元旦の他愛のない朝

野林緑里

第1話

 なんだかものすごく寒いなあと思ったら、カーテンを開けると外は見事な雪景色になっていた。


 杉原弦音すぎはらつるねはあまりの寒さにもう一度ベッドへ登り布団の中へと入り込もうとする。


「お兄ちゃん!! いつまで寝ているのよ!!」


 すると、部屋の扉が勢いよく開けられ、妹の弓奈ゆみなが叫んだのだ。それに驚きた弦音はベッドに上がり損ねて掛け布団とともに床へ転がってしまった。


 ドスンというものすごい音が響く。


「なにしているのよ。お兄ちゃん」


「おまえが脅かすからだろう! いきなり入ってくるなよ!」


 弦音は掛け布団の下敷きになった常態で妹に喚く。


「それよりも、そろそろ起きろってよ」


 妹は見事にスルーした。


「おせち、準備できているから着替えて座敷にこいって、じゃあ先に降りるわよ」


 そういって、妹は部屋を出ていった。


 おせち?


 弦音は一瞬考えこんだ。


 あっ、今日は正月だ。


 ようやく思い出したのだ。


 弦音は大きくあくびをすると掛け布団をベッドの上に戻し、私服に着替えることにした。


 眠い。


 昨日は遅くまでテレビを見ていたために結局眠りについたのは4時すぎていた。いまは10時だから六時間は寝たはずなのに眠気は吹き飛ばない。


 ボーッとしながら、着ていた寝間着を脱いでいると携帯電話の着信音が鳴り響いた。


 なんだろうとニットに腕を通しながら携帯を手にして画面をのぞきこむ。


 そこには友人の「後藤俊之ごとうとしゆき」という名前が現れていた。


「はい」


『ツルーー!! なにしてんだよ!』


 突然後藤の怒鳴り声が耳元で響いてきた。弦音は思わず携帯を遠ざける。


「いきなりなんだよ」


『なんだじゃない! 今日、いっしょに初詣いくっていったじゃん』


 その言葉で一気に目をさました。


 そういえば、昨年最後の部活の日に初詣行こうと約束した。それに昨日もメールで待ち合わせ場所を決めたばかりではないか。


 弦音は時計をみる。いまは10時。たしか午前中は込み合うからって昼からいくんじゃなかっただろうか。


「待ち合わせって13時じゃなかったっけ?

 まだ10時だぞ 」


『なにをいっている? 今朝メールしたぞ! 10時に変更ってさ!』


「はあ?」


 今朝?


 今朝変更しただとおおお!


 絶対に寝ていたはずだから気づくはずがない。


『トッシー。何時にメールしたんだ?』


 すると電話の向こうから、もう一人の友人の白石穂高しらいしほだかの声が聞こえてきた。


『6時前!』


 6時前ーー!!


 もう寝ていたぞと弦音がいおうとする。


『その時間なら、ツルは寝ているはずだぞ。夜更かしして四時ぐらいに寝落ちしたパターンだよ』


『まじで? 本当か? ツル』


 初耳といわんばかりの口調で後藤が尋ねる。


「穂高のいうとおり、おれ四時ぐらいに寝たんだよ。だから、いま起きたの。いまから、家族とおせち食べる予定」



『おせちいいい!』


 なぜかそこでテンションをあげる後藤。


『ツル! 俺たちにも食わせろ!』


「はい?」


『実は俺たちおせち食べ損ねてんの。それにツルのお母さんの料理おいしいじゃん! もちろん、出来合いじゃないんだろう?』


「まっ……まあ……」


 弦音は後藤のテンションの高さに尻込みする。


 たしかに母はあまり惣菜などを買わない。ほとんどの料理は手作りで、それはおせちでも例外ではなかった。


 昨晩もおせちのためにせっせと料理をしていたはずだ。


『そういうことで、おせち食わせろ! なあ穂高もだよな』


『おう! そういうことでお願いしまーす』


「おい、まてよ。勝手に!」


 弦音が反論するよりも早く電話が切れた。


 ピンポーン


 その直後に家のチャイムが鳴った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元旦の他愛のない朝 野林緑里 @gswolf0718

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る