第9話 選択肢
イルーゼンとフェルディスの国境付近は草原地帯が多いが、しばらく進むと高原地帯が広がってくる。
「ディンギアと似ているな……」
「そう。東は高原地帯が多く、馬を使った移動が多い。これがソセロンの方まで続いている」
ルヴィナが遠く西の方を指揮棒で指す。
「ただし、西の方は森林が多いと聞いている。あまり道らしい道もなく、それぞれの地域が別々に活動している」
確かに国境付近から全く道らしい道はない。
「こんなところに住む人間が美人かどうかなんてどうやって分かるんだろうな?」
レファールが後ろにいるセウレラに尋ねる。
「道がなくとも関わり合いはあるだろう。そうして行き来する者の中には口が軽い者もいる、ということだろうな」
「……爺さんが言うとすごく説得力があるよ」
レファールが頷いて、前に視線を見据える。視線の先に広範囲の集落が広がっていた。
「地図が確かならあれがアワング族の集落ね」
クリスティーヌの言葉に、ルヴィナが後ろの部隊に視線を向けた。
程なく、今回の戦いでは全く稼働していなかったシンバル部隊がシンバルを派手に鳴らした。
何だ、何だと集落のいたるところから老若問わない女性と、老人と子供が姿を現す。
「あっ!」
どこからともなく悲鳴が上がった。その視線の先には捕らえられた自分達の部族の壮丁の姿がある。ルヴィナはそうした者達を確認して、自らシンバルを鳴らす。
「私が今回の総大将のルヴィナ・ヴィルシュハーゼだ。この通り、おまえ達の部族の者は全員降伏させた。現時点で抵抗は不能」
自らの言葉に女性達がうなだれたのを眺めて、落ち着いた口調で問う。
「アタマナ姫はいるか?」
場にいる中からは返事がない。レファールも見渡したが、それほど特徴のある女性がいない。どこかに隠れているのだろうか。
「アタマナ姫はいるか?」
「ここにいます……」
再度問いかけると、奥のテントから声があがって小柄な女性が姿を現した。その後ろにいる老婆が止めようとしているところを見ると、隠れているように言われたらしい。
(なるほど……。確かに美人ではあるんだろうな)
「……お父さん」
アタマナの視線の先には馬上で完全に縛られている男がいた。
「父親か?」
ルヴィナの問いかけに無言であるが、その苦悶に満ちた表情は親族の一人であろうことを物語っていた。
「……軽率だったが、娘のために戦おうという姿勢は評価できる。私の父はそんなことは絶対にしない」
そこで一つ、大きく息をついた。
ルヴィナは改めてアタマナと対峙した。
「アタマナ姫に尋ねる。フェルディスからの要請については聞いているか?」
「は、はい……。冗談だと思っていましたが……」
「残念ながら、皇帝の義弟は本気だった。結果として私がここに来た」
「申し訳ございません」
「謝る必要はない。皇帝の義弟が望んだのは人道にもとる行為、部族の者達が反発したのは分かる。もちろん他の問題も多少はあるが」
ルヴィナの言葉にファーナは思わず頷いた。クリスティーヌはハラハラした様子で眺めている。
「ただし、正義が正義だけで勝つわけではない。正義を信じて暴走して、結果無様な姿を晒しているのがこの者達だ」
再度、捕らえたアワング族とコンガマ族の面々に視線を向ける。
「私の行動に正義がないとしても、私はフェルディス軍の構成員であるから、そのトップに逆らうことはできない。従って、私はフェルディスの人間として職責を全うしなければいけない」
自らに言い聞かせるように、大きく息を吐いた。
「そのうえで私は貴女に二つの選択肢を与える。まずは自尊心、夢、希望、全てを捨てて皇帝の義弟マハティーラの女になるという選択肢」
「……!」
アタマナが息を呑んだ。一瞬、フラッと揺れ、ルヴィナが一歩足を踏み出すが、気を保って次の言葉を待つ。
「それを選んだ時点で私は貴女の身柄を確保し、カナージュへと丁重に連れていく。残ったものについては降伏する者には手出ししないし、歯向かう者も適当に相手して追い払う。貴女の犠牲の下に参加した全ての部族の者は救われる」
「……もう一つの選択肢は?」
「真逆の選択。貴女は自尊心、夢、希望全てのために、命懸けでマハティーラの意向を受けたフェルディス帝国に立ち向かうというもの。こちらを選ぶなら私達は捕らえた者を解放し、二十四時間の猶予を与えてここで待機、そのうえで追跡する。捕まえたら問答無用でカナージュに送り、歯向かう者についてはフェルディスの法で厳格に処分する。悪法もまた法律。口は挟ませない。部族は危機に陥るが、貴女が努力するのなら救えるかもしれない」
「……」
「どちらを選んでもいい。自分の心、家族、神、考えられるものすべてに問いかければいい。ただし、あまり待てない。三時間以内に選んでほしい」
話ながら近くにある大きな木の方へ向かっていく。そこで仮眠でもしながら待つつもりでいるらしい。アタマナが声をかけた。
「もし、後者の選択肢を選んで逃げ切ったら、貴女の立場は悪くならないですか?」
「私のことを気にする必要はない。私が無能であると言われるだけ。無能を装うのは慣れている。無能を理由に処分するというのなら、私の覚悟を決めるだけ。いや、ひょっとしたら、本当は私も誰かの後押しを求めているのかもしれない」
ルヴィナの言葉に、アタマナがけげんな顔をしている。
「ルー、何かカッコいいことを言っているのかもしれないけど、アタマナ姫まで声が届いていないみたいよ」
「……私のことを気にする必要はない」
元々不機嫌そうなルヴィナであるが、更に不機嫌そうな顔になった。
三十分もすることなく、アタマナがルヴィナに近づいた。
「カナージュまで、よろしくお願いします」
私一人のために、皆やルヴィナ様にまで迷惑をかけられません。アタマナは頭を下げる。ルヴィナは「本当にいいのか?」と再度尋ね、アタマナが頷くと馬に乗せた。
「セウレラ翁」
そこでセウレラに声をかけ、投げられた袋を受け取る。
「……再度選択肢を二つ与える。これはあのお爺さんが知る劇物の一種、顔に塗るとバンバンに腫れあがり、二目と見られない顔になる。私は使ったことがないから実際にどうなるかは分からないが、とんでもないことになるらしい」
「す、すごい劇物ですね」
「マハティーラが姫を求めるのは姫が美しいから。顔がバンバンに腫れあがれば、興味がなくなる」
「は、はい……」
ルヴィナのあっけらかんとした物言いに、アタマナの顔が引きつる。さすがに自分の顔が二目と見られないものとなることには抵抗があるのであろう。
「ただし、カナージュで用意できるものでほぼ治るらしい。ここでは用意できないので、カナージュについたら渡す。以上はあのお爺さんの知識。セウレラ翁の知り合い以外で誰も実践した者はいない。つまり、あのお爺さんを信用するかどうか。違っていたら、残念ながらその責任は私には取れない」
「……なるほど」
「私の経験上、セウレラ翁の言うことは十に九は正しい。カナージュに着くまで、彼の知識の信用性について確認することを勧める」
「……は、はぁ……」
アタマナはセウレラに視線を向けた。そのセウレラはというと「私に任せておけ」とばかりに胸を張っている。視線を受け取った袋に移し、再度セウレラを見て、「どうしよう」とばかりに深い溜息をついた。
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