9.参謀探し

第1話 シルヴィア・ファーロット②

 10月16日、レファールはナイヴァルに着いた。


 サンウマに入り、まずはカルーグ家の屋敷に顔を出すと、見慣れた長身の男がいた。相手……スメドアもレファールに気づいて、おっと声をあげる。


「どうしたのだ?」


「コルネー王即位式の紹介状を貰ってきました」


「ああ……」


 スメドアもワー・シプラスの経緯については知っていたらしい。呆れたような笑みを見せる。


「リヒラテラでもホスフェの責任者があっさり戦死したが、国王が戦死するというのは相当なものだったんだろうな」


「たいしたことはありませんよ。敵は敵で滅茶苦茶でしたが、味方も味方で酷かったというだけの話です。さすがにナイヴァルでは考えられませんよ」


「そうか……。新しい国王はどうなのだ?」


「どうですかねぇ」


 レファールは両手を広げた。


「まだ17歳ですので、正直何とも言い難いです」


「とはいえ、19歳でトリフタ戦役を勝利に導いたものもいるし、リヒラテラではどちらにも15歳なのに重要な役割を果たした者がいたというぞ」


「そこまでのスーパーマンではないと思います」


 クンファのことを思い出す。悪い人間には見えないが、何か大きなことをしそうな人間とも思えなかった。今後、それなりに成長はするのだろうが、例えばフェザート以上の存在になるという印象はない。


「シェラビー様は?」


「数日前にバシアンに出かけた」


「バシアンに?」


「総主教と掛け合うことがあるそうだ。詳しいことを私も知らない。あと、サリュフネーテはエルミーズに出かけている」


「エルミーズに?」


「ああ、副所長のアンジェラと仲良くなって、彼女と一緒にいることが多い」


「そうなんですか」


 スメドアは気軽にアンジェラと言っているが、誰のことかはさっぱり分からない。しかし、内気な印象しかないサリュフネーテが自分から外に出ていること自体は悪いことではないように思った。


