第7話 合意
それから二時間ほど危なげもなくオクトパスキャンサーを周回した私たちは、結局誰もオプティスリングをドロップすることなく解散となった。私の体感からすると四人で二時間も周回すれば一つくらいはドロップしてもよい気がするのだが、どうやら少しばかり運が悪かったらしい。
そんなこんなで時間も昼時。昼食でも取ろうとログアウトをしに街まで戻ろうとしていた私に、一通のメッセージが届いた。
『差出人:カムル 突然のメッセージですみません。お時間よろしい時に返信を頂ければ幸いです』
「カムル?誰だろう」
そのメッセージの差出人に心当たりはなく、見知らぬ人からメッセージを貰う心当たりもなかったミア。言うまでもなく心当たりがないと思い込んでいるのは本人の自覚が問題なのだが、とにかくそんなミアは何の気なしに差出人のプロフィールを確認して、驚くこととなる。
「カムル……51レべ!?」
チャールズの話では、たしか今の最高レベルが53だったはずだ。となるとこの人は紛れもないランカーの中の一人であり、そんな意識のない私にはこの人からのメッセージが何かとても恐れ多いといった感じを覚えた。
「えっ、どうしよう。お時間よろしい時にって……ご飯なんて食べてる場合じゃないよね」
近くの街へと足を進めながらも、ぼそぼそと独り言を呟く私。脳内で昼食よりもこちらを優先事項に決定した私は、少しばかり心臓を強く打ち鳴らしながら返信を書いた。
『メッセージありがとうございます。ミアです。何か御用でしょうか?』
私は慣れないゲーム内メッセージに戸惑いながらも、なんとかそんなメッセージで返信をした。すると数秒もしないうちにカムルからの返信が届き、そこには
『ありがとうございます。今霧の街にいるのですが、合流可能でしょうか?』
と書かれてあった。
私はすぐに行きますと返信すると、先程よりも歩みを早めて霧の街を目指すのだった。
VOでは街と街を繋げる転移門があり、一度行ったことのある街ならその転移門からいつでも行くことができる。霧の街というのはレベル25前後のプレイヤーが集まる場所で、当然私も行ったことがあったので、転移門を用いて難なく行くことができた。
「約束の場所は……ここかな?」
追加のメッセージで指定されていた、霧のカフェといういかにもなカフェまでやってきた私。VOでは味覚や満腹感も実装されているが、あまりにも幸福感を感じすぎる刺激は依存性や現実への影響を加味して禁じられているので、そこまで飛び抜けて美味しいものはない。だがそれでも美味しいと感じる食べ物はたしかにあるためレストランやカフェと言った場所は人気なはずなのだが、このカフェはいまいち盛り上がっていないようで閑散としていた。
「あ、来た来た。こっちこっちー!」
私が店に入って店内を眺めていると、奥の方から男性にしては高めのハスキーボイスが響き渡ってきた。
実際に近くまで寄ってみると、その声の主は男性というよりは男の子といった感じの人で、それよりも少しばかり小さい女の人と二人で私へと笑顔を向けていた。
「初めまして!僕がカムルだよ。わざわざここまで来てくれてありがとう!」
「……初めまして、メルルです。その……よろしく」
カムルの自己紹介につられるようにして、ぺこりとお辞儀をしながら挨拶をするメルル。その姿はまるで兄妹のような光景だったが───
「あ、僕たち兄妹とかじゃないからね。ただのネトフレ」
「……カムル、またそれ?」
「いやいや、ホントによく間違えられるんだって。名前も偶然とはいえ似てるんだし」
なんて否定を先にされてしまったため、そんなことを会話の掴みとして使うこともできなかった。本人たちからしたら、言われすぎてもううんざりしていることなのかもしれない。
「えっと、ミアです。本日はどういったご用件で……」
大変フランクに接してもらっているところで申し訳ないのだが、どうにもカムルの……そしておそらくはメルルのことも凄い人だという認識が抜けない私は、そんな口調を崩すことができなかった。
すると、予想通りとでもいうべきか、そんな私を諭すようにカムルが口を開いた。
「ミアさん、そんなかしこまらなくてもいいんだよ?っていうか、そっちがそんな感じだとこっちが失礼になっちゃうし」
「……うん。気にしない。同じゲームで遊ぶ仲間だから」
「そっ……か。うん、わかった」
二人がそう言うなら、というのは、結局二人のことを敬っているという意識の表れだろうか。
「うんうん。……っと、要件だったよね。まあ色々抜きにして単刀直入に言えば、僕たちとパーティーを組んでほしいっていうことなんだけど。……もちろん、パーティーっていうのは固定パーティーのことね」
「固定……」
つまり、カムルは私のことを『いつも一緒に遊ぶメンバー』として勧誘したいという話だ。
なぜ急に?という疑問は当然あったのだが、それ以上に、一回り先に進めている二人がなぜ私を?という疑問の方が私の中では強かった。
そしてそれを問うと、カムルが照れるように右のこめかみをポリポリと掻いた。
「いやー、僕たち元々は軽い息抜きのつもりで始めたゲームだったんだけどさ、蓋を開けてみたら見事にハマっちゃって。それでせっかくなら四人集めてガチでっていう話になったんだけど、ネットに転がってるような攻略しても面白くないじゃん?」
「それはわかるかも」
ネットに転がってるようなという表現はさておき、元々オリジナリティーを重視したいということでネットの知識に頼らないようにしている私は、カムルの思想には迷わず首を縦に振ることができた。
そしてそれを見たカムルも、嬉しそうに頷く。
「でしょでしょ?だから、面白い人いないかなーって探してるんだよね」
「……それが、私と」
「うん!」
たしかに面白いという意味では、上位層ではあまり見ない弓使いではある。だが、それだけでこの話を受けるには一つの大きな壁があった。
「ぜひお願いしますって言いたいところなんだけど、固定を組むにはレベル差がアレじゃない?」
アレ、というのは、VOの仕様上不便ではないかという話だ。
例えばこの三人で、フィールド上でパーティーを組むだけなら、現状46~51レベルの相手なら全員がドロップ率の補正を受けずに済むが、それではカムルとメルルが欲しい素材をほとんど狙えない。更に、無限の塔で言えば一緒にプレイすることすらできないのだ。
無限の塔では、高レベルのプレイヤーが低レベルのプレイヤーを無理矢理レベルアップさせるキャリー行為を防ぐために、1~5,6~10、といった風に5レベル毎の階級が設けられ、同じ階級のプレイヤー同士でないと一緒に入れない仕様となっている。なのでこの二人と一緒に無限の塔に挑むには、私が野良で51層まで登る必要があり、それまで二人には攻略をストップしてもらわないといけなくなるのだ。カムル自身も先程ガチでやっていると言っていたわけだし、私的にはそれがどうにも忍びない。
しかしカムルとメルルは、そんな私の思いをあっさり流してしまった。
「別にいいよ、それくらい」
「……うん。ミアみたいなプレイヤーは他にいない」
「それは……」
たしかにそうかもしれない。
二人が求めているような価値が私にあるのかはわからないが、私もはやいとこ一緒に遊ぶプレイヤーを見つけないとモチベーションに関わってきてしまう。それなら、せっかく二人がこう言ってくれているので、その言葉に甘えよう。そう思った私は、自分でも驚くくらいあっさりと二人の提案を受け入れたのだった。
なんとなく、この二人の雰囲気が居心地いいなと思えたからだろうか。
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