大晦日の神様
あびす
大晦日の神様
今日は大晦日。かといってなにをするでもなく、こたつに入って年越しそばを食べる。
今年も特になにも無く、平和な一日だった。いつもと同じなら、なにか変わったことでも体験してみたかったなあ。
そんなことを思っていた時。
「うう、寒い寒い」
ガラッとドアを開けて、狐耳と尻尾を生やした女の子が当然のようにこたつに入ってきた
「うわあびっくりした」
「お?リアクション薄いのーお前」
「いやめちゃくちゃ驚いてるよ。誰だい、君。不法侵入だよ」
女の子はこたつの上のみかんを食べながら答える。
「ワシは大晦日の神様じゃ。おっ、このみかん美味いのう」
「両親が送ってくれるんだよ。それにしても、なんで大晦日の妖怪が僕のところに来たんだい」
「失敬な!妖怪じゃのうて、神様じゃ!先ほどおぬし、変わったことでも起こらんかと願ったじゃろう。なんせワシは大晦日の神様じゃからな、それを叶えに来たわけじゃ」
「なるほど、そういうわけだったのか。神様がわざわざご苦労様」
「ほれ、わかったらワシの分のそばも作れ」
「仕方ないな」
僕はたった今不法侵入してきた素性も知れない女の子のためにそばを作り始めた。少女は二個目のみかんを食べながらテレビのチャンネルをころころ変えている。
「はい、できたよ」
「お?なんじゃあ、インスタントのやつではないか。まあよい、最近のそばはインスタントでも美味い。しかしのう、一年で一回しかないんだから、もうちょっとこだわってもいいのではないか」
「さすが大晦日の神様、手厳しいね。でもそんなにゆっくりしてていいのかい」
僕は時計を指さした。
「あと三十分で新年だよ」
「なに!?」
女の子は驚きの表情を浮かべ、必死でそばをふーふーし始めた。
「まあまあ、ゆっくりお食べ」
「あほう、悠長な事は言ってられん!お前に……あちっ!」
「いわんこっちゃない。ほら」
女の子は僕が渡した水で舌を冷やしている。
「ゆっくりでいいから、そば食べたら帰りな。いや、こんな深夜に女の子一人で帰らせるのは危ないか。送ってってあげるよ。君、家はどこだい?」
「むっ!?ぼぼっ、ワシは神じゃぞ!そんなもん必要ないわ!だめじゃだめじゃ、このままでは神の名折れよ!おぬしに神の御業をみせてやろう!」
女の子は勢いよく立ち上がる。
「じゃあせっかくだから見せて貰おうかな。なにをしてくれるんだい?」
「それは……」
先ほどの勢いはどこへやら、静かに座る女の子。
「……除夜の鐘の豆知識でも教えてやろう」
暖かい目で見守る事にした。
「おぬし、なぜ除夜の鐘が百八回なのか知っておるか」
「人間の煩悩の数だってことは知ってるけど、言われてみれば詳しい理由は知らないなあ」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
得意げになる女の子。果たしてこれが神の御業と言えるかどうかは疑問だが。
「そもそもなぜ煩悩が百八個かという話じゃ。諸説あるが、大きく分けて三つじゃな」
女の子は指を折りながら数える。
「一つ目は、眼、耳、鼻、舌、身、意の感覚を感じる器官、いわゆる六根を好、悪、平の三つ、そして浄、染の二つ、さらに過去、現在、未来に分け、それらを掛け合わせた数であるという説じゃ。二つ目は、語呂合わせじゃが四苦八苦を四九八九にして掛け合わせた数であるという説。最後は月の数十二と節季の二十四、そこに七十二候を足したという説じゃ。ぜんぶ百八になる。まあ、こじつけかもしれんがの……」
言ってるい間に女の子のまぶたが重くなってきたようだ。うつらうつらとしている。
「そうかい。ありがとう。勉強になったよ」
「そうじゃろう……。これが……。神の……御業……」
とうとう女の子は寝てしまった。毛布を掛けてあげる。
「なかなか面白い年越しだったよ、ありがとう」
さて、僕もそろそろ寝るか。
「はっ!ここはどこじゃ!それと今は何月何日じゃ!」
次の日、つまり元日。女の子は慌てた様子でこたつからがばっと起き上がった。
「あ、おはよう。ぐっすり寝たね。送ってあげるよ。しかし、親御さんになんと説明すればいいんだ……」
「ちがーう!だからワシは神だと言っておろう!ほら、これを見ろ!」
言うやいなや、女の子は空中にふわりと浮かんだ。
「うわ、すごい。君は本当に人間じゃないみたいだね」
「そうじゃろうそうじゃろう……、じゃなくて!今は何月何日じゃ!」
「一月一日、元日だよ。あけましておめでとう」
「なっ……」
女の子の顔が驚愕に固まる。
「どうしたんだい?見たいテレビ番組でもあったかい?」
「あほう、そんなチンケな理由じゃないわ!なんてことを……!ワシは大晦日の神、人間界でうっかり新年を迎えてしまえばその一年は神界に帰れないのじゃあー!」
「それは……」
ブツブツ呟きながら部屋の中身をうろうろ歩き回る女の子。やがて決心したように僕を見た。
「よし、決めた。ワシはここに住む。これからよろしくな」
「ええ」
「そう嫌な顔をするな。大晦日までではないか」
「一年間ってことなんだけど」
「そういうことになるな」
「僕に拒否権はなさそうだね」
「その通りじゃ」
どこまでも勝手な女の子だ。
「そうと決まれば、初詣に行くぞ!リンゴ飴が食いたい!」
「はいはい、わかったよ……」
僕はこれからの生活を案じながらも、とりあえずは初詣に行くために渋々服を着替え始めた。
大晦日の神様 あびす @abyss_elze
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます