第26話 噂は本当でした
「ご、ごくり…あ、脚はこう、腰はこう…うん、これでいいわ。これがアインハルト王国で最も広まってる王神流、その一の型。この型から始まり、様々な技に繋げて行くの。私が手本を見せるから、よく見ておくのよ」
「はい」
ソフィアさんの提案を有難く頂戴し、翌日から早速指導を受けている。
ソフィアさんにも騎士としての仕事や訓練があるので、早朝の僅かな時間と休日に数時間の指導だけだが、無償で教えてくれるのだから有難い話だ。
なんか妙にベタベタと触られているのが気になったが。
メーティスとの訓練でも問題は無いのではないか?と思わなくもないが、俺が冒険者になるのに反対してる院長先生達を納得させるには、やはり独学で訓練しているよりは誰かに教わった方がいいだろうとなった。
「先ずはこう!そして前に出る勢いを殺さずに、こう!」
彼女に教わるのをクリスチーナは反対していた。まだ十五歳の新人騎士に、他人に指導出来る程の技術があるのか、と。
確かに、クリスチーナがそう考えるのは無理からぬ事だと思うが、ソフィアさんは最年少の王神流免許皆伝の腕前だったのだ。
グゥの音も出ない程に文句のつけようのない肩書にクリスチーナも二の句が継げず、認めるしかなかったようで、最後には賛成していた。
まぁ、その後は不機嫌だったが…やっぱり貴族が嫌いなんだろうか。
「…ふぅ。以上よ。間違えてもいいから、とりあえずやってみなさい」
「はい」
後で聞いた話だが、ソフィアさんは結構有名人らしい。
なんでも剣術大会年少部門での優勝経験があり、王国最強の呼び声高い白薔薇騎士団に配属。
レーンベルク子爵家自体はそれほど大きな権力を持つ家ではないが、彼女が当主になれば伯爵家に陞爵は確実だと言われるほど。
そんなすごい人がどうして孤児院の子供なんかに指導してくれるのか、ストレートに聞いてみた。
「そ、それは……ジュン君を気に入ったからよ、それだけ!それより、ほら!続きよ!」
そんなにおかしな質問をしたつもりはないのだが、ソフィアさんは変に慌てていた。
「っと…そろそろ時間ね。それじゃ私は戻るから。明日は休日だから昼食後くらいに来るわ。夕方までみっちりやるわよ」
「はい!御願いします!」
「…結構な運動量だと思ったのだけど、ケロッとしてるのね…」
まぁ、これまでも多少なりとは言え鍛えてましたからな。俺Tueeeeeの道は一日にしてならず。
こつこつと積み上げて行かねば。
そして翌日。ソフィアさんが来る前に別の人物が来た。
「来たわよ!さぁ遊びに行くわよ!」
カタリナだ。護衛のゼフラさんが忙しく、最近は来れない日が続いていたのだが今日は時間が取れたらしい。久々の外出にはしゃいでいるようだ。
「ほら、早くいくわよ!アム達も呼んでって、何してんのよ?」
「見たら!わかる!でしょ!剣の訓練…稽古だよ!」
「ふぅん?それ、王神流?」
「ふぅ…わかるの?」
「当然よ!あたしも習ってるもの!ね、ゼフラ!」
「ええ。しかし、ジュン君の型は随分様になってるな。誰に教わったのかな?」
「私ですよ、ゼフラ先輩」
孤児院の庭で話していると、丁度そこへソフィアさんがやって来た。休日なので、ランニング時と同じ服装だ。
「ソフィア?久しぶりだな」
「はい。御元気そうですね」
「何よ、ゼフラの知り合い?」
「はい。同じ王神流の道場で学んだ妹弟子になります。騎士学校の後輩でもありますね。家の家格は私の方が低いのですが」
「私が家格が上だからと言って先輩に下手に出られるのを嫌って、気にしないで欲しいと言ったのです、カタリナ殿」
という事は…やはりゼフラさんも貴族か。いや、騎士な時点でその可能性は大だったのだが。
「あたしの事知ってるの?」
「ええ。以前、ゼフラ先輩から
「…そ、そう…で、結局あんたは何処の誰なのよ?」
「ソフィア・サリー・レーンベルク。白薔薇騎士団の新人騎士です。以後お見知りおきを、カタリナ殿」
「ふうん…レーンベルク?何処かで聞いたわね…それに白薔薇騎士団って、確か…」
「王国最強と言われる騎士団ですよ。そしてソフィアは一昨年の剣術大会で優勝しています。その時から有名人ですからね、ソフィアは。お嬢様の耳に入った事もあったでしょう」
