自称:醜悪王子は仮面を被った冒険者となる
橘塞人
エヴァン・キンダス・ウンド第3王子視点
突然だが俺の名はエヴァン・キンダス・ウンド。ウンド王国の第3王子、末っ子である。将来的には一代限りの適当な爵位を貰って宮廷勤めをするか、何処かの家に婿として入るかのどちらかで、王位に着くことはほぼない気楽な立場である。
そんな俺は、これまで自分の容姿を悪いと思ったことはなかった。ナルシストのように鏡で自分の姿に見惚れるようなこともないが、兄2人は男の俺から見てもカッコイイし、それに準ずるくらいはなれるだろうと思っていた。騎士団長も「うむ、エヴァン王子は凛々しいですぞ」と言ってくれたし、城のメイド達も「エヴァン王子はかわ、いえカッコイイですわぁ」と言ってくれていた。若干微笑ましいものを見るような目付きが気にかかったが、少なくとも悪感情を抱くような容姿ではないと。
その自身が崩されたのは10歳の誕生日を迎えた直後、婚約候補者である同い年の令嬢と顔合わせをした時だった。
彼女の名前はヴィクトリア・フォン・ラシアン。ラシアン侯爵家の一人娘である。俺を彼女の家に婿として入れるつもりなのかな? それもいいかもな。失礼のないよう努めよう。
「俺はエヴァン・キンダス・ウンドです。ウンド王国の第3王子を務めさせて頂いています。ヴィクトリア嬢、これから宜しくお願いします。これが末永い付き合いになれば何よりの幸いです」
そう思いながら挨拶をした。最良ではないだろうが、悪くはなかったと思う。彼女は少し儚げではあったが、非常に可愛らしい容姿をしており、幼心ながらも胸が高鳴った。だから、末永い付き合いになればいいと言ったのは嘘ではない。
ただ、恐らく何処か悪かったのだろう。もしかしたらキモかったのだろう。ヴィクトリア嬢は俺の挨拶の後、小刻みに震えながら顔を青くして。
「わた、わた、わたししししは、ヴィクッ、ヴィク、ヴィクトリアア、フォオオオオ、ヴォヴォヴォヴォ」
ヴォエエエエエエエエ…………
名乗り終える前にゲロ吐い、もとい口からキラキラ水面を輝かせながら滝壺へたくさんの水を叩きつけた。だから、俺の頬や服に飛び散ったものは水である。水である。決して、酸っぱい臭いがする他の何かではない。
申し訳ありません! 申し訳ありません!
ヴィクトリア嬢の横で、何故か俺に向かって盛んに頭を下げるラシアン侯爵を、俺は遠い目で見ていた。思考が飛んでいたのだ。ヴィクトリア嬢は口からの水流が止まると、今度はボロボロと泣き始めた。
もう、収拾がつかない程にメチャクチャであった。当然ながら、見合いはそこで打ち切りとなった。
「う〜ん。う〜ん?」
俺は色々と表情を変えながら、鏡で自分の姿をチェックした。何処か悪い所、酷い所、気持ち悪い所はないか確認した。何度も何度も確認した。しかし、俺には分からなかった。
父母兄に訊いてみようと考えはしたが、結局はやめた。訊いてみたところで、問題点を出されることはないと分かっていたからだ。事実、家族からは「エヴァン、気にするな」としか言われていない。それを親の、家族の欲目と言うのを俺は知っていた。
それから俺は城にいる人達の表情を観察し、研究するようになった。城に務めるメイド、大臣達や俺付きの家庭教師等の表情の変化を見ていった。
その結果、出た回答は「無」だった。答がないのではなく、無いのが答だ。メイド、大臣、家庭教師、彼等はその職務において表情を変えることは殆どない。それで上手く回せているのだから、それが正解なのだ。俺のように色々と変わるのは不正解で気持ち悪いのだ。そう結論が出た直後、再度ヴィクトリア嬢との見合いが行われると知らせが来た。
