第6話 身代金③
前に駆けて行ったレファールはやがて小さな建物の中に入っていった。
ボーザもシェラビー達に付き従う形でそこに向かう。
中に入って目を見張った。
「お嬢様方、こちらが先ほど釣り上げたサーモンでございます」
レファールは庭の方に回ると、麻袋から1m近いサーモンを取り出した。
「うわあ、すごい!」
小屋のような建物から出てきた三人の少女がまだ微かに跳ねているサーモンを見て、目を輝かせる。
「これを早速調理いたしましょう。しばらくお待ちください」
「レファール、ありがとう」
「いえいえ、うまいこと大物が取れて良かったです」
三人の少女に、レファールがにこやかに応じている。
「もしかして、強制労働というのは……?」
ボーザが茫然とスメドアを見た。
「そうだ。あの三人の世話役だ」
「……やっぱり」
「おまえはそんな拍子抜けした顔をしているが、実はかなり大変だぞ。三人とも特別に我儘というわけではないが、先程のサーモン釣りのように何かあったらすぐ必死に働かされるのだからな」
「まあ、そいつはそうかもしれませんけどね」
三人ともまだ少女というより子供という年齢であるが、全員端正な顔をしていて将来をかくやと思わせる。その子達に囲まれてにやけた感じで笑っているレファールの顔は、どう見ても強制労働に従事させられている者の顔ではない。
羨ましい。
年甲斐もなくボーザはそんなことを思った。
一〇日後。
レファールは朝からシェラビーの建物に呼び出された。出向いてみると、シェラビーは大きな四角い帽子をかぶっている。中央には何個かの宝石がちりばめられており、これ一個だけでも相当な額になることが伺えた。
「これがおまえの言っていた枢機卿の帽子だ」
「わざわざかぶってみせなくてもいいのですけれど…」
レファールの答えに、シェラビーは「違う、違う」とばかりに掌を揺らす。
「お前に見せるためにかぶったわけではない。午後、客人が来るからかぶっているのだ」
「客人?」
こんな山のところに一体誰が来るのか。レファールには分からない。
「さて、コルネー政府の方針だが、身代金は払わないということになったようだ」
「……いや、それはそうでしょう」
払うと思っていたのか。そうシェラビーを問い詰めてみたい気持ちが沸き上がる。金貨十万枚など正気の沙汰ではない。十分の一に値引きした一万枚ですらありえない数字であるし、元々承諾されるような数字ではない。
「ということは、おまえがおおっぴらに我々のために働くことも問題ない、という解釈でいいな?」
「……そうなりますね」
「ならば、これからはナイヴァルのために尽くしてもらおう」
「……はい」
元々、身代金を申し出たのは自分であるが、どうにも相手の思うままに利用されてしまったと感じた。とはいえ、それを言っても仕方ないことであるのだが。
「となると、我儘娘の相手もこれまでだ。サケやウサギを追い回すのは明日から別の者に任せる」
「結構な訓練になりましたよ」
毎日のように走りまわった日々を思い出し、思わず苦笑いが浮かぶ。
「今後、お前にはふさわしいものの相手をしてもらうことになる」
「……一体何でしょうか?」
「決まっているだろう。コルネー船団だ」
シェラビーの答えが非常にあっさりしたものであったため、レファールはあまり考えることなく答えてしまった。
「なるほど。分かりました」
一瞬置いて、意味を考えて、驚きの声をあげる。
「コルネー船団ですか!?」
「そうだ。あと二、三か月もすれば我々の船団が完成する。そうすれば、プロクブル周辺のコルネー船団の討滅に向かう」
「そ、それはいくら何でも無理ではないですか!?」
レファールは唖然として考えたまま話す。
「……ナイヴァルはほぼ内陸国で、海戦経験がないじゃないですか。急造の船でコルネーの経験ある船団を拿捕するなんてまず無理ですよ」
シェラビーは全く動じるところがない。
「急造ではあるが、船団自体はホスフェの技術者に計算させたものであり、十分に海戦に耐えうるものとして作ってある。急造と貶すのではなく、新型と安心してもらいたい。それに海戦経験というが、おまえの愛する祖国はそこまで素晴らしい海軍兵士を擁しているのか? 特にこの東部方面に……」
「……」
しっかりとした情報はない。しかし、コレアル周辺の軍はともかく、それ以外の軍の質が下がってきているという話はレファールも聞いていた。
「コルネーの貴族が抱える兵士はその私兵だ。もちろん、これはナイヴァルも同じであるが、コルネーはその私兵どもの維持のために国から一定の額が出るというではないか。その額を目いっぱい使えば精強な軍が出来るのかもしれないが、逆に質の低い安上がりの軍で体裁を整えられれば、余った金を着服できる」
「……という話は聞いています」
「聞いていますではない。事実だろう」
シェラビーは自身ありげに笑う。
「この村などはまだマシかもしれないが、それでも体格を見ただけでも我々の兵との間で差が歴然としているだろう。言っておくが、ナイヴァルにしてもそこまで精強な兵を擁しているわけではないぞ。それでもこうだ。都コレアル周辺のコルネー海軍は違うかもしれないが、東部はどうということはない」
返す言葉がなかった。確かに自分も含めて、体格などはナイヴァルの方が遥かに上である。
「しかし、東部を襲撃したら、コレアルにいる海軍が来るのでは?」
「その際には、別の方法で撃破すればいい」
「……」
「後々説明するが、コルネーの東部は二年もあれば占領できると考えている。その後は、ホスフェだな」
「…本気ですか?」
ミベルサ大陸の国境は、ここ数十年は安定していた。確かに小競り合いや戦闘は行われているものの、少なくともレファールが生まれて以降、遠い大陸北東部以外では大きな戦いは行われていない。
しかし、シェラビーは明らかにそれを変えるつもりである。
シェラビーは立ち上がって、壁の方に移動した。そこにミベルサ大陸の地図が貼られてある。その一点、コルネーの北東部を指さした。
「現在、我々がいるのはここだ。おまえはコルネー王国がさぞ偉大な国と考えていたかもしれないが、地図にするとこんなものに過ぎない」
「……」
「このミベルサは、近くにある大陸の中でも小さい部類にあたる。しかし、それにも関わらず、これだけの国があり、ちまちまと争っている。我々はもっと大きくなるべきだと思う。少なくとも、それを目指すものがいなければならない」
「それを、シェラビー殿が?」
シェラビーは力強く頷いた。
「決してできないことではない。やり遂げる意欲を持つか、持たないか。やるか、やらないかだ。俺はやるつもりでいる。俺も伊達や酔狂でお前を助けたわけではない。大陸の命運がかかっているのだから、しっかりした奴は一人でも欲しい」
「……」
「レファール・セグメント。俺についてこい」
シェラビーが端的に言った言葉は、レファールが生涯忘れない言葉となった。
「俺はナイヴァルをこの手に掴み、いずれはミベルサを掌中に収めてみせる。おまえは国の一つや二つには値する男だ。おまえがいれば、俺はもっとやりやすくなるだろう。だからついてこい」
レファールは足の震えを感じた。
自分が国の一つに値するかどうか。それにふさわしいかということより、根本的にそんなことを考えようとしたこともなかった。
(皮なめし工より賃金がいいか、よくないかでしか考えたことがなかった…)
そんな自分に国一つ、この大陸の統一というような大きなことができるかもしれない。
胸躍る気持ちのまま、彼は無意識にその場に跪いていた。
大陸暦767年10月。
後に”18年戦争”とも呼ばれるミベルサ大陸全土を揺るがす戦い。
その原点となる、出会いであった。
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