第2話 僕と帰って来た美少女

どうやって着替えたのか分からないが、たった1分で、ぼさぼさになった髪を直し、スーツ姿になった木下マナ。外面だけは、高校の時に見た、僕が知っている木下マナだった。


「見惚れちゃっていますね。いいですよ、私の彼氏ですから」


 マナが、こうやってしっかりとした姿でいると、僕もドキッとしてしまう。腐っても美少女、こんな可愛い子が、僕の彼女で良かったと思う。


「行きましょう。蘭丸君」


 何故か、僕も同伴になっている。僕を逃がさないように、しっかりと僕の腕をマナの脇に抱えられて、逃げられなくなっている。


「僕は部外者。それ、分かってる?」

「恋人関係なら、蘭丸君も関係者です。私の会社、アットホームな会社だって、説明会で言っていました。家族のように受け入れてくれるなら、蘭丸君が代わって仕事していても、受け入れてくれるはずですよ」


 アットホームな会社だと謳っている会社は気を付けろと、先生に教わらなかったのだろうか。今夜は、鬱憤晴らしで、寝ずにスマホゲームしていそうだ。

 しかし、1日目で会社を辞めることになったら、俺たちは路頭に彷徨う事になる。本当に危ない会社なのか、僕も気になるので、会社の外観だけでも確認しておきたい。


「……暇だから、マナさんの会社まで付き添ってもいいけど」


 大学の授業が始まるまで、僕は暇だったりする。あと一週間ほど時間があるので、暇つぶしに行ってもいいと思う。


「是非是非。という事で、私は歩きながら推しを育成しているので、蘭丸君が会社まで引っ張って――」

「歩きスマホは止めような」


 歩きスマホは危ない。絶対に真似をしてはいけない事だ。





 歩いて10分。僕は未だにマナに拘束されたまま、会社までの道のりを歩いていた。外に出た瞬間、マナは気品や凛々しさを感じるような、仕事の出来る、キャリアウーマンのような出で立ちになっていた。


「蘭丸君。一つ、言ってもいいですか?」


 流石、世界レベルのミスコン優勝候補と言われた美少女のせいか、大通りで歩いていると、すれ違う人たちがこちらを見る。セレブが街中にボディガードなしで歩いているような感じだ。そんな注目を集める中、マナは遅れそうだと言うのに、一旦立ち止まった。


「働きたくないとか、言うんじゃないよな?」

「脚が震えるほど、眠気がヤバい」


 ゲームをして、ずっと寝転がっていて、筋力が落ちたとかではなく、ただ単に6徹して眠気がヤバいようだ。本当に崩れ落ちそうなので、僕は何とかマナを支えた。


「そこで蘭丸君。私から提案がありましてー」

「嫌な予感しかしない」


 代わりに出ろとか。仮病で休むための理由を考えろとか、そんな提案をしてきそうだ。


「私が、蘭丸君に電話をかけますー」

「それで」

「蘭丸君の特技、声帯模写で私の代わりに話してくれませんか?」

「僕は、どこかの眠れる探偵かな?」


 こういう時に、木下マナの頭の回転が速い事を恨む。そんな人を騙すような事、もう僕は――


「断れないはずだけどなー。蘭丸君、声帯模写を悪用して、バスケットボール界の神童って言われたんじゃなかったっけー?」


「うぐっ……」


 マナにそう言われてしまうと、僕は反論できない。

 マナの言う通り、僕は声帯模写を悪用して、バスケットボール界で名をはせた。一度聞いた声を忘れない僕は、他行の選手の声を模写して、そして自分のチームが有利になるような指示を出していた。パスミスさせたり、監督の声を模写して、変な指示を出したりと。それで僕はチームに貢献し、エースまで上り詰めた。


「私たちの生活がかかっているんだよー。このままいけば、間違いなく私は、新入社員の挨拶の時に、『推しが尊すぎて、ヤバーイっ!!』って、叫びそうなんだよー」


 6徹して、変なテンションになりつつマナなら、本当に言いかねない。


「私たちっていう事は、もちろん僕を含めて言っているんだよね」

「もちのろん。蘭丸君、そしてスマホの中でずっと待ってくれる、私の可愛い推したちを含めてだよー」


 そしてマナは、へらへらと笑った。

 そんな事だと思っていたが、一応、僕と木下マナの生活の事を、頭の片隅に入っているだけでも安心だ。


「……初日でクビになるのは、良い気はしないからな。……出来るだけ協力する」

「蘭丸君は、そうじゃないとね」


 指定された時間まであと2分。僕が協力すると言った瞬間、木下マナにスイッチが入ったのか、高校時代の凛々しい顔になった。


「蘭丸君は、ゆっくり会社の前にやって来ても良いですし、どっかの喫茶店でお茶していてもいいです。とりあえず、今から蘭丸君のスマホに電話をつなげておきますので、私の名前が呼ばれたり、質問されたら、何か答えてください」

「マナは、その時は何をしている?」

「もちろん、寝ています」


 電話切ってやろうかと思いながらも、生活が懸かっているので、渋々協力することにした。

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