第9話 捕虜②
ナイヴァル船団が引き上げていった様子を見て、プロクブルは再び街の門を開いた。
レビェーデはまず、沈んだ船のあたりを調べた。
「何もないだろ」
と、サラーヴィーが言うが、チャンシャンがいないかどうしても調べたいのである。
しかし、一時間ほど探しても、人らしきものはない。
(とすると、俺が見逃しただけで、救われたのだろうか?)
船の藻屑のあたりで考えるが、答えは出ない。
「囚われた奴らはどうする?」
戻ったところでサラーヴィーが聞いてくる。これもまた頭痛のタネであった。
「公爵が解放してくれればいいんだが……」
見込みは薄いと思った。公爵は防御に専念して門を閉めてしまった。そうである以上、門の外で戦った面々のために何かをしてくれる可能性は低い。
とはいえ、他の手立ては思いつかないので、ひとまず頼みに行くことにする。
「それは無理だ」
案の定、クンテ・セライユは人質解放のための交渉を却下した。
「ナイヴァルの面々のことだ。奴らの神の下に洗脳して、スパイとしてしまう可能性がある。一度向こうに降った者を入れるわけにはいかぬ」
「……分かった」
話を続けても喧嘩になるだけと言うのが目に見えていたので、レビェーデもそれ以上付き合うことなく公爵邸を退出した。
「どうしたものかなぁ」
とぼやいていると、シャールガが嘶いた。
「どうした?」
シャールガは勝手に門の方に向かおうとする。
「何か気づいたんじゃないのか?」
サラーヴィーが言う。実際、シャールガは案内するように先へ先へと向かっていく。
「そうだな」
ついていった先は城門であった。その入り口に、見慣れた子供がいた。
「ワーヤン!」
レビェーデは思わず駆けだした。
「無事だったのか?」
「うん。ナイヴァルの人が、レビェーデとサラーヴィーに来てほしいって」
「俺達に?」
ワーヤンは門の外を指さした。200メートルくらい離れたところに、見覚えのある若者がいることに気づく。
「あいつ……」
「誰なんだ?」
隣でサラーヴィーが怪訝な顔をしている。レビェーデは彼の疑問に答えることなく大きく頷いた。
「分かった。あいつと話をしよう」
そう言って、城門の外に出る。「おい、待てよ」と言いながらもサラーヴィーもついてきた。
(あいつか……)
城門の外から様子を見ていたレファールは、ワーヤンが二人の男を連れてきた様子を見た。どちらも相当体格に秀でており、並々ならぬ男という印象を受ける。
(参ったな。喧嘩になったら勝てそうにない。捕虜がいるから手荒なことはしないだろうが)
近づいてきた男に話しかけようとしたところで、相手が話しかけてきた。
「ワーヤンが世話になった。礼を言う」
「……どういうことだ?」
「あんた、船から飛び降りたワーヤンを救いに出た指揮官だろ?」
相手の言葉にレファールは驚く。
「……見えていたのか?」
門からの距離をはっきりと把握はしていなかったが、レファールの目には門の付近の様子など全く見えなかった。こちらの顔まで認識しているというのは相当な視力である。
「俺は300メートルくらいなら、人の顔を見分けられるんで、な」
「それはすごい。そうなると隠し立てしても無駄のようだな。私はレファール・セグメントと言う」
「俺はレビェーデ・ジェーナス、こっちがサラーヴィー・フォートラントだ」
「例の船に乗っていて、飛び降りたものについては人質として預かっている。その解放条件について話し合いたい」
「……俺達でいいのか?」
「ガネボという男が言うには、公爵は相手にしてくれないだろうということだった」
レファールが言うと、レビェーデが苦笑した。
「その通り。先ほど掛け合ったがあっさりと却下された。ナイヴァルに洗脳されてスパイになって戻ってくるんじゃないか、ってな」
「洗脳はないだろうが、スパイになって戻る可能性はあるかもしれないな」
何せ自分も数か月前まではコルネーの軍籍にいたのだから。
「……分かった。ついて行こう。ただ、少しだけ待ってもらってもいいか?」
「構わないが、何かあるのか?」
「扶養しているガキがもう一人いるんでな。そっちも連れてくる必要がある」
「いいだろう」
レファールが同意すると、レビェーデはシャールガに乗って一旦街へと戻っていった。その姿はまさに風のようで、レファールは思わず「あいつが指揮官でなくて良かった」と考えてしまった。
一時間もしないうちに、レビェーデはワーヤンより小さな子を連れて戻ってきた。
「待たせたな」
その子供を見て、レファールはリュインフェアを思い出す。
と同時に、出発前のメリスフェールの呪いのような占いも思い出した。
(どうやら占いは外れたみたいだな。いや、まあ、こいつと喧嘩になったら大怪我どころか死ぬ可能性もありそうだが)
「ところで……」
レビェーデの唐突な問いにレファールは警戒する。
「何だ?」
「助けた中に、占い師のような男はいなかったか?」
「占い師? 悪いが、助け上げた面々の一人一人までは調べていないのでどんな人物がいたかは何とも言えない。ワーヤンの方が知っているんじゃないか?」
レビェーデはなるほどとうなずいて、ワーヤンにも問いかけるが、彼もはっきりとは見ていないらしく、首を横に振るばかりだった。
「岸の側には幸い死者はいなくて負傷して手当を受けているのが7人いる。そちらで拾い上げたのは何人かは分かるか?」
「確か19人だったな」
「…とすると、1人足りないか」
レビェーデは小さく舌打ちした。
「27人で守っていたのか?」
「俺達傭兵と、偉いさんの考えは違っていたらしいのでな」
レビェーデは肩をすくめた。やっていられないという言葉こそないが、表情はまさしくそれである。
「なるほど。まあ、誰がいて、誰がいないかは自分の目で見てほしい」
レファールはそう言うしかなかった。
二時間ほどかけて船に戻り、レビェーデ一行も中に乗せる。改めて捕虜全員を並べてみたが。
「いない……」
レビェーデは呻くように言った。
「もう少し、川のあたりを探すか?」
レファールが提案するが、レビェーデは「いや、いい」と断る。
「……気にはなるが、これ以上あいつを探しても仕方ないだろう。死んだと思って諦めるさ」
「そうか」
「それで捕虜の条件だったな。どうすればいい?」
「身代金があるのなら、それで解放してもいいのだが……」
レファールの言葉に、レビェーデは「ないなぁ」と自分の財布を取り出した。金貨20枚程度はあるが、それではさすがに全員分の身代金としては安い。
「ガネボはこちらに協力しても構わないと言っていたが」
次の提案を投げてみる。むしろ、こちらの方に興味があった。レビェーデやサラーヴィーが加わるなら戦力としては相当なものだろう。
レビェーデはサラーヴィーに「どうする?」と尋ねた。
「どちらでも構わんぞ」
サラーヴィーの返答。レビェーデは頷いたが。
「永続的に仕えるつもりはない。ただ、助けてもらった恩もあるので一度でいいなら手伝おう」
「妥当なところだな」
レファールは頷いて、右手を差し出した。
「それなら、しばらくの間手伝ってもらうことになる。よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
握り返すレビェーデの右手は力強かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます