第220話 寝返りました

「まさか暗殺者を部下にしようなんてね」


「マスターらしい気もするけど…大丈夫なん?」


「裏切る可能性が高いのでは…」


 捕まえた暗殺者、セリスの尋問を終え。


 闘技大会出場者組は舞台近くまで戻る。途中の話題は当然、先程の話だ。


「大丈夫だと思ってるよ。少なくとも、あの子…セリスからは一度も殺意を感じなかった。まだ一度も仕事をしてない…暗殺をした事がなくて、本人も望んでいないのなら…いくらでも引き返せるさ。陽のあたる場所へ、な」


 話して居て思ったが…やはりあの子は相当に若い。十四、十五歳くらいだろう。


 あの子がどういった経緯で、何歳から暗殺者として鍛えられたのか知らないが、不幸な過去だったと推察は出来る。


 聞いても胸糞悪い気分になるだけ…いや同情したくなる過去だろう。


 なら結果は同じだ。


「不幸な人生を歩んで来た子なら救う。暗殺者を辞め、真っ当に生きたいなら手伝う。それでいいだろ?」


「ジュン…」


「ノワール侯爵様…」


 嘘を言ってるかもしれないし、全員がセリスと同じではないだろう事はわかっている。


 それでも…自己満足に過ぎないかもしれないが…アッサリと見捨てるのもな。


「盗賊なんかにも言えるけど、生まれ育った環境によってはどうしようもない流れってのがあるだろう?アイが王女として生きるしか無かったように。ジェノバ様が皇女として生きるしか無かったように」


「…それは…そうですね」


「盗賊もなりたくて盗賊になったんじゃなく、暗殺者も暗殺者になりたくてなったわけじゃない。そう言いたいんだ?」


「まぁ…中には成りたくてなった奴も居るだろうけどさ。盗賊にも暗殺者にも」


 そういう奴は部下になる、なんて言わないだろう。


 言ったとしても、本心でやり直すつもりかどうかは確かめるつもりだ。


「嘘か真か…精神魔法で確かめる事が出来る。それくらいの用心はするしな」


「ほ〜ん。ならええけどな。実際、ノワール家には諜報関係の仕事が出来る人材は乏しいしな。暗殺者に暗殺を防がせるっちゅうのんも有りやと思うで」


「ノワール侯爵様を狙う不届き者が居るのですか?王国にも」


「マスターの妻の座を狙ってるのんはようけおるけどな。生命を狙われるとしたら婚約者らやな。アイツが死ねば私が後釜にー…とか考える阿呆がおるかもな」


 そんな阿呆が居るのか…いや、流石に居ないだろ。こう言っちゃなんだが、俺の婚約者…正式な婚約者はアイだけだけど、婚約者だと見られてるのは一人二人じゃ効かないんだからさ。


 誰かを暗殺したからって後釜に入れるなんて考える阿呆は……


「嫉妬に狂った人間は恐ろしいらしいで、マスター」


「七大罪の一つだしね、嫉妬は」


「…もし婚約者の誰かを殺せばノワール侯爵様の婚約者に成れるのならば…自分も検討はすると思います」


 Oh…三人共に肯定かよ。特にジェノバ様はそんな事言っちゃダメじゃね?


 リアリティ有り過ぎて怖いんですけど。


「ま、この後はもうアルカ派は何にも出来ないだろうし、俺達は闘技大会に集中――」


「お待たせしました、御主人様。帝都に潜む暗殺者六十九名。これより御主人様の配下となります。何なりとお申し付けください」


「――は?お前、セリスか。え?もう全員説得したの?早くない?」


 別れてからまだ五分も経ってないぞ。なんぼなんでも早すぎる。それに六十九名て。一人を除いてこちらに寝返ったって事か。


 それにセリスの後ろに三人…一人は服装からグレーテに化けてたヤツだとわかる。もしかして残り二人も出場者に化けてたヤツか。


「ベテランの五人の内、一人は御主人様に降るのを良しとせず、エスカロン暗殺に動くそうです。他の四人の内二人はジビラの護衛に残った仲間を説得に向かいました。往復で約二週間かかりますがジビラを捕えて戻って来る手筈です。他の仲間は――」


「待て待て。情報が多い。一つずつ整理させろ。あと、こんな所で跪くな。凄く目立つ。立って、自然に振舞え」


「はっ」


「先ず…お前の後ろにいるのはグレーテ、エーファ、メフィトルデに化けていた四大の弟子でいいのか」


「はい。その通りです」


「アリスです」「エリスです」「トリスです」


「……もしかして、お前達の名付け親って」


「はい、師です。私達は師に拾われた孤児ですので」


 …同じように四人が孤児を拾って名付けしたのか。もうちょい捻ればいいものを…本人が気にしてないならいいけどさ。


「で、お前達とベテラン四人を含む六十九名がこちらに寝返ったと。寝返らなかった一人はエスカロン暗殺に動くんだな」


「はい」


「逆によくそいつは裏切らなかったわね。あんた達で捕まえようとはしなかったの?」


「……」


「…ちょっと。ウチの事は無視?」


「……」


「…ちゃんとアイの質問にも答えろ。お前達で捕まえようとは思わなかったのか?」


「はっ。私は知らされていなかったのですが、その者は四大の唯一の生き残り『死眼』のカミラ。私達が総員で戦っても勝てるかどうかと言った相手です。それでも勿論、捕らえるつもりでしたが、逃げられてしまいました」


「へぇ…」


 六十九人の暗殺者を相手にして勝てる可能性があるのか…中々に強そうじゃないか。俺Tueeeeeの相手として相応しい――


「それとその時、指示者の三人…ジビラの部下の三人を連れ出されてしまいました。ベテランの二人が他の仲間を指揮し捜索中です。見つかり次第連絡が入るかと」


「…お前達四人はどうするつもりだ?」


「私達は御主人様の護衛です。エスカロンを始末する為の手札として御主人様を捕えるという計画がありましたので」


「…わかった。だが俺の護衛は不要だ。お前達は俺の身内…いや、アインハルト王国の人間が襲われないよう注意しろ。カミラは発見しても手を出さずに俺に連絡、居場所の把握だけでいい」


「はっ」


「それとジビラを捕えて帝都に戻る手筈らしいが俺達も明日には王国に帰る。国境付近に居るらしいが、メールスの近くか?」


「はい。メールス近くの村に身を潜めてます」


「ならメールスに居るベッカー辺境伯に引き渡せ。手紙でも添えてな」


「はっ。仲間に急ぎ伝達させます」


「…ベッカー辺境伯も可哀相に」


「ほんまやで。ただでさえ苦労してそうな人やったのに。突然アルカ派残党の始末を押し付けられるとか。気の毒なこっちゃやで」


 …仕方ないだろう。自分とこの領地にいるんだし、領主として頑張ってもらうしかないだろ。


「でも、ジェノバ様からベッカー辺境伯に連絡してもらえますか。ジビラの事は帝国にお任せしますので」


「…え。あ、はい…しかし、よろしいのですか。ジビラを使えばドライデンと政治的交渉にも使えると思いますが…」


「構いません。代わりと言っては何ですが、セリス達暗殺者…いえ元暗殺者達に関して口出ししないと約束していただければ。それで」


「…わかりました。姉さん…皇帝陛下にお伝えします。きっと良い返事がもらえるかと」


 そりゃ帝国には損の無い話だからな。まだ大きな実害を出してない実行犯より交渉の手札となる首謀者の身柄の方がよっぽど重要だろ。


 さて…あとセリス達に出すべき指示、聞くべき事は…


「ああ、そうだ。ホンモノのリヒャルダ達はどうした」


「まだ捕らえたままです。タイミングを見て解放する予定です」


「急ぎ連れて来い。リヒャルダは俺に負けた事になってるが他の三人は勝ち進んだことになってるだろう。怪我をしてるなら俺が治療する。行け」


「「「「はっ」」」」


 …普通に行け、普通に。まるで忍者みたいに消えるんじゃない。一応、結界は張ってるから大丈夫だとは思うけどさ。


 しかし、間に合うかね。対戦表によれば…おっと、メーティスの次の相手がエーファじゃないか。グレーテがアイの次の相手だし…メフィトルデは次を勝っても、その次は俺だし。


 決勝トーナメントまで勝ち残ったのに捕らえられて、解放されても直ぐに敗北か…気の毒に。

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