黒崎浩二は嘘をつく -幼馴染を守るため、異常なる0組で異能力バトルな世界を生きる-

望月朔

≪第一章≫1年0組の異能戦争

【プロローグ】ようこそ、能力者の集う都市へ

 桜の花を見ると、憂鬱な気持ちになる。

 ああ、またこの季節がやってきたのかと。


 年度の変わり目ということもあり、何かと新しい事が増えるこの春という季節。特に学生である俺のような年頃の人間には、とりわけて大きな意味を持つ時期である。

 ある者は学年が変わり、クラスが変わり、それに伴い人間関係もが変化する。そしてまた、ある者は学校そのものが変わり、自分の生活していた環境が――日常が変化する。


 この春より高校一年生となる俺もまた、日常が変化してしまう人間の一人であった。


 環境の変化を嫌う――というか、新しい生活環境に馴染むことが苦手な俺としては、否応なく変化を求められるこの季節になると、ひときわ気分が落ち込んでしまう。

 しかも、入学先は中高一貫校ときたものだ。

 既に形成されている人間関係の中に飛び込んでいかなくてはならないだなんて、想像しただけで胃が痛くなる話であった。


「私は春、好きだけどなー。新しいものを見れたり、新しい人と出会えたりって、なんかわくわくしてこない?」


 そう言って横に並んで歩く俺の幼馴染――優華ゆうかは、にっこりとこちらに微笑みかけてくる。


「優華は不安とかあったりしないのか? 友達が出来るかとか、授業についていけるかとか」


「まあ、そりゃあちょっとは不安とかもあるけど……けどそれ以上に、新しいものが楽しみ! って気持ちの方が強くて、自然とわくわくしてくるんだよねー!」


 語尾の調子を上げながら、くるんとその場で一回り。

 それから「イェイ!」という掛け声と一緒に、顔の前でピースの形を作って笑顔を咲かせる。


 本当に、新しい学校が楽しみでしかたがないんだろう。

 なんとなくだけど、優華のテンションが平常時の五割増しくらいで高い気もするし。


 これが性格の違いというものなのだろうか。

 とてもじゃないが、俺にはそこまでポジティブに物事を捉えられそうにはなかった。


「ほら、見えてきたよ! 符号学園高等部!」


 そんなこんなで雑談を交わしつつ緩やかな勾配を上りきり、空を覆い尽くすように咲き誇る満開の桜並木を抜けたところで、花吹雪に彩られた真っ白な校門が姿を現す。

 符号学園高等部。それが、これから俺達が三年間通うことになる学園の名前だった。


「思ってたよりも、ずっと大きいんだねー!」


「この都市全体でも有数の規模を誇る学園らしいからな。生徒数が多い分、敷地面積も広いんだろ」


 それに、この学園は面積が広いだけでなく、施設も通常の高校に比べてかなり充実したものとなっているらしい。

 それは校門をくぐって本校舎までの道を辿っていく間に、野球場にサッカーコート、それからテニスコートなどが、各々独立して設置されていることからも窺い知れた。


「あっ、テニス部が活動してる!」


 高めのフェンスを挟んだ向こう側、ネットを挟んでラケットを振るいボールを打ち合う生徒達の姿を見つけ、優華が嬉しそうな声を上げる。


「入学初日だってのに、大変なことだな」


「大変なんだよー、テニス部は」


 中学時代テニス部であった経験からか、優華が自慢げな顔をして偉そうに胸を張る。

 まあ、優華のことだからきっと高校でもテニス部を続けるんだろうけど……まだ入部してもいないのに、何故か得意満面な幼馴染だ。


「あれは……図書館かな? すごい大きいねー……三階建てくらい?」


 右に左にとせわしなく視線を動かしては、目新しい物を見つけてはしゃぐ優華。

 そんな浮かれ気分な幼馴染の姿に和まされていたところで、ふと俺の視界の隅に、空へと跳ね上がる小さな未確認飛行物体が映りこんだ。


「ん…………?」


 立ち止まり、目を凝らして正体を確認すると、それは打ち上げられたテニスボールだった。


 おそらくは誰かが、特大ホームランでもやらかしたのだろう。

 防球用のフェンスさえも飛び越えるほどに高々と打ち上げられたテニスボールは、太陽の眩い光を背にした辺りで頂点を迎え、それからゆっくりと重力に引かれた落下を始める。


「……って、こっちに向かって落ちてきてねーか?」


「ん、なになにー?」


 上空を指差してテニスボールの存在を伝えつつ、己が数秒後に取るべき行動についてを考えてみた。

 頑張ればキャッチすることも出来るだろう。それ相応の速度で落下してるから、成功出来ても結構痛そうだし、失敗率も高いけど。


 普段なら無難に避けてボールの向かう先を見ているところだが、隣に優華がいるこの状況でそれは、少々ばつが悪い。というか、かっこ悪い。

 かっこつけたいわけではないが、かっこ悪い姿を見られるのは嫌だった。


 そんなわけで捕球の覚悟を決めた俺は、手に持っていたスクールバッグを床に落とし、両手を空に掲げてボールを見据える。

 さあ、こい! なんて叫ぶのは柄じゃないので、うまく取れたらいいなくらいの心持ちで構え、タイミングを逃さないようじっとボールを見つめていると――――


「わ、危ない! 『ストップ』!!」


 どこからか、危険を知らせる叫び声が聞こえてきたと思った次の瞬間、先ほどまでぐんぐんと加速していたテニスボールが、見えない網に捕らわれたかのようにピタリと空中で停止していた。


