第3話 友人
「どうも、お約束通りお邪魔いたします」
屋敷にアロンツォがやってきた。時刻はまだ日も出ていない早朝。いや、夜中だった。
非常識な時間に叩き起こされた僕はベッドの上でポケポケしながら、部屋に通したアロンツォと向かい合っていた。フェリもアルもその場に待機していた。
「なぜ、こんな早い時間に……ふぁ……」
「流石お子様。……いや、何でもありません。実は昨日、あなたの後見人になると宣言しましたが、それは表向きでしかありません」
何が言いたいのだろう。僕は首を傾げる。
「私は度々このアルピチュアと別の都市、他国を行き来します。なので、あなたに付きっきりで面倒を見るということはできないのです」
「じゃあ、どうしてあんな申し出を……?」
彼は眉根を寄せて、降参したかのように軽く両手を上げた。
「それは私が領主にさせられる流れができてしまったから。私はこの場に縛り付けられるのは嫌なんでね。あなたが賛成されやすいように仕向けただけです。さて、私がいなくても問題がないように、私の部下を一人ここに置いていきましょう。プラチド」
アロンツォが名前を呼ぶと、僕の部屋のクローゼットから飛び出した褐色の美少年が跪いた。
「アロンツォ様、お呼びでしょうか?」
「くふふっ。見なさい、あの鳩のような顔を。ふふっ。今日からあなたの主人となるティト・フィン・フィガロ様ですよ」
「主人……ですか……?」
美少年はアロンツォの言葉を聞いて、顔を顰めて僕の方を見る。アロンツォは気にせずに続けた。
「ティト様、私がいない間はプラチドをお使いください。一通りのことは全て出来るように仕上げています。溜まっている申請書も彼に任せれば、素早く処理してくれることでしょう。あ、そうそう。事後報告になりますが、ティト様のご指摘の通り、申請書に優先順位と専門家の意見が必要かどうか、記載できるように修正させておきました。これで、申請書もより精度が高い物になりましたね」
プラチドと呼ばれた少年は僕より四、五歳は上に見える。
彼は僕を一瞥した後、アロンツォにいつまで僕のもとにいればいいのか尋ねる。『六年』と聞かされた瞬間、彼は不満を露わにした。
「ちょっとお待ちください! それはあまりにも長いではないですかっ! 私はアロンツォ様のもとで学びたくーー」
「プラチド。あなたは今でも十分優秀です。ですが、あなたは私以外の人間との接触を酷く嫌いますね。知識だけあっても、交渉相手は人なのですから、あなたのコミュニケーションに問題があると交渉も上手くいきません。こちらのティト様はいずれ領主になる方、あなたと共にこのアルピチュアを支える人柱となられるお方です。歳もそれほど離れてはいません。彼に仕事を教え、あなたは人との接し方をここで学びなさい」
プラチドは顔を伏せる。僕からは奥歯を噛み締めている姿が見えた。
「大丈夫。あなたは優秀ですから、きっとできますよ。知識だけではなく、精神的にも豊かになってほしいんです。さて、ティト様。私は日の出と共にアルピチュアを発ちます。三カ月は戻らないと考えておいてください。水神祭の辺りには戻ってくるので、とりあえずそれまで問題は起こさないでくださいね。私のために」
「はい……」
アロンツォは言いたいことだけ言って、すぐに屋敷から出ていき、プラチドだけが屋敷に残された。
「あの、プラチド君って呼んでもいいかな……?」
「……主従関係なのですから、お好きにお呼びください」
「え、あ……はい……」
斯くして我が家に新たな住人が増えた。
◆
プラチド君はアロンツォが言ったように、何でもできる少年だった。掃除も、料理も、書類整理も、庭手入れも、僕の勉強まで見てくれるかなりの働き者で、フェリは「随分楽になりました」と言っていた。
しかし、僕がフェリに甘やかされているとバカにしたように鼻でフッと笑ったり、アルに肩車してもらっていると彼は何か言いたそうにしていた。
普通に話しやすいのだが、僕たちと過ごすのはあくまで仕事と割り切っているようだ。個人的な話をするのは嫌なようで、そういう話になりそうになるといつの間にか一人姿を消した。アロンツォが言っていたことはこういうことかと納得した。
しかし、無理に聞くのも憚れて、とりあえず僕のことだけは沢山沢山話をした。
