あと5分。

夕藤さわな

第1話

 ――あと五分。


 ちらりと懐中時計を見たケンジの唇が動いた。

 あたしに気を使ったのだろう。声には出さなかったけど、わかってしまった。

 懐中時計――それも手巻き式なんて古臭いものをよく持っていたな、と思う。本当に三十代かよ、とツッコんだけど。同時にケンジらしいとも思った。


 三ヶ月前に買ったばかりの一軒家。いわゆる新婚夫婦の愛の巣ってやつだ。自分で言ってて鼻で笑っちゃうけど。

 新婚だとか。愛の巣だとか。あたしもケンジもガラじゃない。


 この一軒家を建てるときにケンジがこだわった、庭を一望できる大きな窓。

 その窓の前にソファを置いて。カーテンは全開にした。空にはありがたみがなくなるくらい、星が流れてる。


 だと言うのに、だ。

 ケンジは庭も、星空も見ようとせず。あたしの方を向いて、ソファの上に正座したかと思うと、真顔で言った。


「それでは、ここで小噺こばなしを一つ」

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