【6】『転校生攻防戦』

「ふふっ……まあいいでしょう。それでは、みなさんの紹介も済んだところで、本題に入るとしましょうか。わたくし達がこれから五日間戦わなければならない――『転校生攻防戦』についての話を。繰主、例の資料を配って頂戴」


 篠森より命令を受け、護人が俺達の前に一枚ずつ紙を置いていく。


「簡単にですが、戦争のルールについてをまとめさせていただきました。まずは一度、そちらの紙に目を通していただいてよろしいですか?」


「うん、わかった!」


 篠森に促され、俺と優華はルールの記載された紙を手に取り、その内容に目を通す。

 お姫様と執事、どちらがまとめたのかはわからないが、この資料に書かれたルールはうまく要約されており、『超常特区スキルテーマ』初心者の俺でも読み解きやすいものとなっていた。


 まあ、この『転校生攻防戦』が非常に簡単なルールの下で行われているというのもあるのだろう。

 こういった非日常に慣れていない優華でも理解出来る――それくらいにこの戦争のルールは、単純明快なものであった。


 ルール1、『転校生攻防戦』は全部で五日間にわたって行われる。

 今日が月曜日だから、金曜日まで――すなわち、土日を除いた一週間を費やすということになる。


 ルール2、この戦争は攻撃側の『フラグメンツ』と防衛側の『ヴェノムローズ』に分かれて行われる。

 昼休みに襲ってきた蛍は、攻撃側チーム『フラグメンツ』の所属ということか。


 ルール3、攻撃側は五日間のうちに、一度でもターゲットである俺と優華の二人を同時に『死亡』させれば勝利。防衛側はそれを阻止すれば勝利となる。

 勝利条件が俺達二人の同時『死亡』とは、なかなかに厄介な条件を付けられたものだ。


 ルール4、戦闘可能時間は、授業時間を除いた登校時間から完全下校時間まで。

 この時期の完全下校時間はたしか十八時だったか。


 ルール5、攻撃側はターゲットへの攻撃時、宣戦布告として名乗りを上げなければならない。

 このルールがあったが故に、一ノ瀬蛍は俺達を攻撃する前に名前と攻撃の意志を宣言していたということか。


「以上が、この『転校生攻防戦』のルールとなります。何か質問はございますでしょうか?」


 俺が読み終わったところを見計らって、篠森が声をかけてくる。


「……一つだけ、質問がある」


「なんでございましょうか?」


「確認しておきたいことがあるんだ」


 正確には、このルールに関しての質問はなかった。

 けれども、これだけは本題についての議論を始める前に――初めに、尋ねておきたいことだった。


「この戦争のターゲットは、どうして俺達なんだ?」


 それは、俺がこの話を聞いてからずっと思っていたことだった。

 よりによって、どうして俺達がターゲットにされたのか。


 いや、違う。俺達じゃない。

 俺が疑問に思っているのは、どうして優華がターゲットにされてしまったのか、だ。


 俺とは違って、普通で平凡な彼女が。


「お前はこの『転校生攻防戦』を、符号学園主催のゲームだと――実験だと言った。それは一体、どういう考えがあっての発言だったんだ」


「……申し訳ございません。その点に関しましては、わたくし達も何も知らされていないのです。ただ、おそらくはわたくし達0組を……そして黒崎さん、貴方を研究するためにこの戦争は始められたのだと、わたくしはそう考えておりますわ」


「…………そうか」


 貴方を――黒崎浩二を研究するために、この戦争は始まった。

 そこで優華の名前を一切口にはせず、俺だけを指名するあたり抜け目がない女だ。


 おそらく、篠森はこの戦争の目的を知っている。

 聞かされていないという部分については、事実なのかもしれない。けれども彼女は己の持つ情報から事態を推測し、ほとんど真相に近い部分まで肉薄出来ているのだろう。


 そして、真相を知ったうえで――俺達に隠すことを選んでいるのだ。

 今はまだ言うべきでないということか。それとも、これ以上は詮索するなという警告なのか。


 どちらにせよ、目的は優華ではなく俺にあるということが明言された以上、さらに深く追及するつもりはなかった。

 俺だけを対象としているのならば、この学園を――そして、このお姫様を敵に回してまで、抗う必要性はない。


「他に質問はございますか?」


「……優華は何かあるか?」


「浩二が何もないなら、私も特にはないかな!」


「そ、そうか……」


 清々しいまでに考える事を放棄していた。

 まあ、優華も考えなしで考えていないわけではないと思うので、ひとまずは同意と受け取っておくことにした。

 思考の末の思考放棄とは、言い訳にやや矛盾をはらんでいる気もするけど――まあ、信頼の裏返しとでも解釈しておけばいいか。


「それで、篠森は俺達にどうさせたいんだ?」


「お話が早くて助かりますわ。お二人にはこの『転校生攻防戦』の期間中、極力この『ホーム』にいていただきたいと考えておりますの。具体的には、放課後の時間を」


「日中はいいのか?」


「日中は今日のお昼のように、わたくし達の誰かが見張りに付きますので、ご自由にしていただいて構いませんわ。お二人には放課後だけを、ここで過ごしていただきたいのです」