そんなプラチド君がうちに来て三週間ほど経った頃。
彼は申請書を手に持って僕のもとへやって来た。今までほとんど僕に尋ねることなく、申請書は彼の手によって処理され、あの大きな雪山を小さな丘に変貌をさせていた。
そのくらい彼は一人で仕事ができて、優秀であるのにもかかわらず、わざわざ僕のもとに申請書持ってきたのだ。驚かない方がおかしかった。
ちなみに、彼が捌いた申請書をコッソリと読んで賢くなろうと思っていたのだが、内容がちんぷんかんぷん過ぎてフェリに泣きついて、噛み砕いて読んでもらった。その次の日、なんと一枚一枚丁寧にどういう理由で、許可したのか、許可しなかったのかを一覧で記載した紙が処理済みの申請書の上に乗っていて、ある意味ゾッとした。まぁ、そのおかげで僕も少し賢くなれたのだけど……。
彼の仕事ぶりを思い出していた僕が相当変な顔をしていたのか、プラチド君は体調が悪いのか尋ねてくる。どこも悪いところはないと答えて、本題に入った。
その報告書によると、最近物盗り被害が出ているらしい。それもここ数日連続で。この申請書が書かれたのは三日前なので、最新の情報を確認しに行こうと外出許可を僕に取りに来たらしい。
彼がこの家にやってきて、出かけると言ったのは初めてのことだった。彼と一緒に街へ出かければ仲良くなれるかもしれないと思い、僕も付いて行くことにする。
「じゃあ、僕も一緒に行くよ。あ、そうそう。危ないかもしれないから、アルも連れて行こう。おーい、アルー!」
「いや、私は一人で……っ」
僕はプラチド君の手をしっかりと掴んで、アルの部屋に向かうと、彼は椅子に座って何やら手紙を持っていた。それを覗こうとしたら、サッと隠して胸ポケットにしまった。もしかして、恋文だろうか。
「アル、今の何の手紙!? 教えて、教えて~~っ!」
「……なぜ、俺の部屋に来た?」
「え? あぁっ! 三人でおでかけしようと思って、今、大丈夫?」
「それは構わないが……」
僕はもう一方の手でアルの手を掴み、玄関ホールへと向かう。そこで掃除をしていたフェリに向かって声をかける。
「フェリー! ちょっと三人で出かけてくるねー!」
フェリが何か言った気もするけど、走って家を出たから聞こえなかった。
◆
プラチド君は獄舎で物盗り事件の詳細を聞き、被害に遭った家を回ろうとしているようだ。
早速、獄舎に向かうのだが、建物を見ると二カ月前のことを思い出して身震いした。アルの様子を覗き見るが彼は平気そうだ。僕はプラチド君の後ろに隠れるようにして付いて行く。
「ティト様。それ、やめて頂けます? 歩きにくくて仕方がないのですが」
「え? でも、ここちょっと怖くて……。それにきっと、ここには……」
セヴェーロがいる。そう考えただけで身の毛がよだつ思いだった。
コスマ宮殿では他の人もいるのでまだいいのだが、彼のテリトリーであり、僕のトラウマの場所で彼と会うのはとてつもない恐怖を感じた。
寒さに身を縮こまらせるようにブルブルと震え、そんな僕を見てプラチド君は僕を引き剥がした。
「私だけで行きますから、ティト様はここにいてください。付いてこられると逆に邪魔です。それに仮にも領主候補様なのですから、獄舎に入るのを怯えているようじゃ示しが付きませんよ。すぐに戻るので、アルトゥーロさんと大人しくここで待っていてくださいね」
プラチド君の言葉、特に『邪魔』という部分に大きなショックを受けつつ、僕はアルと二人で川沿いにあったベンチでプラチド君を待つことにした。
ふと、アルが持っていた手紙が胸ポケットに仕舞われていたことを思い出し、アルに座りながら抱っこしてほしいとせがむ。
僕のシロクマさんは嫌がらずに、僕の願いを聞き届けてくれた。僕が手紙を盗み出そうなんて考えていることも知らずに。
僕は何だか寒いなぁと言って、アルにぴったりとくっつく。その際にそーっと胸ポケットに手を入れようとするのだが、ギリギリのところでアルがこちらを向いたり、動いたりするので手紙を手に入れることが出来ない。くそう。次の作戦だ。
「ねぇ、アル~。今日服臭くない? ちょっと脱いで嗅いでみてよ」
「!?」
僕の言葉を聞いて、普段表情を変えないアルが焦った顔を見せる。