これはチャンスである。不正解を正すチャンスである。よし、無表情で臨むぞ。気合いを入れて、無表情で臨んだ見合いの席だったが。
「わた、わた、わたししししは、ヴィクッ、ヴィク、ヴィクトリアア、フォオオオオ、ヴォヴォヴォヴォ」
ヴォエエエエエエエエ…………
結果は何も変わらなかった。
「エヴァン、気にすr」
「もう、やめましょう」
気にするなとは言わせなかった。父王に見合いについて言われるだろうと踏んでいた俺は、ヴィクトリア嬢との見合いをやめるよう即座に進言した。
彼女に会うのが嫌な訳ではない。彼女の失敗が不愉快な訳でもない。だが、俺ではダメなのだと感じていた。
「し、しかしだな?」
「俺の見た目がそれだけ気持ち悪いということなのでしょう。そんな俺に何度も会わせる。ましてや長い付き合いにする? そんなことしてしまっては、彼女が可哀そうですよ」
「いや、お前は気持ち悪くなどないぞ。儂の子はどの子も容姿端麗だ!」
「それは身内の欲目とでも言うもの。特に親は、自分の子供ならばどんな子でも可愛く見えるものらしいですよ」
「そうか。そう言うか。それじゃあ」
父王は別の令嬢との見合いをするよう俺に命じた。相手はカイエトゥール・フォン・マクタ。同じく侯爵家の令嬢である。要は他の人の目を入れれば良いのではないかと考えたその結果だろう。
ヴィクトリア嬢だけが違う趣味だったのかな? そんな小さな希望を抱いて、彼女との見合いに臨んだ俺だったが。
「俺はエヴァン・キンダス・ウンドです。ウンド王国の第3王子を務めさせて頂いています。カイエトゥール嬢、これから宜しくお願いします」
挨拶をした俺を見ると、少し凛々しいタイプだった彼女の顔が青くなっていき、その身体も少しずつ震えていった。
まさか? まさか? そう思いつつも、俺はその時点で少し悪い予感はしていた。ちょっと距離を置きたいなと考えてしまう程に。
「わた、わた、わたししししは、カカカカ、カイエトゥール・フォフォ、フォン、マクタといいまふ。カイエと呼んでくだ、だだだだ、すぁああああああああぅ」
ヴォエエエエエエエエ…………
顔を上に向け、カイエトゥール嬢は抵抗を試みたようだったが、それによって却って大きな落差の大瀑布を披露してしまった。酸っぱい臭いのする水がまたしても俺を汚し、その様を俺は他人事のような気持ちで見ていた。
言うまでもなく、見合いはそこで終わりとなった。
「エヴァンよ」
「やりませんよ?」
剣の素振りをしながら、俺は父王に対して即答した。もう、顔を向けもしないし、素振りも止めないが、父王が困った顔をしているのはひしひしと感じていた。
「まだ、何も言うとらんではないか」
「仰らなくても分かります。また、次の見合いをせよと言うんじゃないですか?」
「まあ、そうなんじゃがな。伯爵家ではあるが、エヴァンと同年代でナイアガラ・メタウォールというお嬢さんだ。良い子らしいので、ちょいと会ってみんか?」
「みません」
俺は即答した。またまた幅広く、大量の水的なアレをぶちまけられる未来しか想像出来なかったからだ。俺が汚れるのはいい。服なんか洗濯すれば済む。だが、俺は仮にも王子である。そんな者を汚してしまったことで、彼女達は少なからず叱責されただろうし、心に傷も負っただろう。そんな女性を増やしてはならない。
そのようなことを言うと、父王は困った表情をさらに強くした。
「しかし、しかしだな、婚姻は王侯貴族にとって必須事項であるのだから」
「分かってます。だから、俺は平民になります。冒険者です。冒険者ならば、顔を隠しても仕事をやっていくことは可能でしょう」
「ば、馬鹿を言うな! 王家の息子が冒険者になるなど、許される訳がなかろう!」