 つまるところの、籠城戦。

 ターゲットが明確な戦争において、その作戦は定番ともいえるくらいに有名で、そして有用なものであろう。


 砦の中に身を隠し、静かに戦の終わりを待つ。

 0組のことだからもっと突拍子もないことを言われるかと思いきや、思っていたより普通な戦法を提案され、少しだけ肩透かしを食らった気分になった。


「いかがでしょう? お二人にとっても、悪くない提案だと思うのですが」


「…………」


 実際、悪くはない提案ではあった。

 これならば、クラスメイト――優華の友人に0組との関係が露見することもないし、極力危険や無駄な戦闘を避けることが出来る。


 否定する要素はなかった。

 けれどもただ一つだけ懸念点が――要求したいことがあった。


「……一つだけ、お願いがある」


「なんでしょうか?」


「放課後をここで過ごすのは、俺だけにしてはもらえないか?」


 屋上に向かう前の、優華とその友人とのやりとりを思い出す。

 今日だけならまだしも、これから一週間毎日のように誘いを断っていれば、いくら優華であっても交友関係を築くのに支障が出てしまうかもしれない。


 まあ、実際のところ、その程度のブランクで優華が人付き合いに失敗するとは思えないし、杞憂に終わる可能性の方が高い想定ではあったけど――だとしても、可能な限り優華には自由な時間を過ごしてほしかった。

 しかし、


「……残念ながら、それはかなり難しい要求ですわね。不可能というわけではございませんが、防衛の観点から見ましても、あまり望ましくはございません」


 篠森の眉間にしわが寄り、渋い顔をしたまま黙り込んでしまう。


 難しい要望なのは百も承知だ。

 それでも、たとえこの状況が彼女らのせいではないとしても、入学して早々にあなた達は戦争のターゲットになりましたと――そんな理不尽を受け入れろと言われれば、文句の一つや二つは出てくるもので。


 せめて優華だけでも自由にさせられないか、何とか譲歩案を引きだそうとしたところで――


「大丈夫だよ。私も放課後は、ちゃんとここにいるようにするから」


 話の中心に位置する優華は、自ら要求をのむことを承諾した。


「……優華、いいのか?」


「うん。だって、その方が眠姫さん達も守りやすいんでしょ?」


「そりゃあそうだが……」


 心配事は山のようにあったが、当の本人が良いというのであれば、これ以上俺が優華の自由を主張する意味はない。


「ふふっ……契約成立、ですわね」


 俺の心中を知ってか否か、篠森はこちらに向けてうっすらと微笑みを見せ、それから目線を優華の方に合わせて話を続ける。


「まあ、この作戦を実行するのは明後日からになりますので、明日はお二人ともご自由に過ごしていただいて構いませんよ」


「ん? どうして明後日からなの?」


「『転校生攻防戦』のルールに、攻撃宣言をしたうえでターゲットを『死亡』させることに失敗した場合、翌日の戦闘行為を禁ずるというものがございます。このルールにより、明日はお二人が狙われることもございませんので、ここで籠城する必要もないのですわ」


「へえー、そんなルールがあったんだ。確かに、それなら明日は自由にしても大丈夫だね!」


「ええ、そうですわね」


 束の間の自由を得て、優華は「明日は何をしようかなー」と無邪気に考え始める。

 篠森もそんな彼女の姿に和んだのか、先ほどと同じようにまた、上品な微笑が口元に表れていた。


「ふふっ……可愛らしい幼馴染ですわね、黒崎さん」


 席を立ち、執務机から離れて傍に寄ってきた篠森が、優華に聞こえないくらいの声量でこっそりと囁く。


「……契約を交わしたんだ。俺のことはともかく、優華のことはちゃんと守ってやってくれよ」


「ええ、もちろんですわ。『ヴェノムローズ』の名にかけて、お二人の安全をお守りすることを誓いましょう」


 そう言うと、篠森はきめ細やかな肌をした白い手を差し出し、何かを待つようにじっと俺の目を見つめてきた。


「……悪いが、そういうのは優華にしてやってくれ」


「これはお二人との契約なのです。ですので、黒崎さんと葉月さんのお二人と行うことに、意味があるのですわ」


「……わかったよ」


 目線を逸らそうと、やんわり拒もうとも、頑として譲ろうとしないその姿勢に降参し、俺はおずおずと彼女の手を握る。


「よろしくお願いしますわね、黒崎さん」


「ああ……よろしく頼むよ」


 底の知れないお姫様の手のひらは、見た目通りに繊細で、滑らかで――――ほんの少しひんやりとしていた。




   ***




「あ、そういえば! 眠姫さん、もう一つだけ聞きたいことがあったんだった!」


 それから数分後。

 一通りの話も終わり、のんびりと護人が淹れ直した紅茶を嗜んでいたところで、隣にいた優華が弾んだ声を上げる。


「あのさ、この『転校生攻防戦』って、0組内でやってるゲームみたいなものなんだよね?」


「ええ、そうですわね」


「じゃあさ、勝った方には何かご褒美があったりとかするの?」


 ご褒美。つまりは、報酬の話。

 ああ、それは盲点だったな。ターゲットでしかない自分には関係ないと思っていたからか、報酬という概念そのものを失念していた。


 学生にとって貴重な放課後を――それも、一週間もの時間を費やして行われる戦争なのだ。

 俺達のように強制的に巻き込まれたのならまだしも、自主的に参加など何らかの報酬がなければまずしようとは思うまい。


「もちろん、用意されておりましたよ。戦争の勝者には、それ相応の報酬が」


「それって、どんなものなの?」


 雑談の延長。

 裏も表もない、何気なく交わさせる会話の中で、優華は深く考えることなくそう問いかける。


「物品ではないのですよ。そうですわね、簡単に申しますなら――――」


 そして篠森もまた、女の子同士の世間話といった調子を保ったまま、軽い声色で答えを口にするのであった。






「――――、ですわ」

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