだな)
「……セグメント枢機卿はこれからどうされるおつもりですか?」
サリュフネーテの「セグメント枢機卿」と呼ばれ、小さくない衝撃を受ける。
(婚約とかそういう関係はなくなったにしても、子供の時からの付き合いだし、殊更他人行儀にならなくてもいいんじゃないか。メリスフェールからもそう言われることになるのかな)
と思い、メリスフェールの不在に気づく。
「メリスフェールとリュインフェアはどこにいるんだ?」
「メリスフェールはエルミーズにいます。リュインフェアはスメドア殿の屋敷です」
「スメドアの?」
「私がそう要請しました。シェラビーに私、レファールにメリスフェール、スメドア殿にリュインフェアの組み合わせなら誰か一人は残ると思いましたので」
「で、真っ先に私が脱落してしまったわけか」
「……それはまだ分かりません。シェラビー様に万一のことがあれば、貴方が必要とされることはあるでしょう」
少し離れたところから乳児の泣き声が聞こえてきた。シェラビーと亡きシルヴィアとの忘れ形見マリアージュなのだろうと想像がつく。
「はい。よく泣きます」
「……将来的にマリアージュが新総主教に嫁ぐなんていうこともあるのかね?」
「賢い選択ではありますね。さすがに今は面倒が大変なのでその余裕もないですが、三歳くらいまでにはそうしたいと思います」
半分冗談で言ってみたのだが、予想外に真面目な答えが返ってきた。
レファールは思わず、「上流階級は大変だなぁ」と呆れ半分感心半分で腕組みをしてしまった。
サンウマで一日過ごした三人は、翌日にはバシアンに向かう。
「ほ~、シェラビーの娘と、新しい総主教がねぇ。年齢は釣り合うが〇歳と間もなく一歳の時点で結婚なんて話が出て来るのはすごいねぇ。それと比べればここにいる男達はもう二十五も見えてきているのに全くそんな話がない。あ、レファールは別か。話はあったけど、捨てられたんだったな」
「……酷い言い方だな」
容赦のないレビェーデの言葉に、レファールは苦笑する。
「よし、俺はシェローナに戻ったら誰か探そう!」
唐突にサラーヴィーが叫ぶ。
「お前達と一緒にいると、変な影響を受けていつまでも相手が見つからないかもしれんからな」
「てめえ、自分がモテないのを俺のせいにするのか?」
「当然だろう。俺みたいな長身でイケている男に相手がいないのは、周りが悪いからだ。女の子より馬ばかり追いかけているのと、決められない体質で捨てられたのが傍にいるのは非常に良くない」
「おいレファール、バシアンでこいつ酔い潰して、60くらいの婆さんのいる部屋に放り込もうぜ」
容赦のない言葉はレビェーデの癇に障ったらしい。
不機嫌な様子で本気とも冗談とも取れない言葉を口にした。
バシアンの街に近づくにつれ、レビェーデの不機嫌さは更に増してくる。
「畜生、今、思い出しても腹が立ってくる」
「仕方ないさ。おまえがいなければ、シェラビー・カルーグも死んでいたかもしれないわけで、そうなるとバシアンには立ち寄れないことになっていたかもしれないからな」
「……そいつはそうなんだがよ」
と、話しているうちに門が見えてきた。当然ながら門などの通行に関するところでは枢機卿であるレファールが前に出て後ろの二人も入れるように交渉することになる。今回もそうしようと前に出たところで。
「大将!」
門番のそばにいた男が驚きの声をあげた。
「ボーザ!? 随分久しぶりだな」
かつて自分の副官として働いていたボーザ・インデグレスであった。
「本当ですよ。大将がずっといてくれたら、こっちがこんなにあちこち駆り出されることなかったんですから」
「おいおい、その言い方だと、まるで私が悪いみたいじゃないか」
確かにここしばらくの間、レファールは重要な場所に居合わせていない。シルヴィアの死にしても、バシアンの陥落にしても、自分がいればもう少しいい結果に出来たのではないかという思いもある。
とはいえ、レファールは別にサボっていたわけではない。シルヴィアが死んだ時にはイルーゼン北部に行っていたわけであるし、バシアン陥落に際してはそもそも相手が自分の不在を狙っていた節もある。
「何でも私のせいにされるのも困る」
「いやいや、セルキーセ村の時から、大将は一番厄介なことを引き受けると相場が決まっていたじゃないですか。これからもそうでないと困りますよ。こっちには妻もいれば可愛い娘だっているんですからね」
「……だから、そんなことを私に頼まれても困る」
辟易しているレファールを無視して、ボーザは後ろの二人に声をかける。
「レビェーデとサラーヴィーも随分久しぶりなことで。というか、男ばかり三人揃って旅ってムサいですねぇ」
「おまえに言われたくはないわ。見た目は一番ムサいだろうが」
そうでなくても不機嫌だったレビェーデが不愉快さを露に、苛立った声をあげた。
レファールは「まあまあ」と宥めて、ボーザに尋ねる。
「シェラビー様と新総主教に会いたいのだが、後ろの二人も含めて入っていいかね?」
「それはまあ……、大将は枢機卿なんですから、全然問題ないんじゃないですか?」
「予定だよ。予定」
「あ、そっちでしたか」
「そっちに決まっているだろう。ちょっと確認してきてくれ」
「了解」
以前の副官時代と同じような挨拶をして、ボーザは街中へと向かっていった。
三十分もしないうちに戻ってくる。
「今すぐ来てもらってオーケーです。大聖堂まで来てくださいよ」
「大聖堂? 大聖堂は前回燃え落ちたのではなかったか?」
「バシアンの象徴ですからね。何を差し置いても再建していますよ」
ボーザの先導を受け、三人は街中へと入っていく。しばらくするとレビェーデが「おおっ」と驚きの声をあげた。
その視線の先に、確かに以前と同じ大聖堂が建っていた。
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