第5話 身代金②
セルキーセ村では、占領を受け入れたことで平穏な暮らしが戻っていた。
所属はコルネーからナイヴァルに変わったことになるが、シェラビーは特にナイヴァル流の生活様式を押し付けることはなかったし、七千三百の兵もほとんどは山の麓あたりに防御施設を作っているため、大勢の人数に蹂躙されるということもない。
変化といえば、シェラビーをはじめとしたナイヴァルの上層部が時々姿を現すことと、ナイヴァルのために木材の運搬を要請されるくらいであった。仕事が増えたことは難事と言えなくはないが、ナイヴァル側は木材運搬に見合った賃金は出しているため、大半の者にとっては占領される前より待遇が良くなったとすらいえる。
この日もボーザ・インデグレスが仲間とともに木材の運搬にあたっていた。
「あの若い大将はどうなるんだろうなあ」
隣にいた同い年のイーゼイがふと思い出したように言う。
「分からん。麓にいるみたいだが…」
レファールは降伏した後、シェラビーと共に麓の方に向かった。以降、十日ほど全く姿を見かけていない。
「ナイヴァルはコレアルに金貨十万枚の身代金を要求したと聞いたんだが、本当なのかね?」
「そうみたいだ」
「そんな金、国王陛下でも払えんだろう。拒否されたらどうなるんだろうなぁ。若い奴が処刑されるとかなると嫌だねぇ」
イーゼイの言葉に、ボーザは溜息をついた。
「だったら、おまえ、ナイヴァル軍に掛け合ってみるか?」
そう聞くと、彼も黙りこむ。
全員がそうである。心配はしているが、そのために自分が不利益を被る覚悟があるかというと、ない。
(何もする気がないなら、一々言うなっつーの)
ボーザは口にはしないが、内心では文句を言っていた。
では、そのボーザは何かしているのかというと。
ナイヴァル軍上層のうち、スメドア・カルーグに対しては嘆願をしていた。
総大将のシェラビーは何を考えているのか分からないところがあるし、態度も尊大なところがあって相手をしづらいが、スメドアはもう少し素直そうであったし、物腰も低いので話しやすいところがあったのである。
「レファール大将はどんな様子ですかね?」
「分からない。兄上が時々呼び出して話をしている以外は、囚人用の建物に入れられている」
囚人用の建物。ボーザはそれが気になった。
麓に施設を作ることになった時、シェラビーが最初に作るよう指示を出したのが囚人用の建物である。レファールの幽閉を何よりも最優先したということは、何を意味するのか。
「弟閣下は会えないのですか?」
「会えないわけではないが、理由もないのに会いに行くと、兄上がうるさい。様子を見に行かせたいなら何か具体的な理由を作ってくれ」
「理由ですか…」
それは難しい。何といっても、レファールが来てから三日であり、どんな性格をしていて、どんな趣味があるのかも全く分からない。
「分かりました。では、俺達村のものが心配しているので、一度様子を見たいということで掛け合ってもらえないでしょうか?」
「……お前の名前を出すことになるが、いいのか?」
「……構いませんよ」
「そこまであいつに恩義があるのか?」
スメドアは不思議そうな顔をした。レファールが直前になって村の責任者になったという経緯を知っているのであろう。
「恩義はないですし、大将として尊敬しているというわけでもないですがね。あいつはこの村にやってきた仲間です。例え一日だけであっても、仲間を見捨てるわけにはいかないってもんでしょう」
「……分かった。なら、ついてこい」
「いいんですか?」
「お前達が反乱を起こしたり、集団逃亡をやらかしたりすれば兄上だって困る。村人の管理上必要な要請を取り次ぐのは問題ないだろう」
「そんじゃ、お任せしますよ」
ボーザが同意すると、スメドアは近くにいた者に村の管理を任せて、山の麓へと向かっていった。
「これは凄いっすね」
麓の施設を見たボーザは目を見張った。まだ占領されてから十日程度である。それなのに既に一介の村といっていいくらいには建物が出来ていた。しかも、いたるところで兵士達が大工として働いている、その人数が圧巻である。
