15.イルーゼン戦役(前編)
第1話 枢機卿会議
ナイヴァル国の首都バシアン。
771年3月1日、その大聖堂において枢機卿会議が開催されていた。
昨年秋に枢機卿に任命されたばかりのレファール・セグメントも参加しているが、隣にいるムーレイ・ミャグーの視線が気になって仕方がない。
そうこう横の気配を探っているうちに、シェラビー・カルーグが立ち上がる。
「……このように、我がナイヴァルは現在、コルネーと同盟関係を築き、ホスフェとは従前までの通り友好的な関係を、ディンギアとも問題のない関係を築いている。更に、フォクゼーレ帝国は一昨年末から三か年計画と打ち立てた国力回復計画の途上であり、動けるような状況ではない。すなわち、我らナイヴァルがイルーゼンに攻め入るには絶好の好機と思うがいかがか?」
「でも、ホスフェは全体として友好的だけど首都オトゥケンイェルには反ナイヴァル勢力が増えてきているという話よ」
総主教ミーシャ・サーディヤが反論する。
「総主教の発言はまさしくその通りでございますが、フェルディス帝国がホスフェ国境近くにジャングー砦を建設しようとしていることから仲は極めて悪化しております。すなわち、今、ホスフェは我々の動きを制約したくてもできないのです」
「更に言えば、フェルディスのジャングー砦建設からの動きを放置しておくと、ホスフェを本格的に乗り込みにかかるかもしれない。今のうちにイルーゼンを制圧しておいて準備しておく必要があるのではないだろうか?」
レファールは思わず「おっ」と声をあげそうになった。ルベンス・ネオーペがシェラビーの発言に協調する動きを見せたのである。
これはミーシャも意外だったらしい。何か言おうとしていたが、口をつぐんで考える仕草を見せる。
ルベンス・ネオーペがシェラビーに参加したことでアヒンジとベッドーの二人もシェラビーに賛成する。
「……特に異論はありません」
レファールは元々余程のことがない限りはシェラビーに反対するつもりはない。必然、このような態度となる。
「……全員がカルーグ枢機卿に賛成となりました以上、私が言うことはありますまい」
ムーレイ・ミャグーもあっさりと承諾し、枢機卿六人の意見が一致する。
こうなるとミーシャもどうしようもない。
「あたしは反対したいけれど、枢機卿諸氏の意見は分かったわ。全員が一致したからにはイルーゼンを制圧するということについて反対はしないわ」
かくして、全会一致でイルーゼン侵攻を開始する旨で決定した。
会議の後、レファールはシェラビーではなくミーシャの近くに寄った。
「何よ? シェラビーの犬として、あたしに何か言いにきたわけ?」
機嫌が悪そうに見上げてくる。やはり本心では面白くないらしい。
「あ、いや、ネオーペ枢機卿一味がシェラビー様にあっさり従ったのは意外でしたね」
「……あいつら、国内の帰趨が決定的になったから、シェラビーの機嫌取りをするようになったってことでしょ」
「そういうものですか」
「それはそうでしょ。反対したら、美味しいところに入れてもらえないわけだし。主義主張はともかく、儲け話には乗るって連中よ」
ミーシャは今にも「ペッ」とか言って唾でも吐き出しそうなくらい機嫌が悪い。
「なら、どうして総主教は反対したのですか?」
そうでなくても苦しい情勢の中、更にネオーペ、アヒンジ、ベッドーの三人がシェラビーに着く以上、勝ち目はない。一人だけ反対すると立場が悪くならないだろうか?
