第193話 問題有りでした
〜〜サーラ〜〜
「―――と、北方からの招待客は予定より一日遅れるとの事。それ以外は問題無く進んでいるそうです」
「そう。雪が降らなかったのは幸運ね」
帝国は東は海だから他国と隣接しているのは北、西、南の三方。
北からの招待客は移動に大きな問題無し。
問題は西と南の招待客ね。
「では次に西の招待客…ドライデンの動きについてですが。宜しいですか」
「ええ。続けて」
「こちらも順調に進んでいます。帝国内に入る前も後も魔獣の姿は無し。護衛も使用人も問題無し。不気味なほどに静かだそうです」
「静かならいいじゃない。問題無いでしょ?」
「そうなのですが…普通は他国に来たら街を見て廻るなりなんなりすると思うのですが、そう言った様子はまるで無いとか。国王のエスカロンも同様との報告が」
そうなのかしらね…そうだとしても何もしてないなら追い返すわけにも行かないし。
てか内戦が終わって一月も経たない内に来るんじゃないわよ。
「そう。でもドライデンは引き続き注意を。エスカロン一行以外にも入りこんでるかもしれないから警戒は続けるように。西だけじゃなく北と南もよ」
「御意」
流石に海からは来ないでしょうから東は無視でいいわね。ドライデンから船で来るとなれば南側にぐるっと大回りになって陸路より時間がかかるもの。
「では最後に南…アインハルト王国からの御一行様ですが…」
「…問題が起きたのね」
一番最後に回したという事はそういう事。
カサンドラが何かやらかしたのかしら…ジェノバが居てフォロー出来ない程のやらかしなのかしら。
何それ、怖い。
「早馬にて連絡がありました。二つ問題が起きまして…先ず一つ目。ジェノバ様がノワール侯爵に求婚なさったそうです」
「……………はい?」
え、カサンドラじゃなくて?ジェノバがやらかしたの?あのジェノバが?
「それと移動中のノワール侯爵の馬車に飛び移り、街に着いても暫く降りて来なかったとか」
「何してたのよ…」
ま、まさかとは思うけど…ノワール侯爵を押し倒したんじゃ…
「周りに護衛や使用人も一緒でしょうからそれは無いでしょう。どういう訳かノワール侯爵の使用人…メイドと勝負をして敗北。そのメイドをライバルと認めたそうです」
「は?え?負けたの?ジェノバが?メイドに?」
なにそれ、どういう事よ。そりゃジェノバが世界最強だとは言わないけど…メイドに負けるなんて有り得ない。
ジェノバ…一体何があったの…
「そしてそのジェノバ様からですが。私と姫様の闘技大会の推薦枠を空けておいて欲しいと。可能ならノワール侯爵を推薦して欲しいと。何やらノワール侯爵が闘技大会に参加登録したいが受付締切に間に合わないからと」
「…ハァァァァ」
バトルジャンキーっぽいって思った時に予想したけれど…勘弁してよ。男を…それも他国の貴族を闘技大会に、しかも私の推薦でなんて出来る訳ないじゃない。
万が一怪我でもさせた日には………暴動が起きても不思議じゃないわね。
「問題ないでしょう。推薦しても」
「はぁ?何言ってんのよ…バカなの?ボケたの?死ぬの?」
「…最近、妙にトゲがありますな。まだ根に持っているので?」
当たり前でしょ。皇帝にアッパーいれて気絶させた罪は重いわよ。あんたの罪はそれだけじゃないしね。
歯を折った事も写真の事も私は忘れてないわよ。必ず報復してやるわ。
「ま、それはどうでも良いとしまして」
「あんた皇帝からの恨みをどうでもいいって。どんな心臓してるのよ。毛でも生えてるの?」
「ええ、普通に。姫様は毛がないのが悩みですのに、すみませんね」
「よし表へ出ろ」
「話を進めますよー。実際問題、ノワール侯爵を推薦し、闘技大会に出てもらっても大きな問題は起きないでしょう。起きるとしたら、それはノワール侯爵とは関係無く起こる問題ですよ」
こいつ……問題が起きない?どうしてよ。もし回復魔法でも魔法薬でも治せないような大怪我、いえ怪我で済まずに死んだりしたら…再び戦争になりかねないわよ。いくら自分の意思で出場したからって。
「誰が殺せるんです?ノワール侯爵を」