「ごめんなさい! 怪我とか、ありませんでしたか?」


 目線を上空から正面に落とし、叫び声の飛んできた方に向ける。

 息を切らせながら駆け寄ってきた声の主――体操服を着た女子生徒は、俺達の傍に着くと同時に深々と頭を下げる。


「大丈夫だよ! 二人ともただ見てただけだから」


「ほんと!? よかった……」


 そう言うと彼女は顔を上げて、安心したようにほっとため息をつく。

 それからまた目線を動かして上を向いた彼女は、手に持っていたラケットで空中のボールを手繰り寄せ、空いた左手でそれを掴み取った。


「よっと……ところでなんだけどさ、二人ってもしかして外部入学生さんだったりする?」


「そうだけど……どうしてわかったの?」


 優華が不思議そうに問いかけると、女子生徒は「ここ!」と言って自分の襟元を指差す。


「バッチ。符号学園の生徒は入学年度に合わせて違う色のバッチを付けているの。で、そのバッチが付いていないって事は、まだこの学園に入学してないって事。必然的に、これから入学する生徒さんってことになるのよ」


「へえー、バッチなんてあるんだ」


「ちなみに、うちの学年は赤色。だからあなた達も、赤色のバッチを貰うことになるはずよ」


 赤色。言われてみれば確かに、テニスコートで活動をする生徒達の体操服も、縫い目の線に赤や黄や青など、いくつかの種類の色が振り分けられていた。

 目の前の少女は赤色の線。おそらくは、バッチの色と体操服の色が対応しているのだろう。


「ってことは、もしかしてあなたも1年生?」


「そゆこと! 私、夢野栞ゆめのしおりって言うの! クラスはまだ発表されてないからわからないけど、もし一緒のクラスになったら、その時はよろしくね!」


 そんな調子で、矢継ぎ早に自分の紹介だけをしたところで、フェンスの向こうから彼女の名を呼ぶ声が飛んでくる。


「いけない、そろそろ戻らないと! じゃあまた、どこかで会いましょうね!」


 テニスラケットを振り回してさよならの代わりをしながら、彼女は踵を返して慌ただしく走り去っていく。


 急に現れたかと思えば、質問と自己紹介だけして、あっという間にテニスコートへと戻って行ってしまった少女――夢野栞。

 結局俺は自己紹介どころか、彼女に対して声をかけることすら出来ぬまま、初めての符号学園生徒との交流を終えたのであった。


「……ねえ、浩二こうじ。一つ、物申してもいいかな?」


 溌剌とした少女の背中を見送った直後、妙に威圧感のこもった声色で優華に呼び止められる。

 ……うん、くると思ってました。


「……なんなりと」


「人と話す時は、ちゃんと目を見て話しなさい!」


 優華からの厳しい指摘に、俺は曖昧な表情を浮かべてお茶を濁すことしか出来なかった。


 ……まあ、事実だしね。目、一回も合わなかったし。

 けど、どうしようもないんです。普通の会話って、苦手なんです。今回に至っては、一言も発せなかったくらいだし。


「私と話す時だって、全然目を合わせてくれないし」


「苦手なんだよ、人と目を合わせるのが」


 両手で肩を掴まれ、無理矢理優華と向き合う形に持っていかれる。

 頭一個分の身長差はあるものの、肩を掴まれれば必然的に顔の位置は近くなり、優華との距離も接近する。


 目と目が合い、互いの視線が交差する。

 純粋無垢な彼女の、期待に満ちた眼差しに耐えきれなくなった俺は、その視線から逃れるように首を左に回してしまった。


「…………むー」


 不満げに頬を膨らませながら、俺の肩を揺らして抗議してくる優華。


「そのうちなんとかするから、今日のところは勘弁してくれ」


「いっつもそうやって言い逃れようとするんだから!」


 不服そうに口をすぼめながらも、渋々といった様子で肩から手を離してくれた。

 毎度のパターンではあるが、今回も何とか事なきを得られたようだ。頬をふくらませているのは、変わらぬままであったが。


「私も協力するから、早くなんとかするんだよー」


「心がけるようにします」


 なんて、口ではそういったものの、改善出来るとは到底思えなかった。

 と、そんなちょっとしたイベントを経て、俺と優華は本校舎の前にまで辿り着く。昇降口の付近では、つい先ほどクラス編成を発表する紙が掲示板に貼られたらしく、たくさんの生徒達がこぞってその内容を確認していた。


「すごい人だかり……これがみんな能力者なんだよね」


「そりゃあな、ここはそのための学園……というか、そのための島なんだし」


 先ほどのテニス少女――夢野栞の姿が、頭の片隅に思い浮かぶ。

 『ストップ』という言葉一つで、テニスボールを空中に止めたみせた彼女の姿が。


「さっきの栞ちゃんの能力もすごかったよねー。流石は、能力者の集う都市って感じ! 私、ちょっと感動しちゃったよ!」


「あれくらいで驚いてたら、この先驚きすぎて心臓が止まっちゃうんじゃねーか? なにせここは――――」






 ――――能力者の集められた孤島の都市、『超常特区スキルテーマ』なのだから。






 能力者の集う都市『超常特区スキルテーマ』。

 その中に建てられた教育施設、符号学園高等部。


 そこは、これから三年間通うこととなる日常の名前であり、そしてまた、忘れられない連中となる異常との――――0組との、出会いの場であった。

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