褒められて嬉しいのか、持ち上げられて照れ臭いのか、少し頬を赤くしながら俺を見て胸を張るソフィアさん。
何故かそれを見てむくれるカタリナ。そのカタリナが何か言う前に、別の所から声がした。
「…そうか、やっぱりカタリナは貴族だったんだね」
「え?あ、クリスチーナ…」
少し離れた場所で俺達の会話を聞いていたらしい。無表情だが、何処か厳しさを感じさせる顔で近づいて来た。
「な、なによ…貴族だったら何?別に隠してたわけじゃ…いや、隠してたんだけど…」
「……まぁ、君はいいかな。ジュンと同い年だし、何よりジュンの友達だし…」
「え?な、何がよ…何の話?」
「何でもない。気にしなくていいよ」
「そ、そう?」
「そうとも。………でも認めないけどね」
何か、小さな声で呟いたクリスチーナの言葉は俺にも聞こえなかったが…聞いても教えてくれそうにないな。
「そ、それじゃ!早く遊びに行くわよ!久しぶりに来たんだから!早くアム達を呼んで来なさい!」
「私は遠慮させてもらうよ。少しやりたい事があってね。じゃ」
「あっ、ちょっと!クリスチーナ!…何よ、もう…」
返事を待たず、クリスチーナは足早に孤児院に戻り、入れ替わりにアム達がやって来た。
「おう!カタリナ!久しぶりだな!」
「元気してた?」
「…やっほ~」
「来たわね!じゃあ行きましょ!今日は王都の外にピクニックに行くわよ!」
ピクニックて…また突然な。しかも王都の外て。
「ちゃんと皆の分の食べ物と飲み物は用意してあるわよ!それに大き目の馬車で来たから全員乗れるし、それほど遠くまで行かないから平気よ!ほら、早く行くわよ!」
「あ、俺…私は訓練があるからパス」
「な…そ、そんなのまた別の日でいいじゃない!」
「いや、休みの日に無理して来て貰ってるんだし、そういうわけには」
「む、む~…じゃ、じゃああんたも来なさい!王都の外でも剣の訓練くらいできわよね!」
またカタリナの我儘が出た…ソフィアさんこそ、そんな急に言われても困るだろうに。
「ん~…いいわ。行きましょう、ジュン君」
「え…いいんですか?」
「いいのよ。あまり最初から頑張り過ぎてもね。カタリナ殿…いえ、カタリナさんの言う通り王都の外でも訓練は出来るし。取れる時間は短くなったけど、その分濃密にやりましょ」
意外と大らかな性格をしてるらしい。もっと厳しい…もっと真面目に訓練しろ!とか言うかと。
「え~ジュンは剣習ってんの?いいなぁ…あたいも槍を習いたい!母ちゃんが槍使いだったからな!」
「わたしは弓かな~お母さんが、こうシュパン!って鳥を仕留めてたみたいにやりたい!」
「…ファウは魔法がいい」
結局、カタリナの希望通りに王都の外にピクニックに行く事に。
道中は俺がソフィアさんに剣を習う事になった経緯を話していて、アム達の感想が以上だ。
「残念だけど、私は槍と弓は教えられないわ。ごめんなさいね」
「ちぇー…じゃあジュン!教えてくれ!」
「え?」
「そだね、ジュンなら教えてくれそうね」
「…ジュン、物知り」
いや…可能か不可能かで言えば可能ですけどね?相棒のメーティスの力で。でも、メーティスの事説明出来ないしな。…我流で押し通せばいけるか?いや…無理か。
因みに今、メーティスは寝ている。
「いや、いくら物知りだからって習ってもいない槍や弓を教えられるとは……」
「仕方ないわね…私の同期に聞いてみるわ。槍が得意な子も、弓が得意な子もいるから」
「お?やったー!」
やけに俺達に気を使うな、ソフィアさんは…何かあるのか?
「そ、そんな事ないわ、何もないわよ?…でも、もしかしたらすぐに忙しくなって指導の時間は執れなくなるかもしれないけれど…」
「…そうか、白薔薇騎士団なら当然だな」
「……はい。私は新人なので、まだそんな事はないんですけど…団長達は大忙しですね」
「…ほんとなの?あの話…」
カタリナの言う、あの話。最近流れている、ある噂。
「……隣国ツヴァイドルフ帝国との戦争が近い。その噂はどうやら本当の事みたいなの…」
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