「誰って…そりゃあ噂通りならノワール侯爵は強いんでしょうけど。ルールのある闘技大会とはいえ過去には死人が出た事はあるんだし。いくら強くても絶対に死なないとは…」
「そうではなく。ノワール侯爵のような美形を前に死にかねないような攻撃を繰り出せる女なんて居ると思いますか。いえ、それ以前にノワール侯爵に戦意を持つ事が出来る人物などいませんよ」
「……」
それは…確かにそうかも。ノワール侯爵に対して武器を振るうなんて…私にも出来ないかも。
「ですのでノワール侯爵が出場しても怪我はおろか戦う事もなく無血優勝するでしょうな。いやぁ大会史上初の珍事ですな」
「待ちなさい。珍事って言ってる時点で気付いてると思うけど、それはそれで問題でしょうが。ノワール侯爵の対戦相手が全員棄権していくなんて、闘技大会じゃないわよ」
「……それもそうですな」
そうでしょうが。闘技大会では賭けもやるのよ。そんなんじゃ賭けが成立しなくなるじゃない。賭けの胴元は皇族…私なのよ。大損になるじゃない。
「というわけで、やっぱりダメよ」
「しかしです、姫様。折角の意中の殿方からの御願いです。好感度を稼ぐ為にも聞き入れるべきかと。断って、逆に嫌われる事は避けるべきです」
「陛下と呼びなさい。それもわかるけれど…」
試合として成り立たない可能性がある限りノワール侯爵には諦めてもらうしか…
「ノワール侯爵には男である事は隠して出場してもらえば宜しいのでは?」
「………身分を隠してって事かしら」
「そうですな、身分も隠していただく必要があるでしょう。顔も仮面などで隠して、体型は…まぁ誤魔化せるでしょう」
偽名で登録して、顔も隠せば…なんとかなるかしらね?いえ、でも…皇帝たる私の推薦者が仮面を被った素性の怪しい人物って、どうなのかしら。
「他の招待客にもバレないようにする必要がありますが、そこはノワール侯爵にも頑張って頂きましょう。何せ本人の希望なのですから、理由をキチンと説明すればわかっていただけるかと」
「…どうしてそんなに前向きに考えてるのよ。ノワール侯爵の好感度は稼げるかもしれないけれど、アリーゼ陛下や婚約者のアイシャ殿下からはどう思われるかわからないわよ」
「この際です。その他大勢の事は可能な限り無視しましょう。本命のノワール侯爵の事を最優先に考えなくては」
「ほんと凄い事言うわね。隣国の、それも戦勝国の女王と王女をその他大勢扱いって」
それに皇帝の私はノワール侯爵だけにかまけてるわけには行かないのよ。そこんとこわかってるのかしら。
「その他大勢は私と大臣達で御相手させていただきます。姫様と妹君にはアインハルト王国を主に御相手して頂くようにしましょう。可能な限りノワール侯爵との接点を増やさねば」
「…ほんとにどうしてそこまで?確かにノワール侯爵と婚約出来れば帝国の利にもなるし、嬉しいけれど…」
「それは……ノワール侯爵は姫様の初恋でしょう?初恋は実らぬと言いますが…折角の恋です。実らせてさしあげたいと思ったのですよ。何せ私は姫様の教育係ですから。恋の事は教えていませんでしたしね」
「…………陛下と呼びなさい」
何よ…私の事なんて敬ってもいないくせに。急にそんな……でも…
「あ、ありがと―――」
「それにこのチャンスを逃せば姫様は一生結婚出来なさそうですし。そうなると処女のまま生涯を終えるか神子を利用するしかないですから。妹君達も道連れに。それはあまりに悲惨ですからなぁ。いえ姫様だけが行き遅れになる可能性もありますな。むしろそうなる可能性が一番高い…いけませんな。やはりなんとしてもノワール侯爵に娶ってもらわねば」
「やっぱりあんたはいつか殺すわ。とりあえず一発殴らせなさい」
「ハッハッハッ、御冗談を。此処まで姫様を想う忠臣を殴ろうなどと。そんな暴君に育てた覚えはありませんなぁ」
「皇帝を殴った奴が言える言葉か!アッ逃げるな!避けるなぁ!」
いつかぜっーたいに殺す!泣かしてやるぅ!
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