第11話 高山の隠者達④
「ただ、私が戻るとなると、ここに残される者のことが気にはなる」
集落の方を向いた。
確かに、五つしかない家の住人が助け合って生きている中で、一人が抜けるというのは残された者に負担となる可能性がある。グラエンがレヴィン・スブロナを連れていくことになると尚更だ。
「同意するのであれば全員連れ帰ることも可能ではありますが…」
「ほう…。一度に十五人くらい増えても大丈夫であると?」
イダリスが不審そうな目を向けたが、ややあって溜息をつく。
「まあ、サンウマ・トリフタの英雄であればできないことではないか」
「…知っていたのですか!?」
「知ってはいた。思い出したのは、ついさっきだが…。時々は麓の村まで必要なものを取りに行くこともあるからな」
「なるほど…。レヴィンさんがミーツェン・スブロナの父親であることもご存じですよね?」
「もちろん。ただ、父親はともかく、息子がナイヴァルやコルネーに協力することはないだろう」
「それは分かっています」
「……」
イダリスは釣り道具を片付けながら、しばらく思案している。
「まあ、私の追放の煽りを受けて一緒に来た護衛兵などもいる。ブランクはあるが、役に立つこともあるかもしれない」
「護衛となると、それなりに腕も立ちそうですね」
「…昔は、な。ブランクは長いぞ」
「構いませんよ」
現状、レビェーデとサラーヴィーが去ってしまったという事情がある。今後、自分の陣営として頼りになるような個人としての強さのある者が欲しい。
「分かった。明朝、話をすることにしよう。今日はもう一人ともども倉庫で寝るといい」
「倉庫ですか…」
苦笑するが、ここ数日は野宿である。それに比べればマシであると考えるしかなかった。
翌朝、イダリスは全員を集めて、レファールについて説明をした。集まって驚いたことであるが全員が男である。
「…ということで、この者の下で再び人間の集落で暮らすことができそうだ。どうしてもここに残りたいという者は仕方ないが、私は共に帰ることができればと思うが、どうであろう?」
と首領格のイダリスが説明をすると、概ね全員がすぐに従った。
(それはそうだろうな。全員男だと、集落として維持していくこともできないし)
隣にいるグラエンを見た。
「連れていくんですか?」
「…断られた。自分一人だけコレアルに行ってもできることは何もないということでな」
「そうなると、私がバシアンに連れていきますが、構いませんか?」
「好きにしろ」
「分かりました」
かくして、十五人の男達をナイヴァルに連れていくということで、合意した。
行きはかなり苦労したが、帰りは下りということもあってか非常に楽な道のりであった。何よりグラエンが足を引っ張らないのが有難い。
山を下り切ったところでレファールは昨晩書いた手紙をイダリスに渡す。
「サンウマに行って、これをスメドア様かボーザ・インデグレスという男に見せてくれれば何とかしてくれるでしょう」
「スメドア様はまずいな。私のことを覚えている可能性がある」
「…ならばボーザですね。今は家を構えていますし、サンウマに行けば多分分かるでしょう」
かくして、十五人を東に向かわせて、レファールとグラエンは再度馬車でコレアルへと戻っていった。
コレアルに戻ると、レファールはナイヴァルとコルネーの同盟についての交渉を行う。
とはいっても、それほど難しい話ではない。今までの停戦協定の中身に攻守同盟の内容を入れるだけである。
その内容について、既にコルネーの側で草案を作成しており、レファールはそれに目を通す。
「特に問題がないのではないでしょうか」
と了承し、ミーシャ達に確認してもらうべく、使者を送った。
使者を送り終えた後、フェザートが口を開く。
「フォクゼーレ南部のリノックで大規模な徴兵が行われているらしい」
「徴兵?」
「そう。そこらの農民らを集めて、兵士として使うつもりらしい。八月くらいにはリノックを出発して、エスキロダを狙ってくるだろう」
「前回もたいしたことなかったですが、そこらの農民を兵士として徴発してフォクゼーレは勝てると思っているんですかね」
「分からん。正直、軍にはたいした連中はいないと思うが、ヨン・パオ大学には優秀な人間もいる。私の知る限りだと、カタンの王女レミリア・フィシィールはまだ16歳だが、相当な切れ者だ」
「リヒラテラでホスフェの参謀をしていたノルンも15歳でしたし、フェルディスにも同い年の強い将軍がいるそうです」
「そうらしいな。基本的にはたいしたことがないとは思うが、どこにどんな逸材がいるか分からない。それこそ、レファール・セグメントにしてもいきなりプロクブルやトリフタでものすごい戦果を出したわけだし」
「…確かに。自分でも真価を分かっていない若者も大勢いるでしょうしね」
「つまり、油断はできないということだ」
「それはさておき、ナイヴァルから兵は出せませんよ。まだ攻守同盟も正式締結されていませんし」
「だが、おまえはついてくるだろう?」
レファールは渋い表情になり、ため息交じりに答える。
「ついて行くしかないでしょうね」
「それで十分だ」
フェザートは満足気に笑った。
レファールが出て行ったあと、海軍事務所にグラエンが現れフェザートに報告をしていた。この数日、高山地帯での出来事の一部始終である。
「委細は分かった。ご苦労だったな、グラエン」
「別に構いませんけれどね」
グラエンは不貞腐れたような顔をする。
「あんなに大変な場所だと知っていれば、行くことはありませんでしたが」
率直な物言いにフェザートは笑う。
「ハハハ、しかし、レファールは平気だったのだろう。コルネーは平地が多いが、ナイヴァルの中部からはかなりの高原地帯だ。仮に将来的にサンウマだけでなくバシアン方面まで攻めるとなると、登山対策はどうしてもしなければならなくなる」
「…そうですね。しかし、大臣の考えが正直分かりません」
「何が、だ?」
「レファール陣営を強化して、コルネーにとってプラスとなるのですか? あいつがいたからフォクゼーレとの仲がこれだけ悪くなったということがあるのですが…」
「もちろんプラスだ。あいつはそもそもコルネーの生まれだし、別にコルネーを裏切ったとかそういうわけではない。親コルネー派としてナイヴァルに勢力を持ってもらえばこれ以上のことはないわけだ」
「レファールが疑問に思っておりました。大臣はひょっとしたら負けるのを承知でいたのではないかと」
「うん? サンウマとトリフタでのことか?」
グラエンが頷くと、フェザートは笑い声をあげる。
「結果としてそう思われたのかもしれないが、負けてもいいと思っていたことはないぞ。ただ、私が出て行って失敗すると完全に後がなくなって、それはまずい。とは思ったが。最悪の事態を回避したくて、ウニレイバに残っていた。それがコルネーにとって良かったかどうかについては何とも言えないが、結果としては、お前達も痛い経験にはなったし良かったのではないか?」
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