第11話 処分①

 その夜。


 壊滅して北に逃げていったフォクゼーレ軍を放置し、コルネー軍は戦場の南で沈痛な一夜を過ごしていた。


「しかし、何で国王陛下がわざわざ戦場に出てきたんでしょうねぇ」


 ボーザが毒づいている。それは誰もが抱いている思いであるが、今更どうしようもない。


「誰が責任を負うことになるんだろうな…」


 レファールにとっての不安はそれである。国王の戦死はもちろん悲惨なことであるが、それに対して誰かが責任を取るというようなことになると悲劇がより増すことになる。


「取るとしたら誰なんですかね? 大将は関係ないでしょ?」


「ああ、私は無関係だが」


 レファールに失態があったわけではないし、ナイヴァルに所属しているレファールは国王の戦死に関して何も責任がない。


「……本来なら、騎兵隊の動きは向かいの騎兵隊が見ていなければならない、ということになる」


 責任があるとしたら、向かいの騎兵隊を率いていたレナイト・コフレ子爵になるであろう。ジュストの騎兵隊が完全に離脱したかのような方向に消えていったことは事実だが、大がかりな迂回の可能性も考えればその行方を追うべきだったという考えには立てる。


「あの騎兵隊、狙ってやったのだと思います?」


「いや、多分馬が戦場付近のぬかるんだ足下を嫌ったのだろう」


「ですよね。俺もちょっとだけ見ましたけれど、貧相な馬ばかりで乗っている連中が可哀想になりましたよ。兵士もあれですけれど、馬も酷いのばかりでした。フォクゼーレってよほど軍に金をかけたくないんでしょうね」


「軍に金をかけないのは別にいいのだが、な。他に金を使っているようにも見えないのが不思議なところだ。今回の件も東部や南部での食料難も一因らしいし。ならば何もかもない遅れた国なのかというと、そういうわけでもないから不思議だ」


「責任の件ですけれど、大将がコフレ子爵の立場だったらどうしました?」


 ジュスト隊を追ったか、諦めたか。


 ボーザの問いは中々難しい。結果的には追わなかったことが痛恨の事態を招いたが、あそこまで離脱してしまった以上完全に制御不能となってしまったとも考えられる。それを追いかけてしまい、戦場そのもので貢献できなければそれも痛恨だ。


「分からん。私だったら、念のため追いかけていたと思う。ただ、例えばレビェーデとサラーヴィーならコフレ子爵と同じ行動を取っただろうな」


「ああ、確かにあの二人は無視しそうですね。ただ、その代わりにあの二人なら、もっと早くフォクゼーレ軍を壊滅させていたでしょうね」


「そういう言い方をするものじゃない」


 それはさすがにレナイト・コフレに失礼であるとボーザをたしなめたが、一方でその通りであることも否定はできない。仮にコルネー左翼の騎兵隊を指揮していたのならレビェーデとサラーヴィーなら、もっと早くビルライフ隊に攻撃を仕掛けて壊滅させることができたであろう。


「処罰されるんですかね?」


「分からん……。本人はともかく、妻は昔知り合いでもあっただけに重い処罰はなしであってほしいが」


 翌日、レファールは朝からエルシスに近づいて話をした。込み入ったことまでは自分からはしないつもりであったが。


「レファール、君のところに観察のために来たものがいただろう。先にコレアルに戻って共に共にフェザート様に伝えていただけないか?」


「えぇっ!?」


 突然の申し出にレファールは仰天する。何で自分がそんな面倒なことをしなければならないのだ、という文句も喉のあたりまで出かかるが。


「処分などがあるかもしれないから、それは公平になされるべきだろうと思うのだ」


 と返されると、それ以上の反論はしづらくなる。


(確かに、誰が報告するにしてもそいつが保身を図ったり、別の者を陥れたりする可能性があるか)


「…分かりました」


 嫌な任務だが引き受けるしかない。レファールはそう考え、ボーザを連れてコレアルへと急いだ。



 9月7日、レファールとボーザ達はコレアルに戻った。すぐに海軍事務所に向かい、フェザートに面会を求める。


 中に通されると、フェザートの机の上が整然としている。頻繁に来ているわけではないが、これだけ整理されていただろうかと思わず首を傾げた。


「随分と整理されていますね」


「それはまあ、今回の件が色々大変なことになりそうだからな」


「大変なことになりそうとは?」


 レファールの問いかけに、フェザートが鼻で笑う。


「勝ったのであればゾエ伯爵かコフレ子爵が来るだろう。他国人であるおまえが報告に来たということは、良からぬ事態が発生したということだ。とはいえ、さすがにフォクゼーレ軍に負けることはないだろうから、例えば陛下が戦死なされたとかだろうか」


 フェザートの言葉に、レファールは思わずうめき声をあげた。


「……やはりそういうことか。で、誰かしらの責任が発生しそうだということだろう」


「恐れ入りますね。全くその通りです。ひょっとしたら、大臣がそう希望されていたのでは?」


 レファールの言葉に、フェザートは心外だと言わんばかりの渋い顔を見せた。


「どういうことだ? もしかして、俺が陛下の死を期待していたとでも言いたいのか?」


「そこまでは言いませんが」


(考えてみれば、フェザート殿がクンファ殿下を重宝したから、アダワル国王が前線に出ることになったわけだし)


「納得いってなさそうだな。信じてもらえんかもしれないが、俺は神誓ってそのようなことを期待してはいない。ただ、陛下が出ていく以上、戦死もありうるという可能性は考慮していたから、冷淡に見えるのかもしれないが、な」


「そうですか」


 本人がそういう以上、それ以上突き止めることはできないし、する必要性もない。仮にフェザートが王の死を期待していたとしても、それに文句を言う資格はレファールにはないのであるから。


「処分などはどうしましょうか?」


「処分か……」


 フェザートが立ち上がり、海を見た。


「私の一存で決めることではない。クンファ殿下が決められることだろう…」


「でも、大臣が言えばほぼ通りますよね?」


 17歳のクンファに戦況を冷静に分析して処分をするだけのことはできないだろう。どうあっても、それは陸軍大臣ムーノ・アークにしても同じである。フェザートの胸先三寸で決まることになるはずだ。


「……何なら見に来るか?」


「はい?」


「処分の過程が気になるのなら、直接見ればいいだろう。そうすれば、誰が主導権をもっているか分かるはずだ」


「それでいいのですか?」


「別に隠し立てするようなものでもないからな。おまえも気になるようだし、実際に確認すればいいのではないか?」


「分かりました」


 ここまで来たならば、実際に確認しておきたいという気持ちはある。


 レファールが頷くと、フェザートは「ならばさっそく報告に行くか」と立ち上がり、王城の方へと向かっていった。

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