「こんなに早く建物ってできるものなんですね」
「ナイヴァル人は大工でなくても、こうした建設は得意だからな」
「いや、本当。どうやったらこんなにうまくなるんですかねえ?」
「子供の頃から、ユマド神のための施設を作り続けているからだろう、な」
「あ、なるほど……」
確かに、それなら大工仕事がうまくなるはずである。『ナイヴァルの人間は男であれ女であれ大工仕事はできる』というような話をかつて聞いたことを思い出した。どうやら事実であるらしい。
その中でも街の中央にある建物は既に完成していた。二階建てのしっかりした建物である。外装がないので素朴ではあるが、住むには十分過ぎる建物であった。
スメドアはその扉を叩いた。
中には、二十人くらいが入れそうな広い応接室のような場所があった。全てが木造りで装飾などはないが、これだけのものを短期間で造り上げたということにボーザは呆気に取られてしまう。
「どうした?」
その広い応接室の中央を一人で占領している男がいた。シェラビー・カルーグである。
「村の者が、レファール・セグメントのことを気にかけているようでして」
スメドアの言葉に、ボーザも頷いて続ける。
「村人の中には、もしかしたら生贄になるのではないかと危惧している人もいます」
「……心配するな。そんなことはしない」
「私もそう信じてはいますが、できましたら、大将を一度村まで連れてきてもらえると、安心できるのですが……」
「それは認められん」
ボーザが要請するが、シェラビーは即座に却下した。
「何故です?」
「何故なら、奴を強制労働に従事させているからだ」
シェラビーの何気ない言葉に、ボーザがギョッと目を剥いた。
「き、強制労働……?」
「そうだ。奴には朝から晩まで強制労働に従事させている」
「い、一体どんな……?」
シェラビーは答えてくれないだろうから、スメドアをチラッと見た。だが、視線に気づいたスメドアはあからさまに顔の向きを変える。
「どうしても見たいのか?」
シェラビーが問いかけてきた。その表情が険しい。
一体何が行われているのか。ボーザは寒気に身を震わせる。
「は、はい……」
「いいだろう。ついてこい」
シェラビーは立ち上がって、マントを翻す。その向かう先に、スメドアとともに少し距離を置いてついていくと、衛兵も二人ついてきた。チラチラと左右を見る。
(すげえな。こいつらの体つき……)
薄い皮鎧越しに分かるほど、二人の護衛は鍛えられているし、表情も精悍である。
(まさに戦闘のために作られた兵ってやつだ)
もちろん、ボーザもセルキーセ村ではまともな兵士の一人であるから、訓練に参加したことはある。が、所詮田舎の兵士であるから、厳しさとは程遠い内容であった。
(相当厳しい訓練だったんだろうなぁ。こういうノリで強制労働を受けているとなると、中々大変そうだ……)
ひょっとしたら、自分はこれ以上見ない方がいいのではないか、そういう思いも浮かんできた。
シェラビーは街の外れの方へと向かっていた。
一体何があるのか、ボーザは意識を先の方に向ける。
「失礼、横通りますよ」
その時、不意に声がして、横を通り過ぎる者があった。大きな麻袋を背負って走る男に、スメドアが気づいて呼びかける。
「レファールではないか。どうしたのだ?」
「えっ?」
ボーゼがスメドアの言葉に驚くが、声をかけられて振り返ったのは、確かにレファールであった。
「あ、これはシェラビー殿にスメドア殿……」
「大将」
「あれ、ボーザ? おまえも下まで降りて何をしているのだ?」
「何をしているって、大将がどうなっているのか、村の面々が気にしていたんで来たんですよ」
ひとまず無事な姿を見て安心したが、逆にどういう強制労働なのか分からなくなった。背負うような麻袋の存在も気になる。
「すまない。ちょっと急いでいるので、後ほど敷地の方で」
レファールはシェラビーとスメドアに「失礼」とばかりに頭を下げて走っていった。
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