「何かえ? 勝ち目がないなら総主教もシェラビーに尻尾を振った方がいいと言うつもりかえ?」
「そういうわけではないですが」
「総主教が言うことじゃないと思うけど、あたしはユマド神をそこまで信仰してないわ。でも、神の名前で安易に戦争されるのは許せないのよ。それとも、何? 『自分も分け前欲しいでーす!』なんて言うような総主教だと思っているわけ?」
「いや、そういうことはないですが」
「だったら、一々負け犬を捕まえて傷口に塩塗るようなことを言うんじゃないわよ」
ミーシャは最後まで機嫌を直さないまま、大聖堂の私室へと戻って行ってしまった。
大聖堂を出ると、バシアンのカルーグ邸へと呼ばれることになった。
「マタリの様子はどうだ?」
シェラビーが気遣うような様子で尋ねてきた。
「はい。中々進歩がなく苦労しています」
イダリスと共に、できるだけ町の産業を振興させようとしているが、中々進まない。そうこうしているうちに更に宗教系の施設を作るという悪循環は続いていた。
「そうだろうな。一年二年で何とかなるようなら苦労はせぬ。あのネイド・サーディヤもどうしようもなかったわけだし」
「確かに……」
「まあ、それはそれとして、今回の戦いは先ほども言った通り、今後のナイヴァルの行方を占う戦役ではある。力を貸してもらいたい」
「もちろんでございます。ただ、私は何をすれば?」
元々の中核部隊であったセルキーセ村の面々は全員サンウマに残っているし、レビェーデとサラーヴィーもいない。今のレファールの下にいるのは、マトリにいるガチガチの宗教保守の人間と、セルフェイが探し当ててきた者達が主体となっていた。
セルフェイ・ニアリッチは「多分、サンウマ・トリフタの時と比較すると30%くらいの戦力ですね」と酷評していたが、決して不当とはいえない。
(サンウマ・トリフタの時のようなことは無理だろうからな)
レファールがそう考えていたのを、シェラビーも「分かっている」とばかりに頷いた。
「今回の作戦は二面作戦で行きたいと考えている」
「二面作戦?」
「そうだ。我々主力はアンタープからイルーゼン南部に侵入し、そのまま南部一帯を制圧する動きを見せたいのだが、この際、確実に障壁となるのがシルキフカルのアレウト族だ。女王ユスファーネ・イアヘイトは美貌と勇敢さを備えたカリスマ的な人物であり、フレリン・レクロールは勇猛果敢な将軍だ。何よりミーツェン・スブロナがいる。彼らが自由に動ける状況になるのはまずい。そこでだ」
シェラビーは地図を開いた。
「既に何人かの者に工作にあたらせているが、北部にあるヒパンコとエティイの二部族を味方につけて、シルキフカルを襲わせたい。もちろん、この襲撃はあくまでアレウト族を引き付けるためだけのものであり、勝つことは全く考えなくていい」
「私はこの二部族を動かすということですか?」
「そうだ。ムーレイ・ミャグー……」
「ゲッ!」
「……をつけると、おまえがそういう態度をするだろうと思ったから、ルジアン・ベッドー枢機卿をつけることにした」
シェラビーが愉快そうに笑った。隣にいるスメドアは腹を抱えて声を立てて笑っている。腹が立つが、実際、ムーレイ・ミャグーに対してはとてつもない警戒感を抱いている。レファールに反論はできなかった。
「ただ、フォクゼーレも国をあげて動くことはないだろうが、何人かの参謀を派遣して各部族をコントロールしようとする可能性がある。その場合、そうした影響も除去してもらいたい」
「結構大変ですね」
「そうだ。誰にでも頼める仕事ではない。やってもらえるか?」
「構いませんが、一つだけ条件があります」
レファールはシェラビーに耳打ちするように小声で言った。聞いていたシェラビーは「分かった。手伝おう」と返答をした。
地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16817139555498032045
翌朝。
バシアンの別邸で朝を迎えたレファールのところに、憤然とした表情でセウレラ・カムナノッシが現れる。
「やあ爺さん。今回も謀略仕事だ。頼んだよ」
「おまえなぁ、敵地に潜入しての謀略活動に年寄りを従事させるか、普通?」
「爺さんは普通の年寄りじゃないだろ。総主教の参謀なんだから」
「むむう」
「本心は知らないが、総主教も反対はしていないわけだし、戦いを早く終わらせるのが爺さんの仕事だろ?」
「そなたは本当にかわいくないのう」
「それはお互い様だって」
お互い、一通り文句を言い合うと、ヒパンコ族の拠点であるバルカイへの進路を探すのであった。
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