第Ⅱ章 第2話 ~人を殺さないことが、罪になるのですか……~
~登場人物~
ノイシュ・ルンハイト……本編の主人公。男性。ヴァルテ小隊の術戦士で、剣技と術を組み合わせた術剣の使い手
ミネア・ルンハイト……ノイシュの義妹。女性。ヴァルテ小隊の術戦士で、霊力を自在に操る等の支援術の使い手
ビューレ・ユンク……ヴァルテ小隊の隊員であり、術士。また修道士でもある。女性。回復術の使い手
不意にノイシュは目を開けた。
「ノイシュ、気が付いたの……っ」
少女の声が自分の名を呼び、思わず振り向くものの視界は未だ
――また寝床の上か……
ノイシュは苦笑して涙を拭くと、次第に明瞭さを取り戻すのを感じつつ、周囲に眼をやった。そこは小窓や壁にかかる鏡、木製の椅子があるだけの簡素な部屋だった。ノイシュは小さく息を漏らし、眼前でこちらを見据える修道士の少女に話しかける。
「ビューレ、ここは……」
「聖都メイの、私達の兵舎です。あれから隊長とウォレンがここまで運んでくれて……ノイシュ、三日もの間ずっと眠っていて……っ」
ビューレは瞳に涙を溜めていた。ふとノイシュは脇腹に手をやり、傷を受けた箇所に包帯が幾重にも巻かれているのに気づく。患部から痛みは、殆ど感じない――
「……有難う、君がずっと回復術を施してくれたから……っ」
ビューレは静かにかぶりを振った。
「うぅん、ノヴァやミネアが術連携で助けてくれから……きっと、私一人じゃ無理だったと思う……ただあなたを助けたいって、私、その一心で――」
遂に、ビューレの頬から
「そっか……ごめん、みんなの足手まといになっちゃって」
ノイシュが頭を下げると、
「そんな、みんなが助かったのも、ノイシュの奮戦があったから……っ」
ビューレは静かに俯いた。その様子を眺めていると、不意にノイシュは眼を見開いた。
「――ミネアはっ、小隊のみんなはどこにっ……味方の別働隊はどうなったのっ」
一瞬ビューレが少し複雑な表情を浮かべるが、すぐにそれを微笑みで隠す。
「……小隊のみんなは無事なんだけど……別働隊は総崩れになって敗走してしまって……トドリム様が率いた本隊も挟撃を恐れて聖都メイに撤退したから、バーヒャルト要塞は完全に敵軍の手に……」
そう言って
「……実はもう一つ、ノイシュに伝えなきゃいけないことが……」
ビューレは沈痛な面持ちで顔を上げ、言葉を続けた。
「……今回の敗戦について、原因はヴァルテ小隊にあるって、軍の上層部は思っているみたいで……」
「えっ……」
ノイシュは思わず目を見開いた。
「十二神像のうち風神オルダに日影が差す刻限、私達は軍事裁判所で審問を受けることになっていて……誤解が解けると良いんだけど……」
ふと眼前の少女が慌てて笑みを浮かべた。
「……で、でもノイシュは目覚めたばかりだし、無理せずにここで待ってて……っ」
ノイシュは修道士の少女に胸中で感謝を伝えつつ、静かに首を振った。
「いや、僕も行くよ。最前線で見聞きした事を詳しく証言できるし、何より自分達への疑念を晴らしたい……他のみんなは、どこに」
「たぶん食堂にいると思うから……私、知らせてくるね。みんなきっと驚くよ……っ」
ビューレが足早に奥の扉へと向かっていく。ノイシュは彼女が部屋からいなくなるのを見届けると、そっと寝台に背中を預けた。目をつむると自然にあの日の戦いの様子が思い浮かんでくる。
――ミネア……ッ
ノイシュは瞼に力を込めた。胸の鼓動に痛みが伴っていく。彼女に逢いたい、今すぐに――
ノイシュは思わずかぶりを振ると、ゆっくりと寝台から降りた。感傷に浸っている場合じゃないのも分かっている。戦いはまだ続く。必ず。レポグント軍の次なる目標、それはリステラ王国の王都にして最後の拠点であるこの場所、聖都メイだ。きっとこれまでにない激戦となるだろう。そうした中、果たして自分は生き残ってリステラ王国を守り、民衆達を守り、義妹を守ることができるだろうか――
ノイシュはすぐ脇の壁にかけられた鏡の前に立った。ひどい顔つきだった。髪は乱れ、頬は痩せこけているのに目つきだけがやたらと険しい。三日もの間ずっと眠っていたので無理もないが、これから義妹を含めた年頃の女の子達がやって来ると思うと、思わず
ノイシュは静かに取っ手を引き、外の様子を窺った。木造の廊下は狭く、その左右には幾つもの扉が並んでいる。おそらく小隊の仲間達が割り振られている部屋なのだろう。そして少し離れた場所に少女が二人、向かい合って立っていた。こちらに背を向け、僧服と外套を着込んでいる方はおそらくビューレだろう。そしてもう一人、花瓶を手にしている少女の瞳は澄んだ翠色、背中まで伸びた褐色の髪――
「私、やっぱり今回のことは我慢できない……っ」
不意に修道士の大きな声が
「ビューレ、そんなどうしてっ……」
ノイシュは眼前でビューレと向かい合い、目尻を下げている義妹の姿を見据えた。まさに心を許していた仲間に敵意を向けられ、どうして良いか分からないという様子だった――
「どうして、どうしてあの時エスガルを捕らえられなかったの……ッ」
ビューレはいつにない剣幕で義妹に詰め寄っており、ノイシュは思わず息を呑んだ。その顔は怒りの中にもどこか不安な思いを抱えているのが見てとれる――
「あの時、ミネアが敵神官を捕らえていれば別働隊の壊滅も、私達への審問も、きっと起きなかったんだよ……っ」
ビューレの声を聞き、ノイシュは思わず息を呑んだ。ミネアの唇がわななき、花瓶を持つ手に力を込めるのが分かった――
「もし私達の嫌疑が晴れなかったら、敗戦の責任をとらされてしまうかも……っ、極刑にでもなったら……そう考えたら、私……っ」
沈痛そうな面持ちでうなだれていくビューレの姿に、ノイシュはそっと唇を噛んだ。そして義妹もまた、その肩を小刻みに震わせていく――
「ごめんねっ……私のせいだよね、私に覚悟がなかったからっ……勇気が、出なかったから……ッ」
――ミネア……ッ
「もう、やめてくれ……ッ」
ノイシュは思わず駆け出すと、苦しむ少女達の前に立った。
「ノイシュッ……」
「嘘……っ」
ノイシュの姿を見た少女達が一様に驚きの表情を浮かべる。
「何でこんな事に……っ、あれほど苦しかった戦いを、僕達は一緒にくぐり抜けたんじゃないかっ……それに――」
ノイシュは
「――敵神官であろうと、ミネアはその命を憐れんで……人を殺さないことが、罪になるのですか……修道士様……」
そこまで告げるとノイシュは強く奥歯を噛んだ。一瞬ビューレが瞳を大きく見開き、そして顔を背けていく。義妹の瞳から一粒の涙が
突如としてビューレが駆け出すと、廊下の角を折れて姿を消した。ノイシュは反射的に追いかけようとするが、不意に背後からの視線に気づいて振り向いた。そこでは翠色の瞳をした少女が、静かにまなざしをこちらへと向けている――
「――すぐ戻るからっ、きっと……っ」
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