第13話 僕と彼女との親睦会4

 僕のうっかりで、市川さんに僕が声帯模写出来ることがバレてしまった。


「蘭丸クン。そんな特技持ってるんだ~」


 市川さんの様子だと、僕の声帯模写が悪用されそうだ。何とか誤魔化して、僕は何の特技を持っていない、男子大学生だという事をアピールしないといけない。


「ほ、ほら! 小金井さんの声って、物凄く響くじゃないですかっ! だから、登りながら言っている独り言が、ここまで聞こえたんですよっ!」


 珍しくマナが動揺し、そして僕の失態を必死になって誤魔化そうとしたが、市川さんは引かない。


「いやいやいや。めっちゃ目の前から聞こえたんですけど」

「小金井さんを侮ってはいけませんっ! 現場の機械の音より大きな声で話すんです。そんな大きな声で話す小金井さんなら、登山中でも目の前から聞こえてきても、おかしくないです」


 工場の機械の音って、かなりうるさいイメージがある。そんな機械の音に勝ってしまう小金井さんの声、どうやって鍛えたら、そんな声が出せるようになるのだろうか。


「ほ、ほら。よーく耳を澄ましてみてください。風に乗って、小金井さんの大きな声が――」


 そんなパン屋から漂ってくる、焼きたてのパンの匂いみたいな感じで、小金井さんの大きな声なんて、聞こえ――


「空気が美味いっ!!! 美味い、美味すぎるっ!!!」


 小金井さんの姿は見当たらない。しかし、目の前にいるような感じで、小金井さんの大きな声は山から吹く風に乗って、聞こえてきた。


「私は、嘘を教えません。ほら、小金井さんを待たせてしまいますから、市川さんも早く行きましょう」

「……はーい」


 納得していない様子で、市川さんは森の中に入って行った。


「ナイスフォローですね。蘭丸君」

「僕、何も言っていないけど」


 今の小金井さんの声は、僕の声帯模写ではない。本当に小金井さんの声が、聞こえてきた。


「良かったね。嘘を教えなくて」

「……怖っ」


 確かに、ここまではっきり聞こえる小金井さんは、感心を通り越して、少し怖く感じる。けど優等生キャラが崩壊せず、暫く市川さんに慕われるようなので、今回はこれで良かったのかもしれない。




 そこまで標高は高くないが、山道は急な勾配が多く、体力には自信がある僕でも、山頂に着く頃には、息を切らしていた。


「……大丈夫?」


 市川さん、そして文武両道のマナでも、山頂に着いた時には、かなり疲弊し、市川さんと背中を合わせてダウンしていた。


「よくここまで来たっ!!! 急な山だが、心折れずに登り切った事を、誇らしく思えばいいっ!!!」


 僕たちと同じ山を登って来たというのに、小金井さんは、元気に山頂の上でスクワットをしている。これだけ運動神経が良いなら、マナの会社に入ったのだろうかと、疑問に思ってしまう。


「それでは、まだ体力に余裕がある、桜木さんから抱負を叫んでもらうじゃないかっ!!」

「……いいですけど」


 マナたちの様子を見て、なぜか最初は僕からになってしまった。部外者が最初に行うのも、いかがなものかと思いながらも、僕は小金井さんの横に立たされた。


「この景色、どう思う?」


 小金井さんは、僕と同じぐらい、何があったのではと思うぐらいの小さい声で話し、僕にそう聞いて来た。


 僕の目には、僕たちが住む街全体が見渡せた。冬に降った雪も無い、先週まで咲いていた、桜もほとんど散ってしまっているため、特に映えない街の光景になっていた。


「至って、普通の景色ですけど」

「そうだな。けど、この景色は今しか見れない」


 どうして、僕は小金井さんに説法されているのだろう。


「そして、この時間も戻れないっ!! タイムマシンでも発明されない限りなっ!!」


 急に大声になったので、僕は咄嗟に耳を塞いだ。


「人生は長い。特に何もない日であれば、すぐに忘れてしまう。だから、僕は新入社員同士で親睦会を開き、印象に残るような日にした」


 そして僕は、小金井さんに再び質問された。


「僕は、社会人として馴染めるだろうか」


 小金井さんらしくない、ネガティブ発言に驚いたが、僕はすぐに答えを返した。


「馴染めますよ。こうやって、強引にこの山に登らせたんですから。少なからず、誰かは小金井さんを親しんで、話を聞いてくれる人は、現れるんじゃないんですか」


 何故、僕にこのような相談をしたのかは分からない。一応、僕と小金井さんは初対面であり、朝で少しだけ会話をしただけ。ほぼ他人だと思える僕に、このような質問をすると言う事は、それほど悩んでいたのだろうか。大声で叫んでいないと、精神を保っていられない、実はとてもメンタルの弱い、大人なのかもしれない。


「強いな、君は」

「自分の悪口が聞こえたら、すぐにへこむ、豆腐メンタルですよ」


 そして小金井さんの手が、僕の肩に置かれた。抱負を言え、そう言っているのだろう。


「大学、この春からの新生活、両立して、僕の夢を叶えます」

「そうかっ!! その夢、桜木さんなら必ず実現するっ!!」


 そして小金井さんは、高らかに笑っていると、僕も釣られて、クスッと笑ってしまった。




 マナ、市川さんも強引に抱負を言われ、そして暗くなる前に下山しようとした時だった。


「みんな疲れているだろうっ!! 帰りは、ヘリを用意したっ!!」


 小金井さんがそう言うと、2機のヘリコプターがこちらに向かってきていた。


「あのー。もしかして小金井さんの家って、めっちゃ金持ちとかですか?」


 市川さんの問いかけに、小金井さんは首を振った。


「金持ちとかではないっ!! ただ単に、家に5機ほどヘリコプターがあり、車も20台以上あるっ!! そう言った物ぐらい、どこの家庭にも――」


「「ねーよっ!!!」」


 僕と市川さんはツッコんだが、マナは苦笑していた。


 そして僕たちは、小金井さんが手配したヘリコプターで、集合場所の河原まで送られた。


 小金井さんが超お金持ちで、何の用もないのにヘリコプターを乗った方が、とても印象に残り、滝行や頂上で叫んだことは、忘れ、違う意味で忘れることが出来ない日になった。

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