第160話 可哀想な人でした

~~サーラ~~



 私はツヴァイドルフ帝国皇帝サーラ・テルニ・ツヴァイドルフ。


 数年前、アインハルト王国との戦争に敗れたお母様は斬首。皇太子だった姉様も斬首。色々とやらかして死んだお母様と姉様に全て押し付けられる形で皇帝になった不運な女です。


 尤も、敗戦国の皇族である私は本来ならばお母様達と一緒に斬首されていてもおかしくない身分。


 それが王国の都合とはいえ生き永らえる事が出来たのですから、幸運とも言えるかもしれませんが。


 …死んだお母様はお世辞にも良い母とは言い難く、また良い皇帝とも言えない人物でした。


 皇太子だったお姉様はお母様の腰巾着で、同じく好き勝手してました。


 正直、目の前で斬首された時も余り悲しくありませんでした。それは妹達も同じようで。


 唯一、弟のエジェオだけは泣き叫んでいましたが。


 さて、そんな最悪な形で皇帝になった私ですが、これまではなんとかやって来たのです。


 先の戦争で無能な貴族は大半は戦死しましたし、 生き残った無能もマシな跡取りにすげ替えましたし。


 王国への賠償金の支払いも終え、荒れた国内の治安も回復し、安定した治世を行っていました。


 私、これでも優秀なんです。ええ、ほんとに。


 皇帝になる前からお母様やお姉様のやらかしのフォローをしてたら身に付いた知識と経験が活きているというのが何とも…いえ、それはいいんです。


 戦争が終わり、復興も終わりが見え、国民も日常を取り戻して来た今。


 私には新たな問題が…


「姫様、いい加減に伴侶をお決めくださりませんと…」


「陛下と呼びなさい、宰相。…仕方ないでしょう?碌な縁談が無いんだから」


 敗戦国とはいえツヴァイドルフ帝国は歴史ある国。


 その皇帝たる私に来る縁談が…まともなのが無い。


「仕方が無いでしょう…国内のまともな男性の殆どは先帝陛下や姉君が娶ってしまいましたからな」


「…死んだ人間の悪口なんて言いたくないけれど、ほんとクズよね」


 クズ二人がやらかした御蔭でツヴァイドルフ家に婿入りさせよう、なんて家は国内にはもう無い。


 あったとしても平民、それもブッサイクな年取ったおじさんばかり…ふっざけんじゃ…んんっ。


 兎に角、国内の貴族にはあの二人よりはマシだと思われているものの、同じ血を引いてる私も男好きと判断されているらしい。


 折角生まれた貴重な男子を不幸にしたくないと…それはわかるけれど私はまだ生娘なのよ?


 男好きと判断されるような事してないわよ…もう。


「それもありますが…姫様が出されてる条件が無茶かと…」


「陛下と呼びなさい。それも仕方ないでしょう。そうでもしなきゃ、妹達も結婚は絶望的なんだから」


 私には弟が一人、妹が七人。姪が四人いる。


 姪と言っても下の妹と変わらない年頃だし、妹のようなもの。


 死んだクズ二人の子だけど私を慕ってくれてるし、血の繋がった家族。大切にしたいと思ってる。


 全員、父親がバラバラなのが恐ろしいけれど…そこは忘れましょう、うん。


 兎に角、皇帝の私でさえ結婚相手に難儀するのに妹達は更に難しい。


 となれば…


「私の夫に妹達も娶ってもらうしかないじゃない」


「それが無茶と申しているのですが…」


 何処がよ。


 一人の男を複数の女で共有するのが普通の世の中じゃない。


 私含め十二人娶るだけでしょ。人数的にも平均だし。


「自分にそうするだけの価値があると本気で考えてるんですか、姫様は」


「それどういう意味よ。あと陛下と呼びなさい」


「客観的に見て、姫様は御自身に点数をつけるとしたら何点になりますか?百点満点でお答えください」


「え?そうね…控え目に見て九十点くらい?」


「…ハッ」


「今、嘲笑ったわね?!」


 こいつ…幼い頃から私に仕えてくれてるから宰相に抜擢したけれど…その分、遠慮が無いのよね…皇帝たる私に対してよ?


