第222話 今はまだ異常なしでした

『それでは!試合開始!……って、もう決着!瞬殺、瞬殺です!エーファ選手、試合開始と同時に突撃したもののブラック選手にあっさりと撃退!一撃で決まってしまいました!』


 …メーティスも容赦ないな。


 折角解放されて試合に間に合ったというのに…怪我は治したし、長時間拘束されてたわけじゃないから、衰弱してたわけでもないし、コンディションに問題は無かったはずだから手加減しろとは言わないけどさ。


 不幸にも巻き込まれただけの人で、解放されたばかりって知ってるんだから…もう少し情けってもんがあっても良いだろうに。


「ただいま~勝ったで~」


「おかえり」


「おかえり~いい蹴りだったね」


「お見事でした」


 Vサインをしながら帰って来たメーティス。そしてその後ろには…


「うぅ…こんなにあっさり負けるなんて…」


「あんたはまだいいよ。自分で戦えたんだから。あたしなんて戻って来たら負けた事になってるんだからさ。自分で戦っても負けてたと思うけど」


「あたいの相手だってアイシャ殿下だし…」


「私は次を勝ってもノワール侯爵様と当たるし…今日はとことんついてない日ね」


 メーティスに負けたエーファだ。そしてリヒャルダ、グレーテ、メフィトルデも一緒に居る。


 解放された彼女達に治療ついでに事情を説明…してる途中にメーティスとエーファの出番が来た為に一時中断。俺達が誰かを説明したに留まっていた。


「それじゃ続きを聞かせてもらいましょうか」


「あたし達に成り代わっていた連中、その目的」


「それにノワール侯爵様がどう関わっているのか」


「事と次第によっては……責任取ってくださいねっ」


 …何故だろう。その責任とやらを取って欲しくて仕方ないように見えますが?何なのさ、その期待に満ちたギラギラした眼は。


「…ええ、説明しますよ。実はアレアレコレコレ――」


 リヒャルダ達に全てを説明――する必要は無いかとも思ったのだが。彼女達は完全に巻き込まれただけの被害者だし、全てを知る権利はあるだろう。


 こちらが把握してるだけの事情を説明した。


「というわけです。他言無用、秘密厳守で御願いしますね。他に何か聞きたい事はありますか?」


「…引き取るんですか、暗殺者達を」


「未遂とは言え、犯罪者には変わりないですよね」


「それはそうです。でも、やり直すチャンスが一度くらいあってもいいでしょう?帝国に犯罪者として引き渡してしまえば…待ってるのは斬首、良くて犯罪奴隷でしょうし」


「……納得いきませんね」


 …ダメか。そりゃ彼女達にしてみれば理不尽に襲って来た犯罪者に過ぎな――


「あいつらを部下に出来るなら私だって部下にしてくださいよ!」


「そうですよ!経歴になんの問題も無い私の方が雇いやすい筈ですよ!」


「メイドでも執事でも騎士でも何でもやりますよ!」


「股を開けと言われたら開きますよ!いえ、むしろ開かせてください!」


 …んもぉ~す~ぐそっち方面に話を持って行くんだからぁ。どうしてこの世界の女と来たらそっちの話ばかりなのか。


「…皆さん、他国の人間でしょう。家族や友人、冒険者仲間を捨てて王国に来るつもりですか?」


「あたしは家族は居ないし冒険者仲間も居ません!ソロでこっちまで来ましたから!」


「私も同じです!」


「あたいも!今すぐ身一つで王国に行けますよ!」


「同じく!」


 …ああ、そうか。別人に成り代わるに当たって、家族や友人なんかが居ない人間を選んだわけね。


 考えてみれば当然か。


「…俺の部下、家臣になるって事は元暗殺者と同僚、仲間になるって事ですが、抵抗はないんですか」


「有りません!」


「むしろノワール侯爵様の部下になれるなら拉致ってくれてありがとうって感じです!」


「部下になれなかったら勿論恨みますけど!」


「でも仲間になれば忘れます!守ります!」


 あんたら息ぴったりやね。今日会ったばかりなんちゃうのん。それに軽く脅してない?俺を。


「…わかりましたよ。ノワール家にはまだ騎士団が無いので騎士として雇いますよ。アインハルト王国で騎士になる資格を得てもらう必要がありますけど、貴女達なら余裕でしょう」


「よっしゃー!」


「偶には拉致されてみるもんだなぁ!」


「ビバ拉致!」


「今日はついてる日だね!」


 …げーんきーん。いや、ちゃっかりさんと言えばいいのか?何にせよ、逞しい限りで。ビバ拉致なんて言葉、初めて聞いたぞ。


「ええんか、マスター。そんな約束して」


「後々問題になるんじゃない?」


「大丈夫だろ。まだ一人も騎士は決まってないんだし。何人雇うかも未定なんだしさ」


 強いて言うなら他には『ファミリー』の連中くらい?面白いから雇うつもりではいるが。


「あの…自分も騎士として雇ってもらうわけには…」


「無理です。無理無理です」


 他国の皇女を騎士に雇うとか出来る筈ありませんがな。なんぼ本人の意思でも国際問題になりかねませんわ。


「んで、エスカロンの方はどうするの?自国の反乱分子を他国に招き入れて他国に処分させようとした…普通に考えて大問題でしょ?」


「それはあくまでユウの推察でエスカロンの自供とちゃうしなぁ。ジビラを捕えてもワザと招き入れたっちゅう証拠にはならんし。その上、王国側は実害を殆ど受けてないしなぁ。そりゃ迷惑はかけられてるけども。精々が迷惑料もらっておしまいとちゃうか」


 見方によってはエスカロンもタダの被害者になるしな。実際、命を狙われてるのはエスカロンなんだし。


「そもそも何でジビラはここまで急いだの?そりゃアルカ派残党一掃作戦とか聞かされれば焦るのはわかるけどさぁ。事前に察知したなら逃げたらいいと思うんだけど。実際、ジビラは帝国まで来れてるし」


「仲間意識…とかは薄そうやけど、理由としてはあるやろ、一応。仲間の為にってな。あとは自分の財産を処分されるんを恐れたんとちゃうか」


「財産?そんなの負けて逃げ出してる時点で無いも同然でしょ」


「アルカもジビラも、元は都市を代表する大商人やったわけやろ。となると、それらの財産を処分するにも時間はかかるわ。隠し財産なんかは特にな。全ての財産を回収。処分される前に、なんとかしたかったんとちゃうか」


「…命より御金が大事って?」


「命あっての物種ってのはわかっとるやろ、商人なら。でも、命賭けるんは手下の暗殺者で自分の命は賭けてるつもりが無いんやろ」


 …ありそうな話だ。今日まで耳に入って来たドライデンの上層部の話から、腐った連中だったのは間違いなさそうだしなぁ。


 暗殺者達からも嫌われていたみたいだし。


「て、そろそろウチの出番だ」


「あたいの出番か…お手柔らかに願いますです、殿下」


「だいじょーぶ。ニセモノはボコボコのボコにするつもりだったけど、ホンモノは優しく倒してあげる」


「……簡単に負けるつもりはありませんがね」


 アイのナチュラルな煽りに顔をピクピクとさせながら答えるグレーテ。多分、アイに悪気は無いんで赦してやって。


「(…今のとこ、異常はないか?)」


「(無いで。魔法玉とやらの回収も順調。誰かが狙われてる様子も無い。不審者もおらん)」


 メーティスには引き続き偵察機による警戒を続けてもらっているのだが、カミラの動きは捉えられていないようだ。


 このまま闘技大会が終わるまで何もしてくれるなよ…ほんとに。

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