夏の素敵な思い出
秋色
第1話 軽井沢のクッキー?
〈八月、朝のオフィス〉
かおり:先輩、休暇はどうでしたか? 夏の軽井沢は?
紗英:え、軽井沢?
かおり:先輩からいただいたおみやげのクッキーの包装紙には軽井沢市と書いてあったと思いますけど。
紗英:そうね。いろいろな場所を旅したんだったわ。リフレッシュできたわよ。それより明日の新商品の発売前チェック、大丈夫なの?
かおり:はい、大体。でも明日、日曜日で休日出勤は分かるけど七時出勤ってめちゃ早くないですか? 先輩は早起きが得意なんですか?
紗英:早起きに得意も何もないわ。するかどうかでしょ。早く始めて早く終わった方がいいじゃない。だいたい今の時期の七時なんてもう陽差しが強いくらいなんだから。社運のかかった商品のために早起きしないとね。
かおり:早寝早起きなんてまるで小学生みたいですね。先輩は低血圧気味で、休日の朝遅く起きてカフェ・オ・レ飲んでるイメージなんですけど。
紗英:どんなイメージ。合っているのは低血圧気味だけ。
かおり:あ、そう言えば先輩が何週間か前の朝、小学生の女の子と公園にいるの見たって知り合いが言ってました。
紗英:え……?
かおり:知り合いが先輩のマンションのちょい先に住んでいるんです。二丁目のベーカリーは私のカレシんちで。先輩たち夫婦に似たカップルが朝早くに、二丁目の公園の前に子ども連れでいるの、見たって言ってましたよ。
紗英:その頃、親戚の子を預かっていたの。あの昔からあるベーカリー、あなたの知り合いだったんだ。
かおり:そうなんです。あの公園、夏の間、町民ラジオ体操がいつもあってるんで、ラジオ体操に参加してるんじゃないかってユウキ君は冗談で言ってました。あ、ユウキ君って、カレシの名前です。じゃ休暇の前に親戚の子が来てたんですね。大変だったんじゃないですか?
紗英:もう年中行事かな。今年はその子が富士山麓のサマーキャンプに行くまでの間、預かるよう、頼まれたの。
かおり:私、この春に今の支社に戻ってきたから知りませんでした。先輩、子ども好きでしたっけ?
紗英:正直、子どもの扱いは得意ではないわ。
かおり:やっぱり。その親戚の女の子っていい神経してますね。美形セレブ夫婦の完ぺきな生活に転がり込むんだから。……なんて冗談です。
紗英:……
かおり:あの、失礼ですけど、先輩が宇宙人みたいだってみんなから言われてるの、知ってますか? 別に悪口でなくって、あまりに完ぺきだからですよ。それに…。
紗英:それに?
かおり:テレビのSFドラマで昔、やっていた、宇宙人が隣に引っ越してくる番組って見てましたか? 答えにつまるような質問をされた時、宇宙人の少年は一瞬、無表情になるんですよ。先輩って時々そんな表情する事ありますよね。
紗英:……
かおり:ほら、今。……なんてね。冗談です。ところで新商品の完璧栄養ドリンクメイカーは先輩の家でも試してみたんですか?
ダンナさんや親戚の子も飲みましたか?
紗英:これが完璧栄養ドリンクメイカーか、すごいねって。
かおり:byダンナさん? 子どもの方は?
紗英:一口飲んで顔をしかめられた。
かおり:大丈夫なんですかね。
紗英:何言ってるの。現代人が完璧に栄養を摂れる画期的な調理器なのよ。味重視ではないけれど、すでに管理栄養士のとっておきレシピだってホームページに準備済みなんだから。子どもに何が分かるって言うの?
かおり:マジにならないで下さいね。――先輩が宇宙人から戻った!――子どもは正直だし、子どもの口に合わないのが売れるかなって気になっただけです。
紗英:ターゲットは働き盛りなのよ。そもそも子どもの口に合うものを作ろうとしていないわ。子どもの頃の味覚って特殊だもの。
かおり:分かります。私、味覚が子どもだから。昨日の夏祭りでもかき氷とかりんご飴とか綿菓子とか、いっぱいユウキ君に買ってもらったんです。
紗英:仕事と関係ない話よね。とにかく明日は時間厳守よ。
***
〈その日の夜。かおりとユウキの電話での会話〉
かおり:これが私と先輩の今日の会話なの。どう思う?
ユウキ:どう思うって何? 確かに子どもの時のおいしいってのは微妙だなー。でも一方、子どもの時おいしいって思ったのが全てって気もする。
***
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