 普通はもっと畏まるもんじゃないの?


「いいですか、姫様。姫様は客観的に見て七十五点です」


「…中途半端な数字ね。あと陛下と呼びなさい」


「そう!姫様には女として突出した魅力に欠けています!政治的手腕は中々のものです。が、顔は中の上。胸もお尻も可もなく不可もなく。歳は十九とまだ多少の余裕はあるものの焦りを覚える年齢。皇帝とはいえ敗戦国の負け犬。此処に更に妹君が全員付いて来る…誰がそんな悪夢のような負債を好んで背負うと?」


「よし、あんた明日死刑」


 誰の顔が中の上よ、失礼な。最低でも上の中は…いえ上の下くらいは…スタイルだってバランスがとれてるし?!わ、悪くはないんだから!


「兎に角!現実を見てください。何処か妥協しませんと、何も変わりませんぞ」


「…でも…私は…」


「…ふぅ。国内はもう難しいでしょうから他国の男性を探させましょう。宜しいですね?」


「…お願いするわ」


 他国の男性か…それこそ難しいんじゃないかしら…


 しかし、数日後。宰相が一つの情報を持って来た。


 とても気になる情報を。


「姫様!聞いてください!」


「陛下と呼びなさい、宰相。…どうしたの?そんなに興奮して」


「アインハルト王国に男性侯爵が誕生したそうです!」


「ふぅん」


「…何ですか、その気の抜けた返事は」


 いや、だって…私には関係無さそうな話じゃない?


 その侯爵が帝国との外交担当なら話は別だけど…そうじゃないんでしょ?


「…はぁぁぁ。察しの良さが姫様の数少ない取り柄だと思っていたのですが…」


「陛下と呼びな…今、なんて言ったこら」


「いいですか、男性の侯爵ですよ?侯爵家の男性ではなく男性が侯爵になったんですよ」


「わかってるわよ。それよりさっき――」


「であるならば!姫様の夫に相応しい相手でしょう!」


「…はぁ?何言ってるんだか」


 数年前まで戦争してた国の侯爵なのよ?それが…しかも敗戦国の皇帝に婿入りなんてするわけないじゃない。


「宰相…ボケたの?短い任期だったわね」


「黙りなさい、毛も生え揃ってないツンツルテンの小娘が」


「よし表へ出ろ」


 このババア…私が気にしてる事を…身体のコンプレックスは笑っちゃいけないって習わなかったのかしら!


「いいですか。その侯爵の名はジュン・レイ・ノワール。詳しくは不明ですが断絶したノワール侯爵家の血を引きながらも孤児院で育ち、功績を打ち立てた事でノワール侯爵家の再興が認められた傑物。オマケに超美形で第一王女と婚約が決まったとか」


「無視か」


 でも、へぇ…何処までが真実かわからないけれど、それが本当なら大したものね。


「だけど第一王女…アイシャ殿下と婚約したって事はアインハルト王家に婿入り…国父になるんでしょ?なら私と結婚なんて出来るわけないじゃない」


「それが第一王女は王位継承権を破棄。ノワール侯爵家に降嫁する事が決まったと」


「…どういう事?」


「恐らくはジーク殿下に王位を継がせるおつもりなのでしょう」


 ああ…アリーゼ陛下はジーク殿下を溺愛されてるものね。


 ジーク殿下に王位を継がせるにはアイシャ殿下が邪魔だった。そこでノワール侯爵家に降嫁。結婚したタイミングで公爵に…って流れかしら。


「どちらにしても無理でしょ。アイシャ殿下を妻にしながらツヴァイドルフ帝国の皇帝に婿入りなんて出来る筈が――」


「この際、結婚は諦めましょう。子種だけもらえれば」


「……は?」


「なに、珍しい話ではありません。男性不足の世の中です。シングルマザーなとそこら中に居ます。ツヴァイドルフ皇帝としては初かもしれませんが」


「馬鹿なの?!」


 それじゃ私まで帝国の歴史に名を残すじゃない!悪い意味で!


