幕間 とある冒険者の最近の出来事 その4

 俺は、バーラって街で冒険者をやっている者だ。


 名前は……いや、名前よりもあだ名でよく呼ばれている。


『スモーク』──俺を呼びたければ、そう呼んでくれ。


 そんな俺は冒険者でもそこそこ名前が売れていると自負している。


 街を代表する冒険者のアグハトさんにも覚えてもらっててな、たまに難しい仕事を任せてもらってるんだ。


 すごいもんだろ?


 まだ『シルバー』だが、そのうち『ゴールド』にもなれるかもしれねぇんだぜ!


 まあ、期待していてくれよ。


 そんな俺は、その日もアグハトさんから仕事を引き受けた。


 楽にこなせるそう思っていた。


 しくじった。


 アグハトさんの代わりに魔族にメシを持っていく仕事だったんだが、その魔族とは別のやつが冒険者に化けてて、不意打ちされちまったんだ。


 ああ、完璧な不意打ちだった。


 真正面からだったら、俺は負けなかった。


 間違いない。


 そのあとは、気がついたら石畳の上に寝転んでいた。


 記憶がねえってことは……俺は操られていたのか?


 そういう魔法もあるって誰かが言ってたっけ。


 体のあちこちが痛いのは、操られてる最中に誰かに攻撃されたのか……


 くっ……目を覚まさせてくれたのはありがたいが、もうちょっと手加減ってものをしてほしかったぜ。


 こんなに痛むと仕事に影響が出るんだが……

 

 そのとき、俺の体を温かな白い光が包んだ。


 この感じは知っている。


 回復魔法だ。


 街にいる使い手を呼んでくれたのか?


 助かるが、回復魔法のような神官が扱う魔法は、それを生業としているやつに使ってもらうと結構金がかかる。


 下手したら、『シルバー』ランクの依頼、それもきついやつ5回分……


 も、もう動けるから大丈夫だ!


 だから、割り増しで金を取るのはやめてくれ。


 体を起こす。


 痛みはすでになくなっていた。


 質のいい回復魔法だったらしい。


 だが、その分きっと値段も張る。


 助けてもらったが、値段交渉はしっかりしねえと……


 できれば、交渉しやすいやつだとありがたいが、どんな顔してやがる。


 そいつの面を拝もうとして、顔を向けるとそこには──雪の髪を持つ女神がいた。


「もう治りましたね」


 女神──ルナ・アリアンフロドが、クールな瞳で俺を見ていた。


 沈着冷静な白雪姫しらゆきひめの名前に恥じない、クールな美貌の少女がすぐそこにいる。


 息が止まるかと思った。


 いや、実際止まった。

 

 まさか、女神が回復魔法を使っていたなんて思わなかった。


 しまった……寝転んでいたら、女神に回復魔法をもっとかけてもらえたのに……!


「街の状況を教えてください」


「え?」


「街の状況を教えてください」


 あ、はい。


 俺は女神の望みを叶えるため、気を失う前の街の状況について知っている限りのことについて教えた。


「……そうですか」


 俺の話を聞き終わったあと、女神はそう言って、街の奥を向いてしまった。


 これはあとから知ったことだが、俺が知らない間にモンスターが街に流れ込んでいたらしい。


「あなたは街を見回って、モンスターを倒してください。

 私は、牢屋にいた魔族とアグハトを捜します」


 女神はそれだけ言うと、振り返ることなく、街の奥へと進んで行った。


 窮地に向かう女神……絵になるなー。


 おっと……見惚れてる場合じゃねぇ!


 女神との約束だ。


 街を見回らねえと!!




 …………


 その後、バーラの街のモンスターは一掃された。


 俺を操った魔族や牢屋の魔族も討伐されたらしい。


 何でも『グレイスウインド』の女神たちが奮闘したようだ。


 聞いた話によると、俺と同じく操られていたアグハトさんを止めたとか。


 さすがは女神たちだ。


 そんな女神たちの偉業を称えて、宴を開くことになった。


 姫さんもくるから式典もやるらしいが、そっちは街のお偉いさんに任せよう。


 今やるべきことは女神たちに喜んでもらうことだ。


 俺は宴で出す料理の食材集めの依頼を受けまくった。


 依頼時間ぎりぎりまで粘ってランページボア1頭と、ホーンラビットを5羽しとめてきた。


 ソロにしては頑張ったほうだと思う。


 ちなみに風の噂でランページボアを30頭、ホーンラビットを100羽近く狩ってきたパーティがいたと聞いたが、間違いなくホラだろう。


 まったく、大げさに言うにしてももう少し現実味を持たせろっての。


 俺は食材を渡して依頼の分の報酬を受け取った。


 依頼を受けるときにわかっちゃいたが、いつもよりも報酬が多いな。


 緊急だからってのもあるが、ずいぶんと羽振りがいい。


 ソロなら、2週間くらいは遊んで暮らせるんじゃないか?


 ま、姫さんが来て、女神たちがいるなら手が抜けないってことなんだろう。


 だが、これだけばらまいて、本当に大丈夫なのか?


 街の再興が後回しになったら困るぞ?


 ギルドの職員にその疑問をぶつけてみたら、まったく問題ないとのこと。


 何でも、見たこともない珍しい素材が大量に持ち込まれ、その売買時の手数料がガッツリ入ったのと、その後に金持ちの冒険者からたんまり寄付をもらったらしい。


 金持ちは、アンダイン大浴場を早急に直してほしいと要望を出したそうだが、その修復が終わっても金が余ってるそうなので、俺たちの報酬にも色を付けられるようになった、と。


 金もあるところにはあるもんだな。


 ま、巡り巡って俺も恩恵を受けられたんだから、その金持ちには感謝だな、へへ。




 それから追加で宴の手伝いの依頼をこなしていると、すぐに宴の当日になった。


 今回の宴は、バーラの街に住んでる連中以外にも参加できる。


 姫さんもそうだが、ヘイムダル王都や他の街からも多くの人間がやってくる。


 その中には、王都の冒険者もいた。


 俺と同じ、女神を信奉する冒険者だ。


 まずは互いの無事を喜び、そして尋ねる。


『グレイスウインド』に入った冒険者の男のことを。


 何あれ?


 最初はなんで男がいるんだよってキレたけど、あいつ……いや、あの方、ドラゴンを仲間にした挙げ句、魔族を捕まえて、人質まで救ってきたんだが……

 

 え?


 王都で女神たちが何もできなかった『魔王軍』のヤバいやつをデカイ剣の一振りで倒した?


 …………


 そうか。


 あの方については何も言わないでおこう。


 それはさておき、ここでの女神たちの活躍だが……



 俺たちは宴が始まるまで、女神たちの素晴らしさについて語り合った。

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