ノイシュとミネアと魂(アニマ)

たんとん

序章

序章 第1話 ~一人の術戦士の死~



 エッダス帝国ていこく分裂ぶんれつして以降いこう、イアヌとうは戦乱の時代をむかえた――


 諸国しょこくたがいの領土りょうどうばうべく何百年にもわたり争いがり広げられ、次第に各国とも国中の術者じゅつしゃを動員して戦わせる総力戦の様相ようそうていしていく。


 辺境へんきょうの小国リステラ王国もまた例外ではなく、隣国りんごくレポグントとの覇権はけん争いはついにリステラ王国にとってかなめの地であるユンバース平原にて決戦が行われることとなった。

 

 リステラにある小さな村の司祭しさいだったオドリックもまた、じゅつを使えるというだけで徴兵ちょうへいされ、子ども達を故郷こきょうに残したまま幾多いくた戦役せんえきを重ねていき、ついにこの決戦にのぞむのであった――






~登場人物~


 オドリック・ルンハイト……ノイシュの父親であり、ミネアの義父ぎふ従軍司祭じゅうぐんしさいかつ中隊をあずかる隊長。術戦士じゅつせんし。男性。増強術という支援術の使い手


 ヴィンテ……オドリックが統率とうそつする中隊の副官。術戦士じゅつせんし。男性。増強術という支援術の使い手








 オドリックは長刺剣ちょうしけんにぎりながら前方に強い視線を送った。視界の先では漆黒しっこく獅子ししほどこした軍旗が風を受け、まるで地をけるかの様に激しくたなびいている。その下では甲冑かっちゅうに身を包んだ無数の戦士達がつどい、隊列を組んで自分達へとせまろうと進撃しんげきしているのが見えた。


 対峙たいじするかたちで友軍の戦士達が縦列陣形じゅうれつじんけいいている。両軍からはけたたましい喚声かんせいが上がり、戦士達が剣を打ち合わせる度に剣戟けんげきが鳴り響き、火花が周囲に飛び散った。

 

「オドリック隊長、左陣さじんわきからくずれそうですっ……」

 不意に名を呼ばれて振り向くと、かたわらにひかえていた副官のヴィンテが緊張きんちょうはらんだ表情で前方の隊列を指し示している。


「……術戦士隊じゅつせんしたい敏捷びんしょう増強術ぞうきょうじゅつ詠唱えいしょうっ」

そう告げてオドリックが術式じゅつしきを口ずさむと、周りのいる二十人程の部下達も続けて詠唱えいしょうに入った。オドリックはおのれの体内から霊力れいりょくが高まっていくのを感じながら術式をとなえ続けた。次第にその身体がうすい黄色の光芒こうぼうに包まれていく。


「次ッ、筋力きんりょく増強術ぞうきょうじゅつ詠唱えいしょうを開始ッ」

 すかさずオドリックは次の指示を飛ばし、先程とは異なる術式を組み始める。手勢の部隊からも一斉に大詠唱が湧き起こり、彼等かれらの身体が今度は紫色むらさき光芒こうぼうに包まれていった。


「目標、前方ぜんぽう左翼さよくっ、私に続けっ」

 オドリックが声を張り上げ、修道服をはためかせながら真っ先に最前線へとかけ出す。その先ではすでに隊列の一角に敵戦士てきせんしの数人がなだれみ、分断ぶんだんしようとしている。


 オドリックはまたたく間にその距離きょりちぢめると敵戦士のうち一人にねらいを定め、けんを握った手を大きく引いた。オドリックの接近に気づいた敵戦士が剣をかまえ、その攻撃こうげきを受け流そうとする。


「はああぁぁッ」

 オドリックは気合いを発し、剣を大きくき出した。すでに先程の光芒こうぼうは消えているが、長刺剣ちょうしけんは異様なうなりを上げた。オドリックの剣は敵戦士の武具を折り曲げ、そのまま相手の胸骨きょうこつ穿うがっていく。


 相手の返り血をびながら、オドリックは目を細めて心中で鎮魂ちんこんいのりをあげた。

――願わくば彼のアニマに、永遠の安らぎを――


「隊長、危ないっ……」

 聞き覚えのある声を耳にした直後、ヴィンテが自分の前へと躍り出る。そのまま手にしていた戦斧せんぷを横に払い、自分のわきにいた敵戦士の頭蓋ずがいを宙へと吹き飛ばす。


「オドリック隊長をお守りしろッ」

 なおも構えたまま副官が叫ぶと、部下の戦士達が次々と破られた隊列の一角へと殺到さっとうし、その隙間すきまめていく。戦局せんきょくが安定していくのを見届け、オドリックは思わず小さく息をついた――


 不意に、オドリックは激しく身体からだふるわせた。何故なぜかは分からない、だが……確かに何かを感じた。


次の瞬間しゅんかん、オドリックは敵陣てきじんおくから激しい閃光せんこうが放たれるのを見た。そしてはるか後方に修道服をまとった集団と、先頭に立つ法衣ほういをまとった男のかげをうっすらと視認しにんする。最前線で戦う戦士達もまた一様いちように動きを止め、閃光せんこう注視ちゅうししていた――


「じゅっ、術連携じゅつれんけいだッ」

 誰かが絶叫ぜっきょうするや、戦士達の表情が一気に緊張したものに変わった。


 思わずオドリックがひたいの汗をぬぐった時、ふと周囲の温度が一気に上昇していることに気づく。


――まさかッ……っ

 オドリックは戦慄せんりつした。大気の温度はみるみる上昇していき、やがて周囲の戦士達からうめき声と水を求める声がき起こる。


「オドリック隊長、これは……っ」

 呼吸しづらそうにのどに手を当てたヴィンテが、驚愕きょうがくと恐怖を混ぜた表情を向けてきた。


「……間違いない、敵術士隊てきじゅつしたいによる術連携じゅつれんけいだ……ッ」

 オドリックは低く、ふるえの止まらない声で告げた。

「巨大化させた霊力れいりょくでこの一帯の温度を急上昇させているのだろうっ……おそらく、ここにいる全員をつくくすつもりなのだ……ッ」


「そんなっ……」

 ヴィンテが絶望ぜつぼうした様に両眼りょうがんを大きく見開いた。またたく間に外気温がいきおんは人のえうる限度をえていき、次第に周囲から何かがげたにおいがただよう。戦士達の熱いッ、助けてくれッ、と絶叫してのたうちまわる光景が、敵味方の部隊を問わずにり広げられる―― 


――ノイシュ、ミネア……ッ

 自らの身体がげていくにおいをぎつつオドリックは強く目を閉じた。脳裏のうりに年若い二人の姿すがたが浮かぶ。まだ彼等が独り立ちするには数年を要するだろう、しかし――


 オドリックは不意にまぶたが熱くなるを感じた。決して敵の攻撃こうげきではない、内なるアニマから生じた想いによるものだった――


――私がいなくても、義兄妹きょうだいで力を合わせて強く生きるんだぞっ……


 オドリックはひざからくずれ落ちた。耳元にもだれかが次々とたおれていく音が聞こえる、そしてオドッ、という副官の奇声とたおむ音が聞こえた瞬間しゅんかん、オドリックは視界が暗転あんてんしたのが分かった。身体が燃えていく疼痛とうつう聴覚ちょうかくも次々と意識から消えていき、全てがやみに包まれていった――

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