第Ⅱ章 第8話 ~まるで大神官の様な、人の魂《アニマ》を喰らう術者だった~

~登場人物~


ノイシュ・ルンハイト……主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手



ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手



ヨハネス……リステラ王国の大神官であり、メイ術士学院の校長。術士。男性。







深いやみとばりが覆う中、ノイシュは寝台の中で何度目か分からない寝返りをうった。明日に出撃しゅつげきするという隊長からの通達を受け、早めに身体を休めようとするものの一向に眠気が訪れる気配はない。


 目を閉じると脳裏にはさきの戦いや、これから始まるであろう決戦の事ばかりが浮かんでくる。晩餐ばんさんの席では参戦を承諾しょうだくしたものの、やはり自信は無かった。いったい自分達はどうなってしまうのかという不安で頭の中が一杯になり、いつ食事を済ませて自室に入ったのかさえはっきりと覚えていない――


 ノイシュはため息をつくと、寝台から身体を起こした。燭台しょくだいえられた蝋燭ろうそくに火を灯すと室内がほのかな明かりで照らされていく。そこには意匠いしょうらした家具や優美な調度品がしつえてほか、既に運び込んでいた自らの武具や衣服といった荷物が置かれている。普段はあでやかに室内を演出するそれらの品々でさえ、今はわずらわしく感じてしまう――


 静かにノイシュはうつむいた。今日は色々な事があり過ぎた。自軍がバーヒャルトから撤退てったいしたと聞かされた事、敗戦により義妹や仲間の間でみぞができていた事、審問での有罪により投獄とうごくされるも大神官に庇護ひごされた事、恩赦おんしゃを得るためにレポグント軍との一大決戦に臨むことになった事――


 ノイシュは強くかぶりを振り、思考を無理に中断させる。今夜はよいが深まるまで眠れそうもなかった。こうなったら戦いに備えるべく術の鍛錬たんれんでもしようかと思った途端とたん、脳裏にさきの戦いで見せた義妹の姿が浮かぶ。彼女の身体から発せられた赤黒い光芒こうぼう、その肌に禍々まがまがしく浮かんだ黒い幾何学きかがくてき的な模様――


 不意に鼓動こどうが強く脈打ち、ノイシュは強く眼を閉じた。

――あの時、確かにミネアは異様だった。まるで大神官エスガルの様な、人のアニマを喰らう術者だった――

 ノイシュは奥歯をめると、自らの目許めもとに開いたてのひらを当てた。


――一体、彼女に何が起きたのだろう。思い切ってこれから義妹に聞いてみるべきだろうか――

 ノイシュはそっと眼を開けると、小さく頷いた。夜更けに女性の部屋を訪ねるのは気がひけるが、向かう先は義妹の部屋だ。それよりもあの出来事について、今のうちに理解しておきたい。せめて声だけでもかけておこう――


 ノイシュは寝床から出ると被服だなを開け、素早く着替えを済ませた。念のため卓上に置いてあった片手剣を手に取り、とびらの取っ手に手をかける。そのまま押し開いて部屋を出ると、朱色しゅいろ絨毯じゅうたんが敷かれた廊下を見渡した。両かべにはいくつもの洋灯ランプが架けられており、思った以上に視界は鮮明せんめいだった。また等間隔に扉が幾つも並ぶ様子から、改めて大神官の邸宅ていたくの広さを感じさせる――


 ノイシュはかぶりを振って気持ちを切り替えると、そのまま義妹の部屋へと向かう。途中で仲間とすれ違うこともなく目的の部屋へとたどり着いた。大きく息を吸って心中を落ち着かせると、ノイシュは扉を叩いた――


――返事はない。

 既に寝てしまったのだろうか、そう思ってノイシュは扉からこぶしを離す――


「この部屋の方に、何かご用ですか」

 後方からの声に慌てて振り向くと、自分より十歳は年上であろう女性が立っていた。恰好かっこうから見てどうやらこの屋敷で働く給仕きゅうじらしい――


「あっ、ミネアと……義妹と話がしたくて」

 緊張のあまり若い年上の女性に対してうわずった声を出してしまい、ノイシュは顔が紅潮こうちょうしていくのが分かった。

「それでしたら、先ほど私がヨハネス様のもとにご案内しました」

 若い女給仕は表情を変えることなく言葉を発してくる。

「ヨハネス校長の所に……?」

 思わずノイシュが眼を見開くと、使用人の女性はゆっくりと頷いた。

「はい、何でもアニマのことについてお話ししたい事があると」


――やっぱり、あの異変のことを大神官に伝えたいのだろう……っ

 思わずノイシュは彼女へと一歩前に進み出る。

「すみませんっ、ヨハネス様の部屋まで案内しれくれませんか、その、僕も心当たりがあって……っ」

 不審に思ったのか、女給仕は一瞬だけ躊躇ちゅうちょする態度を見せる。が、すぐに落ち着きを取り戻すと軽く頭を下げてきた――


「――かしこまりました、どうぞこちらへ」

 こちらがお礼を言うよりも先に給仕の女性は背を向け、慣れた足取りで廊下を進んでいく。ノイシュはあわてて彼女の後を追った。


 廊下の突き当たりを曲がると、吹き抜けの回廊かいろうが視界に飛び込んでくる。四方には階段と通路が何層にもわたって伸びており、まるで迷路の様に入り組んだその構造は屋敷と言うよりも一種の防御ぼうぎょ施設だった。権力者でもあるヨハネスにとって、ここは己の身を守る場所という意味合いもあるのだろう。大神官のおわす部屋へと案内して貰える事に、今更いまさらながら幸運を感じざるを得ない――


 若き使用人に導かれるまま回廊をつなぐ階段を登っていき、ノイシュが小さく息を吐く頃になってようやく最上階まで辿たどり着いた。顔色一つ変えない女給仕は再び廊下に沿って歩を進めていき、やがて一際広い通路に入る。そして奥にはいかにも堅固けんごな造りの鉄扉てつとびらはまっていた。彼女は入り口の前で立ち止まると、分厚い扉をたたいた――


「――何ですか」

 扉越とびらごしに老齢ろうれいの主の声がひびく。間違いなくヨハネスだった。

「夜分に何度も申しわけありません。先ほどお連れした女性のお兄様という方が、同席したいと申しておりまして」


「……分かりました。かぎは開いています、入ってもらいなさい」

 女給仕は扉のわきに身を退しりぞけると、こちらに向かって静かにうなずいてくる。

「あっ、有り難うございました……っ」

 ノイシュは彼女に一礼すると、扉の前へと進み出た。取っ手を握り、そのまま押し出すとうでに重量を感じつつも扉が開いていく。ノイシュは部屋の中へと足を踏み入れ、そして思わず両眼を見開いた――

「ノイシュ……」

不意に明るく広大な室内の中央に、ミネアがほおを染めながらこちらを見ている。身にまとっているのは一枚の布地だけで、彼女の胸元や背中、大ももといった箇所かしょからは素肌がしげもなくあらわになっていた――

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