第4話 彼女が恋に落ちた瞬間は


三日間の修学旅行の2日目が、自由行動だった。


そこで、はじめて会った春馬くんは、坊主頭が野球部だなあって、印象くらいのどこにでもいる男子だった。


友人の彼氏の赤木くん他、3人の男子は私たちのグループに混じってわいわいしてたけど、春馬くんは女子に興味ないらしく、残りの男の子と少し離れてついてくる感じだった。


私は同じ班のフリーの女の子たちが、時々ふたりに声をかけている姿を、こっそり観察していた。


だって春馬くんと一緒に行動している子も、あまり目立たないタイプみたいだけど、私は視線を感じていた。


それは好意というより興味半分なもの。


たまに、


「はあー。やっぱ神城さんて、美人だよなあ?って、お前にきくだけ無駄か、春馬」


「わかってるならきくな。俺には、女子はみんな異星人にしか見えん」


「なんだよ、異星人って」


「言葉どうりだけど?」


「意味、わかんねーよ」


なんて言葉が耳にきこえる。


なんで異星人なんだろ?とは思ったけど春馬くんは、たまに視線があったとしても、とくに、反応もなく軽く会釈してまだ友人と話にもどる。


ーなんで、挨拶なんかするんだろ?


あとから聞いたら、野球部の先輩に会うたびに帽子をとって挨拶してたから、習慣からの行動だったらしいけど、


私は、ほんとにまわりの女子と同じ存在なんだなあと思った。


あとはスマホをほとんど見ない人。


修学旅行では、安全確認のツールとして、スマホが許可されていたから、み

んな他のグループのごとメッセージのやりとりや、写真や動画をとっていた。


たまに春馬くん以外の男の子からツーショットを頼まれたけど、いまはSNSで勝手に彼女扱いされる時代だ。


毎回、丁寧にお断りしている。


友人達も私が男子とツーショット撮らないことは、知っているからフォローしてくれたし。


春馬くんも一緒にいた友人に、


「ふたりの写真はあきらめろ。なんかの拍子にデータ流出して困るのは神城さんだ。ただでさえ、いろんな嫌がらせうけてるっぽいのに。まあ、お前に嫉妬するやつがいるかどうかは別にして」


「ひでー。なら春馬、一緒に撮ろうぜ」


「断る!男とツーショットなんて、自撮りより意味わからん。何が楽しいんだ?」


「修学旅行中に、どこにでもいる蟻を撮っているヤツよりは、意味わかる!」


「だって、あんな身体の小さな蟻が一匹じゃ持てない菓子のかけらを、運ぼうとして苦戦してたら、次々と仲間たちが現れて、みんなで協力して運んでいたんだぞ?感動ドラマだ!」


「そんなん、どこにでもある蟻の行列だろうが!ほら、こっちにこい!これが正しい青春だ!」


「キモい!」


なんてギャーギャー騒ぎながらも、2人で仲良く写っていた。


蟻の行列の話は、私にも意味不明だから置いとくとして、やっぱり春馬くんがさりげなくイジメからフォローしてくれていたようだ。


あとで機会があったら、お礼を言おう。


ストーカーじゃなくて、よかった。


そういえば、さっきした友人たちとの話を思い出す。


誰かを彼氏にしちゃえば、告白や理不尽な嫉妬から解放される。


春馬くんのような人なら?


ーううん、ダメね。


彼は本当に私に興味なさそうだし、例えば、ラノベでよくある偽造彼氏をお願いしても無視されそう。


そんなことを思いながら、博多駅周辺をぶらぶら歩いていたら、いきなり知らない女性に話しかけられた。


芸能事務所のスカウトだった。


たまにあることだったから、私はそのまま通りすぎようとしたけど、


友人たちが盛り上がってしまった。


盛り上がってないのは、当事者の私と、輪からぽつんとひとり離れている春馬くんのふたり。


いつの間にか、春馬くんの友人もスカウトの女性の話を、キラキラした目でみていた。


春馬くんは、呆気にとられて、


「へぇー、芸能人って、こうやって誕生するのかあ」


誕生ってなに?


そうだ、いまのうちにお礼を言おう。みんな私たちのことは、見てないし。


私が話を抜け出そうとしたら、腕を強く引っ張られた。


「ねえ!ねえ?明日菜!演劇部じゃん!将来、やっぱり女優なりたいんでしょ?」


それは、新入部員勧誘の部長(女)の勧誘がしつこかった上に、姉の親友の先輩だったから、断れなかっただけ。


私がどう回避しようか困っていると、


「なあ、盛り上がってるとこ悪いけど、そろそろ移動しないと、集合時間に遅れるぞ」


春馬くんがスマホで、電車の時刻表と時計を示して言っくれた。


「あっ。じゃあさ、せめて名刺だけでも受け取ってくれる?希望の条件があるなら、きくし」


渡されたのは、けっこう有名な芸能事務所。アイドルやタレント、俳優も若手からベテランまでいるところだ。


ますます気が重い。


私は自分の容姿は、九州では通用するレベルだと思ってても、あんなキラキラした世界で通用すると思うほど、自惚れてはない。


もうなんだか、すべてが面倒くさい。


そう思ったら、


「うわっ、面倒くさっ」


私の思いを代弁してくれる声があった。


と、同時に一歩後ずさる彼に、理不尽な怒りがわいた。


だって、完全に、他人事だったから。


そっちがその気なら、


気がついたら、私は春馬くんを指さして、言っていた。


「彼氏がいてもいいなら、いいですよ」


その後の騒ぎは割愛したい。


ー人が恋に落ちる瞬間は、様々だが、私のように怒りから始まることもあるんだろう。


ここから私の初恋が始まった。



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