 既に母親と姉が残す事になってんのよ?!悪い意味で!


「それに妹達はどうなるのよ!まさか妹達にまで子種だけなんて言うんじゃないでしょうね!」


「妹君達には嫁入りしてもらえば宜しいかと」


「やっぱ馬鹿なんじゃないの?!」


 何故妹達は嫁入りで私は子種だけなのよ!それって私だけ帝国に残るって事じゃない!


 私は寂しいと死んじゃうのよ!?


「…そんな繊細な神経してませんでしょう、姫様は」


「いい加減にしないと本気で処すわよ?兎に角、現実的じゃないわ。却下よ、却下」


「はぁ…」


 と、この時は切って捨てた話。


 しかし暫くして一つ下の妹が… 


「姉さん!聞いてくれ!」


「…カサンドラ?帰ってたのね」


 カサンドラは皇家でありながら親しい友人と冒険者をやっている。


 勿論、身分を隠して。


 それもアインハルト王国でやってるんだから…心臓が鉛で出来てるんじゃないかしら。


「さっき帰って来た!そんな事よりも!アインハルト王国のノワール侯爵の話は聞いているか!」


「ノワール侯爵?…あぁ、男性ながら侯爵になったって言う?」


「そうそれ!」


「それがどうかしたの?」


「アタシはノワール侯爵と結婚したい!縁談を進めてくれ!」


「…はい?」


 カサンドラが…結婚したいと?恋愛なんか興味無い、姉さんが好きに決めてくれと言っていたカサンドラが?


「ノワール侯爵も冒険者をやっているって知っているか?」


「いえ、功績を立てたとか美形だとかは聞いたけれど…」


「そう!美形!超美形だった!アタシもノワール侯爵を見たし、少し会話もしたけれど…あの方は男神と言っていい程に美形だった!オマケに性格も良いし剣の腕も良いと来た!最高の男だよ、あの方は!」


 へ、へぇ…カサンドラがそこまで言うなんてね…


「でも、でもね、カサンドラ。相手はアインハルト王国の侯爵なのよ?それもアイシャ殿下が降嫁して嫁入りすると聞いているわ。私との結婚に応じるとは思えないのだけど…」


「誰が姉さんに求婚しろって言ったよ!結婚したいのはアタシだ!」


「だ、だからね…以前にも話したけれど私の夫を妹達全員の夫にって…」


「ああ、そう言えばそんな夢物語を言ってたな」


 ゆ、夢物語…私は私なりに妹達の幸せを考えてるっていうのに…


「でも、それなら大丈夫だ!なんせノワール侯爵は既に千人以上の婚約者が居るらしいしな!ならアタシら姉妹が嫁いだってなんの問題もないだろ!姉さんは…子種だけでもいいんじゃない?」


「…あ?」


「ひぅ!」


 カサンドラ…あんたもか。


 宰相といい…好き勝手言って…


「…お、怒らないでよ…姉さんもノワール侯爵を一目見れば考えも変わるからさ」


「……良いわよ、わかった。ノワール侯爵に面会出来るよう段取りしてみる…だから部屋から出ていきなさい」


「あ、あぁ…ありがとう、姉さん」


「貴女達もよ。暫く一人にして頂戴」


「「「畏まりました」」」


 私の部屋から妹とメイド達が出て行くのを確認して…


「あー!!どいつもこいつも好き勝手言ってんじゃねー!ストレスでハゲたらどうしてくれんのよ!ツルツルなのは下だけでいいのよ!って、何言わせんじゃこらぁぁぁぁぁ!」


 数十分後。


 部屋の惨状を見たメイド長に叱られて、またストレスが加算されたのは言うまでもないと思う。


 誰か可哀想な私を労って…

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