第13話 占い師③

 夕食を食べ終わる頃、屋敷の鐘が鳴った。


 グライベルが立ち上がる。


「先程の三人に、夕食を食べたら来るように伝えていたのですよ」


 そう言って玄関先に向かい、確かに三人の漁師を連れてきた。


「当面は、アムグンという名前を使うことにした。色々助けていただき感謝している」


 アムグンはそう言って頭を下げた。


「いえいえ、全然かまうことじゃないですよ。それよりアムグンさん、よろしければ明日の講演会に参加してもらえないでしょうか?」


「講演会?」


 話が全く見えないアムグンに対して、グライベルが説明を始めた。


 現在、ここフグィでは元老院に送り込む議員を決めるための選挙活動が行われているという。その候補者としてラドリエルが立候補しており、立候補者の講演会が明日の正午から行われるというのだ。


(なるほど)


 この屋敷に来た時に、ラドリエルが有難がっていた理由がようやく分かった。ラドリエルの徒党によって命を助けられたという話をすれば、市民からの評価が高くなる。それを狙っているのだろう。


「分かりました。助けられた恩もありますので」


 それもあるし、ホスフェの選挙というものがどういうものであるかという興味もあった。


「しかし、お父さんではなく、息子さんの方が立候補しているのですね」


「父には漁師ギルドの長としての仕事がありますからな」


 ラドリエルが答えた。


 それは理解できるのであるが、ラドリエルはまだ若い。果たして元老院議員が務まるのかという疑問があった。


「そういえば、アムグン殿は占い師をされていると聞いた。一つ、息子の勝敗を占っていただけないだろうか?」


 グライベルが提案した。


 先程、食事中に大体の身の上話などはしていたのである。


「し、勝敗ですか?」


 アムグンもさすがに慌てる。


「何も情報がない中では……」


「では、これから私がどのようにホスフェを変えたいか説明しよう」


 ラドリエルもその気になったらしい。アムグンは「やれやれ」と溜息をついた。




 そこからラドリエルの演説が始まる。


「このホスフェは、80年前までは強国であった。しかし、近年は東のフェルディスと西のナイヴァルの機嫌ばかり考える国となってしまっている。どうして、こうなってしまったのか? 選挙が機能していないからである。利益のみで議員が選ばれ……」


 熱っぽい勢いで話すラドリエルの表情は真剣そのもので、話していることが事実かどうかは分からないが、彼がいかにホスフェの未来を心配しているかがよく伝わってくる。


(なるほど。父ではなくて、息子を出していいのだろうかという不安は、全く失礼なものであった)


 アムグンは自らの不明、ラドリエルを軽く見ていたことを真摯に反省していた。




 ふと時計を見たら、一時間以上が経っていた。その間、ラドリエルはひたすらにホスフェの情勢を憂い、自分が変えたいという激情をぶつけてきたのである。


「どうだ? 私は勝てるか?」


 そうした話が一段落し、ラドリエルが問いかけてくる。


「……やってみます」


 カードをめくり、チャンシャン改めアムグンは占いを続ける。


(これは……?)


 見えてきた暗示は、一見して不可解なものであった。


 しかし、暗示を信じないわけにはいかない。


「分かりました」


「よし、言ってみよ」


「結論から申しますと、ラドリエル様は元々今回勝つつもりはありません」


 アムグンの言葉に、三人の漁師がざわめいた。先ほどまでの意気込みはとてもそんな感じには見られなかった。初対面のアムグンがそう思ったのであるから、日ごろから意気込みを見せられていたとすれば、三人には信じられない思いであろう。


「始めから、次回勝つための布石として考えておられます」


「フフ、ハハハハハ」


 ラドリエルが大声で笑い始めた。その笑いの意図が何なのか分からず、三人は固唾をのんで見守っている。


 一通り笑い終えると、ラドリエルはアムグンの肩をポンと叩いた。


「明日はよろしく頼むぞ」


「は、はい……」


 答えたアムグンだが、自分の答えが本当に正しいのかどうか、自信はなかった。



 翌日、フグィの街の中央広場に演説場が設置され、多くの市民が集まっていた。


 ビーリッツ親子とともにやってきたアムグンであったが、すぐにホスフェの選挙というものの実態を知ることになる。


「はい、皆さん、列を乱さないで」


 と呼びかけているのは、ラドリエルの対立候補にあたる男である。


 アムグンが驚いたのは、その列に並んでいる者に、彼らが金貨5枚を渡していることであった。


「どうか投票をお願いします」


 と当然のように頼んでいる。唖然と見ていると、グライベルが説明した。


「ああやって、票を買っているわけですよ」


「しかし、金貨5枚とは大層な出費ですよね」


「そうは言いましても、このフグィで投票の権利がある人物は380人ですからね。全員に配ったとしても、金貨2000枚に満たないわけですから。まあ、それをそんなに出していると見るか、その程度で済んでいるかと見るかによるわけですが」


「はあ……」


 フグィには7万人の人口がいるが、投票権は一定程度の資力を持っているもののみに認められているので、認められているのは1%にも満たない。


 一方のラドリエルはそうしたものを用意はしていない。時々、漁師ギルド関係の人が挨拶に来ても、ただ真摯にお願いしているだけである。


(これでは勝ち負けは端から見えているではないか)


 ラドリエルは清廉な志があるのかもしれないが、金貨5枚ももらってしまえば、とてもではないが他の人間には投票しないであろう。そうなると、ラドリエルがどれだけ熱い思いを持っていても無駄だということになる。


(何とかできないものかなぁ)



 時間になると、それぞれの候補者が演説を始めるが、真面目に聞いている者はいない。それはそうだとアムグンは思った。勝敗は既に決しているのであるから。



 両者の演説の後、アムグンはラドリエルの推薦人として演説を求められた。


 アムグンは自らが助けられたことも含めて、ラドリエルの人格やホスフェという国への熱意を檀上で語る。しかし、関心がある様子で見ている人間はほとんどいない。義務だからその場にいるという様子である。


 無力感を感じると同時に、途方もない悔しさが募る。


 と考えた瞬間、アムグンは悟った。


(ああ、占い師としての私が43歳で死ぬというのはある意味では当たっていたのかもしれん……)


 今、自分はアムグンという名前で、ラドリエルのために懸命に仕事をしているのであるから。



 全ての演説が終わり、終了したのは4時頃であった。


(とんだ茶番ではないか)


 アムグンはそう思った。参加している全員が、ただ惰性的に参加しているだけである。


「アムグン、ありがとう」


 ラドリエルが声をかけてきた。


「……これでいいのですか?」


「何が、だ?」


「こんな状況で、選挙で勝てると?」


「ま、無理だろうな」


 ラドリエルは小声で答えた。


「おまえはこんな茶番、とでも思ったのかもしれないが、それでもコルネーよりは大分マシだとは思うぞ。向こうのように生まれながらに立場が決まるわけではないからな。成功すれば、誰でも勝てる」


「それはそうですが」


「まあ、見ておけ」


 ラドリエルは含みを持たせる笑いを浮かべた。



 一週間後、選挙が行われた。


 349対31で、ラドリエルは敗れた。



 翌日、ラドリエルは31人の人物を呼んだ。言うまでもなく、自分に投票してくれた人物達だ。そのほとんどが漁師ギルドの関係者であり、わずかながら自分の意思で投票したらしい部外者もいる。


「今回は、私のために投票してくれてありがとう」


 ラドリエルは彼ら一人一人に金貨20枚を渡した。


 全員を帰した後、ラドリエルはアムグンにウィンクをして、こう言った。


「ま、次への布石だな」


 と。

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