マリー・ダンジューの政略結婚(3)
1422年4月22日、私こと
五年前、王太子になって王都パリへ旅立つときに約束した。
「ねえマリー。しばらく大変だと思うけど、向こうの生活が落ち着いたら必ず迎えにくるから。そうしたら、君は晴れて王太子妃殿下だ」
あの日以来、14歳の私には想像もできなかった事件が多すぎて、「迎えにいく」約束を果たしたとは言えない。
ここは、あの輝かしいパリのノートルダム大聖堂ではない。
ベリー領の首府ブールジュにある未完成のサンテティエンヌ大聖堂だ。
父王も母妃も、姉王女さえ参列していない。
結婚を祝福してくれる血縁者は、幼なじみで
だが、マリーを
そして、二人で迎えた初夜。
奇妙な夢を見た。
シャルルよ、聞こえるか——
そなたの名はシャルル・ド・ヴァロワだろう?
余と同じ名を受け継いだ末息子よ、久しぶりだな。
失うこと、奪われること。
傷つき、裏切られ、陵辱されること。
耐え難き心の痛みにはそろそろ慣れたか……?
夫婦になって初めて逢瀬を交わした夜に、夢の中に父親が出てくるなんてひどい悪夢だ。
それともこれは霊的な警告夢だろうか。吉兆か、凶兆か。
夢の中で父王は笑っていた。
そして、私を「息子」と認識していた。
***
翌朝、心も体もけだるかったのは夢のせいだけではないだろう。
目覚めたとき、目尻に涙の感触があった。
すぐ隣に花嫁がいるのに、就寝中に泣いたのだろうか。
(不覚。私は子供か……)
婚姻の儀式と初夜の作法は学んだが、その後の振る舞い方は聞いていない。
どんな顔をして、何を言えばいいのだろう。
枕に顔をうずめて寝ている振りをしたが、マリーにはお見通しだったようだ。
「殿下、もう起きていらっしゃるの?」
「……寝てる」
「あら、お寝坊さんね。それとも恥ずかしがっているのかしら」
新婚といっても、10歳で婚約してから九年越しの仲だ。
アンジェ城では私室も隣だった。いつもそばにいた。
性格も趣味も癖も生活のリズムも、お互いに知り尽くしている。
いまさら、羞恥心はないのかもしれない。
「お目覚めでしたら、いいことを教えて差し上げようと思ったのに」
「……何?」
「前に、こんなことをおっしゃっていたでしょう?」
フランス王家の血を引く者は、体のどこかに王家の紋章フルール・ド・リスの痣がある。
出所不明、下衆の勘繰りじみた噂話である。「くだらないことを気にするな」と言い聞かせても、入浴や着替えのときにそれらしい痣やほくろがないか、どうしても探してしまうのだと。
「わたくし、ついに見つけましたわ」
フルール・ド・リスの痣を?
眠気も羞恥心も気だるさも一気に吹き飛び、私はがばりと跳ね起きた。
「どこに!?」
「きゃ!」
私は裸体を隠すことも忘れて食いついた。
勢い余って、マリーの何も身に付けていない白い両肩をつかんで引き寄せようとしたが、華奢な体つきに気づいてすぐ手を離した。
「ごめん、痛かった?」
「いいえ」
「あの、その痣はどこにあった?」
「うふふ、どこかしら」
マリーは一瞬驚いたみたいだったが、いたずらっぽく笑い、頬を薔薇色に染めながら両腕を私の首に回してきた。
お互いの肌が密着して、自然と抱き合うような格好になる。
「気になる?」
「決まってるじゃないか」
「あのね……」
マリーは「これは、わたくしたち夫婦二人だけの秘密にしましょう」と言うと、耳たぶに淡い唇が触れるほど近くに顔を寄せて、「妻だけが知っている場所」をささやいた。
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