第5話 ダウン



「うっし。ようやくたどり着いたか」


 海岸洞窟内部のオクトパスキャンサーが湧くポイントの前までたどり着いた私たちは、マックスのその呟きと共に一息つくこととなった。


「ごめんね。合わせてもらっちゃって」

「構わねえよ。振ってないもんはしょうがねえ」


 VOでは、ステータスに能力を上げるという効果以外にも、身体的な影響力がある。例えば、STRを上げるとその分物理的な意味での力が向上する。それは重い扉や破壊可能な壁を破壊するときなんかに影響を及ぼし、『STRがいくつ以上なら、この壁を破壊可能』といった風に作用するというわけだ。

 そんな中、AGIは素直な移動速度に影響を及ぼす。AGIに倍の差があるから移動速度が倍になるというわけではなく軽めの影響力だが、それでも私のように全く振っていない人は明らかに遅い。前衛をやるという人なら戦闘に致命的なレベルで鈍足となってしまうので、基本的にはある程度AGIに割り振っている。この三人も例に漏れておらず、道中の移動速度は私に合わせて遅く歩いてもらったので、そういう意味での「ようやく」であり、私の謝罪というわけだった。


「さて、準備はいいか?」


 オクトパスキャンサーは中ボスという枠組みのモンスターであり、特定の場所に十分おきでポップする。今は既にポップしている状態で、蟹にタコの脚が生えたようなモンスターがうねうねと水溜まりを移動していた。

 作戦会議はすでに道中で済ませており、マックスがブレイクを使うタイミングやヘイトコントロールの方針なんかも打ち合わせ済みだ。マックスが一人一人に目配せで確認を取ると、大きく頷いて声を上げた。


「行くぞ!」

「「おお!」」


 私を除く野郎二人が、その声に答える。

 私はそんな三人の背中を眺めながら、ゴルゴ―ンの弓を静かに構えた。

 水溜まりを豪快に駆け抜ける三人の足音に気づいたオクトパスキャンサーは、ゆっくりこちらを振り向くと、雄たけびのような機械音を鳴らして戦闘状態へと移行した。そしてそれに応えるように、マックスは大剣を手に取ると、力を込めてその刀身を赤く輝かせた。


「───オラァ!」


 そしてその大きな刃を、オクトパスキャンサーへと振り下ろす。これは『大斬り』というモンスターのヘイトを買うときに有効なスキルで、オクトパスキャンサーが斬り裂かれた一本の脚を痛そうに引っ込ませたことを確認すると、マックスが声を上げた。


「ヒットだ!攻撃開始!」


 マックスがそう叫ぶとともに、残りの二人もオクトパスキャンサーへの攻撃を開始した。

 VOでは最初の一撃にヘイト値が10倍になるという仕様があり、これによってパーティープレイの際は必ずタンクの挑発系スキルを最初に入れるという暗黙の了解があった。ただ効率を求めすぎてタンクの初撃直後に攻撃をしようとしてしまうと、タンクの初撃が回避されてしまった時に目も当てられない惨状になる。なのでしっかりタンクのOKサインを待ってから攻撃を開始するというのが、VOのパーティープレイの常識のうちの一つであった。


「『隠密』、『剛撃』」


 私は三人の戦いを見守りながら、三つでワンセットともいえるスキルのうちのを発動させた。

『隠密』は一定時間攻撃によるヘイト値を減らすスキルで、『剛撃』は次の攻撃のダメージを増やすというシンプルなスキルだ。


「一!」


 右手で矢筒に手を掛けながら待機する私に、マックスの合図が飛んできた。

 これはオクトパスキャンサーの一回目の攻撃が来たという意味で、当然次は二回目に二の合図が送られてくる。そしてその次。三の合図と共にブレイクを使って私の攻撃を入れるというのが、私たちの作戦だった。


「二!」


 その合図と共に、私は自分の身長よりも長い弦を引いた。

 その張や長さも相まって現実的には到底引くことができないほどの弦だが、ここはゲームであり、私のSTRはおそらくVOプレイヤーの中で最高の値を誇っている。弓幹が折れるんじゃないかと思うほど弓の形を歪ませた私は、『集中』という、三秒間弱点特攻の威力とクリティカルの確率と倍率に補正が掛かるというスキルを発動させた。


「───三ッ!」


 その掛け声と共に、マックスがブレイクを発動させた。

 ブレイクが成功するか否か。それを確認するよりも前に、ミアは『ブレイクが成功した時にオクトパスキャンサーが仰け反ってその頭部が来る位置』に向かって、その矢に『ライトニングクロス』という雷属性のスキルを纏わせて放った。


「よし!成功し…………は?」


 マックスの歓喜の声も待たずに怯んだオクトパスキャンサーの頭を射貫いた『ライトニングクロス』は、オクトパスキャンサーを二連続で怯ませ、ダウンさせることに成功した。

 VOにおいて怯みを発動させるには、特定の部位に行って以上のダメージを与えるか、怯み効果のあるスキルを使うかの二つがある。その中でも頭部は怯みを狙いやすい部位だが、頭部に攻撃をするのは近接武器では困難なことが多く、危険も多いため基本的には狙われない。今回もその例に漏れず頭部は一切攻撃されていなかった箇所であり、私のライトニングクロスは一撃でオクトパスキャンサーを怯ませたということになるわけだ。

 ミアにとってはこの二段怯みからのダウンが半ば常識のようになっていたが、普通はそうではない。ダウンにつながる二段階目の怯みはスキルでは発動させられないという仕様があり、ダウンというのは数秒相手を動けなくするという強力な効果がある分、怯みに必要な部位ダメージを把握した上でしっかり管理し、二か所同時に達させるという上級者でもなかなか手を出しづらい高等テクニックが必要となっているのだ。それが突然起きた私以外の三人は少し茫然としてから、慌てたようにタコ殴りを開始した。


 当然、ダウン中には回避の判定がない。つまり今なら私でも攻撃し放題というわけであり、私も効果の切れていた『集中』からの『バーストアロー』という今度は属性はないが威力重視のスキルでオクトパスキャンサーの頭部をぶち抜いておいた。


「……よし、このまま押し切るぞ!」


 ダウンが終わり、オクトパスキャンサーがゆらゆらと立ち上がる。

 オクトパスキャンサーの残り僅かな体力ゲージを確認したマックスは、相手の攻撃を弾くことに専念していたのをやめて押せ押せで相手の体力を削りきる作戦へと移行させた。


 そして数秒間ひたすら攻撃をすると、体力を失ったオクトパスキャンサーがその姿をポリゴンへと変えていったのだった。


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