「シェラビー様もサリュフネーテもいないのであれば、私もこのままバシアンに行くとするかな」


「そうだな。紹介状の件はさすがに総主教に通さないとダメだろうし」


 スメドアも頷いた。




 それでも、久しぶりに戻ってきたのでほとんど使われていない自分の家にでも戻ろうかと歩いていると、途中市場で意外な人物を見た。


「これ、11月17日にオルセナに届くかしら?」


 と、係員に掛け合っているのはシルヴィア・ファーロットである。


「11月17日? いやいや、一か月ではアクルクアにだって着きはしませんよ」


「快速船とか使っても無理? ヴァトナはいないけど、プライマ号でも二〇日程度でつくんじゃないかしら? ハルメリカからセシリームに一〇日は無理じゃないでしょ」


「うっ、シルヴィア姉さん、よく知っていますね……」


 係員は参ったとばかりに頭をかいた。


「頼むわよ。これでどう?」


 と、巾着袋を一つ、渡した。


「分かりました。今回だけ頑張ってみます」


「ついでにこの手紙もつけてくれるかしら? ちなみに中身を見ても無駄よ。暗号文で書いてあるから」


「はいはい。シルヴィア様の手紙を見ようなんていう馬鹿はいませんよ」


 係員はやけくそという様子で受け取った。シルヴィアは「お願いね」と嫣然と笑いかけて戻ろうとした。そこで視線が合う。


「あら、レファール将軍。帰っていらしたのね」


「ええ、コルネーで新国王が即位しますので、即位式典の紹介状を持ってきました」


「式典か……」


 シルヴィアは空を見上げた。


「オルセナというのはアクルクアの国ですか?」


 何気なく問いかけた。シルヴィアは「やっぱり聞いていたのか」という顔をしたが、特に隠す素振りはないようである。


「ええ。宛先は誰だと思う?」


「……さあ、さすがにそこまでは」


「オルセナの摂政よ。私の初恋の人」


「……それは初耳でした。シェラビー様もご存じなのですか?」


「まさか。そんな無粋なことするはずないでしょ」


 シルヴィアが港を指さした。バシアンまで急ぎたいという思いもあるが、付き合うことにする。



「……11月17日は彼にとって特別な日なのよ。今年は特に、ね」


「彼というのは、シルヴィアさんの初恋のオルセナ摂政ですか?」


「そう。その人の最愛の人で、私にとっては最大の恋敵だった女、偉大なるオルセナ女王エフィーリアの命日……。今年で10回目ね」


「へえ……」


 と相槌を打って、はたと気づく。


「その摂政、歳は離れているのですか?」


「同い年よ」


「ということは、その相手の女性も結構若かったんですよね?」


「そうよ。ああ、死因? 出産時の事故よ」


「そうなんですか。うん、でも……」


 ライバルが10年前に死んでいて、サリュフネーテが13歳ということを考えると、その時には既に初恋の男に対する想いは切れていたということなのであろうか。


「まあね……。さすがに二十歳過ぎて、自分の想いばかり追いかけるのも現実的ではないからね」


「そういえば、三人の父親はどういう人だったんですか?」


「私の護衛だった人よ。私は一応貴族の娘で、婚約相手も決まっていたのだけれど噴火で故郷全体が破壊されてしまってね。婚約相手どころか、生き延びたのが私と彼だけだったというわけ」


「随分と壮絶な体験をされたのですね」


 火山の噴火などと言われてもピンと来ないが、シルヴィアの沈んだ表情からは相当な試練だったのだろうということが伝わってくる。


「彼は護衛をしていたこともあってか実直で誠実な人だったけれど、運はなかったかしらね。つまらない事件に巻き込まれて殺されたわ」


「つまらない事件?」


「ええ、バシアンまで来て、兵隊として採用されたところまでは良かったけれど、聖女の護衛をしていたら、戦闘に巻き込まれて殺されてしまったってわけ。ちょうどその時リュインフェアがお腹の中にいて、それも含めて三人の娘を育てることはできないし、もう一度アクルクアに戻ろうかと思ってサンウマまで来たところでシェラビー様に拾われたというわけ」


「……!?」


 レファールはハッとなった。


(十七聖女事件に、サリュフネーテ達の父親が巻き込まれていたとは……)


 自分は事件そのものとは無関係であるが、今後使おうと思っているイダリスはその計画を立案した者の一人である。


(……これはまずいな)


 もちろん、このことをシルヴィアに言うつもりはないが、知られた場合にどういう反応をするだろうか。シルヴィア本人もそうだし、サリュフネーテやメリスフェールが知ったとすれば……。


「どうしたの?」


「あ、いえ、何でもありません。大変な思いをされてきたのだなあと思いまして」


「そうね。自分で言ってみても、結構大変だったんだなと思うわね。でもね、前、別の人にも言ったんだけど、そんな苦労した記憶もないのよ。どっちかというと、彼女に勝ちたいって思いもあるわけで、それでエルミーズみたいなものを作りたいとも思うのよね」


「そうなんですね。では、オルセナ摂政への手紙には何と?」


「ああ、宛先は摂政だけど、手紙は娘宛よ」


「娘? あ、出産事故で生まれた娘ですか」


「そう。多分オルセナではエフィーリア没後十年の式典をすると思うのよ。娘の立場としてはどう?」


「……複雑でしょうね」


 もちろん、生まれてきた娘に責任はないだろう。それでも、母親を死なせてしまったという負い目は生涯ついて回るのではないか。


「ま、私は彼女のことをそこまで詳しくは知らないけど、一応元ライバルだし、同じ娘をもつ母親としてね、エフィーリアは貴女のことを恨んでいないから強く生きなさいって」


「なるほど」


「……」


 シルヴィアはしばらく海を眺めていた。


「私、子供はいるんだけど、結婚式をしたことがないのよね。もしシェラビー様が……と期待しているのだけれど、このままだと私より先にサリュフネーテの結婚式を見ることになりそうね」


「そうなんですか」


「他人事のように言わないでよ。綺麗に仕立て上げてちょうだいよ」


「えっ……!? あっ、はぁ、まあ、そうなった時には」


 不意を衝かれたこともあり、自分でもびっくりするような情けない言葉になる。シルヴィアも笑った。


(ひょっとすると、この人を義母と呼ぶことになるのか……)


 今みたいな話をした後だと、全く信じられない話である。レファールは思わず溜息をついた。

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