幕間 とある冒険者の最近の出来事 その2

 俺はバーラを拠点にしている冒険者。


 ランクは『シルバー』。


 この街じゃあ『スモーク』って名前で有名だ。


 おっと、煙たがられてるって意味じゃないぜ?


 普段はソロだけど、ちゃんと大人数での依頼のときは協力してやってる。


 もう煙は焚いたりもしてない。


 本当だぞ?


 よし。


 さて、今日も今日とて、俺は冒険者稼業にいそしむために、冒険者ギルドへとやってきたわけだが……


 ……ない。


 モンスターの討伐依頼がない!


 どういうことだ?


 昨日は、そこそこあったよな?


 西の森のモンスターが、道まで出てきて危ないって……


 え?


 一昨日の夜のうちに、ほとんどのモンスターの討伐を、昨日確認した?


 そんなことあるのか?


 だって異常発生とか言われてたんだぞ?


 少なく見積もっても、100体くらいのモンスターが森の入り口付近にいるって話だったんだが……


 いったい、一昨日の晩に何があったのか……


 まさか、『グレイスウインド』の仕業か?


 あの3人の女神たち──沈着冷静な白雪姫しらゆきひめ腕力無双わんりょくむそう豊満母神ほうまんぼしん、小生意気な炎姫えんひの強さなら、確かに西の森のモンスターごとき一掃できると思うが……


 違うな。


 あの日は夕方くらいにかなり疲れて帰ってきて、男に引っ張られてギルドを出ていったはずだ。


 ということは、女神たちじゃない。


 あの男か?


『グレイスウインド』に入った男。


 竜神すら従えている。


 いや、ないか。


 女神たちが疲れるようなクエストに出かけていったんだ。


 さすがに疲れて動けないだろう。


 なのに、夜中に抜け出して狩りに出かけるとか……どんな戦闘狂だよ。


 ……理由は結局よくわからなかったが、依頼がないもんは仕方ねえ。


 バーラの近くで薬草取りをしながら、ホーンラビットを数体狩ってくるとしよう。


 もしかしたら、女神たちに会えるかもしれないしな、へへへ。


 そんなことを考えていたら、アグハトさんが冒険者ギルドにやってきた。


「あいつらなら、また出かけたようだぞ。

 何でも遠くにある塔を攻略するってさ。

 あの竜に乗っていくらしい」


「竜って、子供みたいなのが変身したやつですよね?」


「そいつだ。

 正確には竜神だが……その力を借りて攻略するそうだ」


「……なんつーか、次元が違うっすね……」


「あー、まったくだ。

 俺も誘われたんだが、正直あいつらについて行けるとは思わん」


「アグハトさんでもですか?」


「当たり前だろう?

 俺にだってやれることとやれんことがある。

 竜を従わせるなんて『ゴールド』でも不可能だ」


「そうですね……

 というか『プラチナ』でも無理なんじゃ?」


「だと思うぞ。

 正直、あいつらの強さは計り知れん」


 アグハトさんにここまで言わせるなんて、さすがは女神たちだ。


 決してあの男だけが強いわけではないと信じている。


「とはいえ、ギルドとしてはちゃんと管理したいそうでな。

 いろいろと手を講じているようだ。

 詳しくは、パーティーで話す」


「あ、そういえば……そのパーティーなんですけど、やれそうなんすか?

 解放された人たちの無事を祈ってって感じですけど、当人たちの体調を考えると、まだかかりそうなんじゃ……」


「医療系の神官の話だと問題ないそうだ。

 何だったら、捕まっていた者たちが率先してパーティーの準備を始めているしな。

 開催は2日後の予定だ。

 人手が足りなくなったら手伝ってやってくれ」


「へい」


「じゃあ、俺は行くよ。

 飯の時間だからな」


「幼馴染の方とですか?」


「いいや、魔族さ」


 魔族っていうと、『西の魔王』だな。


『グレイウインド』が捕まえてきて、今はギルドの建物の地下にある牢屋がやつの新しい棲み処だ。


 内部からでは魔法が使えない特別性の牢屋らしく、大人しくしていると聞く。


「ギルドの職員に任せてもいいんだが、万が一があるとまずいしな。

 俺が宅配業を始めたんだ」


「『ゴールド』の冒険者の宅配なんて、贅沢っすね」


「かもしれんな。

 だが、最近はそれでもいいのかもと思っている」


「え、どういうことっすか?」


「冒険者をやめて別の仕事をしてもいいかもってことだ」


「えええええええええっ!?」


 アグハトさんが冒険者をやめる!?


「おいおい、声が大きいぜ」


「当たり前じゃないですか!

 アグハトさんが冒険者やめるって……」


 俺は建物の中に人の気配を感じて、声を潜めた。


「……なんでですか?」


「やつにもらった傷がな、なかなか治らねえんだ。

 それだけじゃなくて……うっ!?」


 アグハトさんが顔をしかめた。


 右腕を押さえている。


 呪いをかけられた右腕だ。


「まだ痛むんですか?」


「きつけ程度にはな……

 神官たちの話では、呪いは時間が経てば薄くなっているはずなんだが……

 最近は、ミーリアにも心配される始末さ。

 ミツキに頼む必要なんてなかったのに……」


「もしかして、アグハトさんがあの魔族に近づいているからじゃないですか?

 ほら、呪いって縁の魔法とも言うらしいですし」


 実際、呪いってのは、かけたほうがかけられたほうに、魔力を送り続けることで、長期的に効果が現れる魔法だと言われている。


 あの魔族に近づくたびに無意識的に魔力が送られていたら……アグハトさんの呪いは解けないだろう。


「しかしな、飯を持っていってやらんと。

 奴は魔族とはいえ、人質には飯をやっていたという話だしな」


 相手が悪いってのに、いい人だな、この人は。


 ま、だからこそ憧れて俺も冒険者になったんだが。


「だったら、俺が持っていきますよ」


「いいのか?」


「俺だって『シルバー』ですよ。

 飯の配達くらいできます」


「……わかった。

 任せる」


 おお……大したことない頼みだけど、アグハトさんに「任せる」って言われると、こう……体の奥からぶるっと震えるものがある。


「ばっちりやってきます!

 なんだったらおかわりを求めさせるくらいに!」


「いや、そこまではしなくていいぞ」


 おっと、さすがにちょっとはしゃぎすぎたか。


 アグハトさんから、カギと……包みを受け取る。


 お、これが魔族の飯か。


 ……あれ?


 俺が普段食べてる飯よりも、うまそうな匂いがしてくるんだけど……


 飯にも、もうちょっと金かけたほうがいいかな……?


「たぶん大丈夫だと思うが、念のためもうひとり連れていけ。

 幻を見せられても、2人いればなんとかなるかもしれんからな。

 頼んだぞ。

 何かあったら神官のところに来い」


 俺に念押しして、アグハトさんは去っていった。


『シルバー』なのだから、そんなに心配しなくてもいいと思うが……


 ま、アグハトさんは優しいからな。


 俺が心配だったってことだろう。


 決して、俺が普段ひとりでいるのを心配して、任務を口実にもうひとり連れていけとか言ったわけじゃない。


 きっとそうだ、うん。

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