幕間 とある男たちの、存在しないはずの会話
~とある盗賊視点~
──おれは逃げていた。
ああ、ついさっきまで盗賊をやってた男だ。
おれが所属していた盗賊団は今、冒険者ギルドが連れてきた冒険者に捕まってしまった。
最初は、道行く行商人を襲って、金品を奪う交渉だけしていたんだ。
だが、それで満足しなかった。
もっと、もっとと欲望が膨らみ、いつの間にか『魔王軍』の偽物なんてやっていた。
それでも、たまに商人を襲うくらいならまだ見つからなかったかもしれない。
そこでやめておけば……
王都の住民のみならず、冒険者まで引っかけようとしたのはやりすぎだ。
あいつら、見た目に反して、ランクが高いやつが多いからな。
女のガキや冴えない男でも、『ブロンズ』や『シルバー』なんてことがありうる。
『ブロンズ』は囲えばなんとか勝てるが、『シルバー』なんて10人が束になっても勝てないだろう。
あいつらはある意味、英雄の卵みたいなもんだからな。
ちょっと力が強かったり、足が速かったりするだけの盗賊Aが勝てるわけがない。
案の定、冒険者ギルドが出張ってきて、仲間……いや、もう足を洗ったから『仲間だった』やつか。
仲間だったやつは、全員捕まったらしい。
おれは、たまたま外へ遊びに出ていた。
運がよかった。
冒険者ギルドの手を逃れることができた。
昔からこういう運はあった。
これからもこの運を頼りにやっていこう。
とりあえず、盗賊稼業はしばらく休みだ。
下手に動いて、捕まるなんてまっぴらだからな。
国から遠く離れて、別人になって暮らそう。
そこで、冒険者として登録して……
最初から……薬草集めから、何でもやっていこう。
心機一転だ。
おれは運のいい男。
きっとすべてうまくいく──
「おい」
「ガハッ──!?」
なんだ、苦しい……
首が痛い。
首根っこを掴まれたのか……
捕まれるまで気づかなったぞ。
いや、そんなことどうでもいい。
誰だ、こんなことしやがったのは……!
おれは泣く子も黙る王都の盗賊団だぞ!
……もう足は洗ったけど。
「テメェの服にあるその紋章はなんだ?」
若い男の声だった。
こいつが急に首を掴んできやがったようだ。
フードで隠れていて顔はよく見えないが……
「ハッハァッ! お前知らねぇのか! こいつは『魔王軍』の印だ! そうとも、俺様に逆らったら、『魔王軍』が黙っちゃいねぇぜ!」
「ほう、そうかい」
「今なら許してやる! さっさとこの手をどけやがれっ!!」
しかし、男は手を離さず、じっと俺のことを見てきた。
「知らんやつだな。覚えてないというのもあるが……」
「な、何が……あっ!?」
気づいた。
気づいてしまった。
フードの男が俺を掴んでいる腕。
その付け根、肩のあたりに、紋章があった。
骨のドラゴンのような『魔王軍』の印!
「…………!」
体に直接、印!?
やべぇ、コイツ……本物の魔王軍だ!
おれ、偽物。
やばい……
やばいやばいやばい……!
ここでやられちまう!?
「ん? そういえば……この印は、体に直接つけねぇとダメじゃなかったか?」
フードの男が考え込んでいる。
魔王軍なのに、その規則をよく知らないのか?
まだ……まだいける!
「い、いえ、それが、解散の直前に規則が緩くなって……」
「ほう。そうだったか。200年くらいも前のことなんて覚えてねえよ」
おれも200年は生きてないけどな。
おれ、人間。
すぐ、やられる。
「あの、そろそろ腕を……」
「テメェの仲間はどこにいる?」
「へ? こ、この先に王都に……けど、全員、冒険者ギルドに捕まりましたよ?」
「はぁ? 冒険者ごときが『魔王軍』をどうにかできたってのか?」
あ、しまった。
おれたちは『魔王軍』を語っていた偽物。
本物の『魔王軍』は、スクラップベアを単独でやっちまう。
冒険者のランクで言うなら『ゴールド』以上、都の英雄クラスだ。
「そ、それが最近、強いチームができたみたいでして……単独でスクラップベアを撃破したとか……」
仲間がちょっと前に話していたことだ。
そのことを知っていたのに『魔王軍』を語って冒険者から略奪しようって考えたんだから、救いようがないやつらだった。
「スクラップベア? ああ、あのクマか。確かにタフだったな。オレの一撃を耐えて、逃げやがったしな。こんな辺境まで逃げてきていたのか」
さすがは正規の『魔王軍』。
話をしているだけで、足のガクブルが止まらない。
「なかなか面白そうなやつがいそうだな。おい、その王都ってのはどこにある?」
「……この、先です」
指でおれが走ってきた方向を指さした。
「そうか」
「グハッ!」
フードの男は、おれを突き飛ばすと、王都の方向へ行ってしまった。
「はぁはぁ……ははは」
おれは、運のいい男。
また、生き残ることができた。
だが、別の土地に逃げたあと、冒険者になるのはやめておこう。
この辺りの冒険者は、今のフードの男にやられちまうだろうからな。
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