「そうでしょうね。なので、12になったら家を出ます。一平民としてやっていきます。後継は兄が2人いるので大丈夫でしょう?」
「しかし、しかし!」
父王はああだこうだ言ったが、俺は構わず素振りを続けた。父王の言葉は右から左へ流し、俺の頭には自分の姿勢とフォームのチェックばかりとなった。
ただ闇雲に振っていては何にもならない。一振り一振り考えてやるのが肝要だ。その積み重ねで俺は強くなり、この年で騎士団長からも1本を取れるようになっていた。
その上で、俺は水系統の魔法もそれなりに使える。そう、手前味噌だが俺は冒険者としての才能は確実に持っていた。
「エヴァンよ、決意は変わらぬか?」
「はい」
2年後、俺は父王に王家を抜けて平民になる旨を申し出た。この国では12歳から冒険者になって働くことが可能だ。それまで鍛錬も積み重ねてきた。やっていけるだろうという自信もあった。
やむをえまい。父王は大きな溜め息と共にそう言ったが、同席した兄である王太子が止めた。
「少しいいですか?」
「うむ?」
「エヴァン、君が冒険者として活動するのはいい。本音としては次期の騎士団長にでもなってもらいたかったんだがね、君の決意が固いから僕も諦めよう。だが、身分を明かさなければ冒険者なんてものは誰にでもなれる。だから、王家としての籍は残しておく。未来には何があるか分からない。あって困るものにはならないし、もしかしたら必要になる場合があるかもしれないからね」
「あ、ああ。そうじゃ、そうじゃ。そうしよう。良いな、エヴァン。お主にとって此処は生家じゃ。それはいつまで経っても変わらぬ。冒険者になっても、いくつになっても、そのことは決して忘れるでないぞ?」
「…………はい。ありがとうございます」
王家としての籍が必要になる。そんなケースは考えられなかったが、俺はそれ以上ああだこうだと言わなかった。そこで反論してはキリがないし、王家としての籍を持っているなんてことは、俺が忘れればないも同然となるって分かっていたからだ。
「では、失礼します」
俺は頭を下げ、父王と王太子の所から下がろうとした。それと同時に、懐から銀色の仮面を取り出して装着するのも忘れない。
そんな俺を見て、父と兄は揃ってため息をついた。
「やはり、その仮面はどうかと思うぞ?」
「これは街の人の為なんです。醜い顔の俺が素顔を晒して歩こうものなら、皆が気持ち悪くなって街中嘔吐の嵐になってしまうじゃないですか」
「そんなことないと思うぞ」
「あります。城の皆は耐えているだけです」
俺は父王の言葉に即答した。メイドでも時折俺から目を逸らす人はいた。彼女もきっと、吐き気を堪えていたのだろう。
俺は醜い。誰よりも醜い。それを忘れてはならない。
「僕はとってもイケメンだと思うんだけどね。女の子がキャーキャー黄色い声援を上げるくらいに」
「それは兄上、身内の欲目というものです。家族の姿は醜くは見えないものですよ」
兄の言葉にも即答した。その言葉に、兄は深いため息をついた。何度言っても理解はしてくれないようだ。大切なのは外の人がどう感じるかなのだが。
とは言え、これ以上言っても意味はない。王家の足を引っ張るお荷物、俺はいなくなるのだから問題はない。
「では、今度こそ」
俺は再度頭を下げ、今度は何も言わずに去り、王城から出て行った。もう二度と、戻らないそのつもりで。
王城から出た俺は、その足でギルドに行って冒険者となった。そこから破竹の勢いで活躍するのはまた別のお話。
そうなって、周囲から『銀の貴公子』なんて仇名で呼ばれるようになるのもまた、別のお話。……俺の醜い素顔は誰も見てないとは言え、解せぬ話ではあるけれど。
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