前までパツパツの燕尾服を着ていた彼だったか、いつの間にか新調してサイズがぴったりになり、かなりキマっている。
それなのに慌てて上着を脱いで、自分の体をスンスンと匂いを嗅いでいる姿はかなり面白い。いつか、足が臭いと指摘してからか、彼は『臭い』という言葉に敏感になってしまったようだ。
「その上着貸して。僕も嗅いでみる」
彼から上着を奪い取り、臭くもない服に鼻を近づけて、手は胸ポケットに探りを入れる。
ーーあれ……? ないな……。
片手で服をまさぐるのだが、手紙らしき感触がない。しばらくそうしていると、怒っているような、不貞腐れた様な視線が上から注がれていることに気付く。野生を取り戻したのか、気性の荒さが垣間見える。
「ティト。これを探していただろう?」
彼の手元には僕が探し求めていた手紙があった。手を伸ばすが届かない。僕が小さいのをいいことに、手をあんなに伸ばして許せない。それじゃあ僕が届かないじゃないか。
悔しくて脇を擽っても彼は動じない。僕はもう一度、アルの上着を顔に近づけてオーバーリアクションをする。
「うっわ、くっさっ! くさ~~いっ!! 鼻が、鼻がぁ~~っ」
「俺は臭くない! 嘘をつくんじゃない!」
「ふんっ。臭いなんて自分じゃ気付かないもんだよ! 僕はアルのこと思って教えてあげてるんだからねっ!」
彼が少し動揺した瞬間を見逃さず、猫のように飛び跳ねて手紙を奪い取った。しかし、すぐに奪い返されてしまう。
「人の手紙を読むのは良くないぞ。いい加減にしろ」
「……だって、アルが手紙を持ってるなんて意外だったんだもん。もしかして、恋文をもらった、とか……っ!?」
珍しく怒った表情を見せるアルを見てションボリする。
「違う。俺が書いた手紙だ。恋文でも何でもない。そういうことしてると、抱っこも肩車もしてやらないからな」
アルのその言葉に頭を下げて謝る。服も全然臭くないよと白状する。慌てていたためか、でもあの時の靴は臭かったと余計なことまで付け足してしまい、彼の機嫌は増々悪くなった。傷ついた顔を見せるアルを見て、靴を脱がして「臭くない! 臭くないよ!」と慰めた。本当に今度は臭くなかった。
僕がアルに謝っていると、後ろから名前を乱暴に呼ばれる。振り返ると月一会議で僕のことを睨みつけていたセヴェーロの息子がそこにいた。
「なぜここにいる? 獄舎近くにノコノコとやってくるとは、よほど能天気らしいな」
「そ、それは、ここでプラチド君を待っているからだよ!」
「プラチド……? あぁ、アロンツォの犬か。まぁ、いい。くれぐれも憲兵に捕まるようなことはするなよ……」
ちょうどその時、プラチド君が建物から出て来た。セヴェーロの息子とすれ違ってこちらにやって来たプラチド君は、後ろ振り返って言った。
「あれはリクさんではないですか。ティト様、彼とお知り合いですか?」
アルピドはどうやら彼のことを知っているようだった。仕事で何度か見かけたことがあり、アロンツォに名前を教えてもらったらしい。プラチド君は僕はどうなのかと聞いた。
「僕の方は一応顔見知りって言うか、なんと言うか……。よくわかんないけど、僕はあの親子に心底嫌われてるみたい……。それより、物盗りの件はどうだったの?」
「それはですねーー」
プラチド君の話によると、どうやら未だに被害が出ていて、犯人の人相もわかっていないらしい。住民は朝に物が無くなっていることに気が付くことが多く、犯行は夜に行われている可能性が高い。皆、宝石や金品などの金目の物が盗まれていて被害に遭った家の一覧を見ると、なんと七件以上。被害は都市の南側に集中していると教えてもらった。
「七回も盗まれてるのに、どうして捕まえられないの?」
「この件に関して、人手が足りていないということと、盗られたものが売りに出されていないため、犯人の目星がついてないらしいです」
アルがプラチド君に尋ねる。
「人手が足りないのか?」
「えぇ。東側の地域で起きた別の事件に人手を回しているのだと聞きました」
アルは顎に手を当てていたので、僕も真似をした。
◆
三人で被害に遭った家を見て回った後、僕は被害を受けた家の共通点を口に出した。
「なんだか、川に近い家ばかり被害に遭っているみたいだね」
「川に近いというか、川沿いの家しか被害を受けていません。夜に舟を使って、窓から入り込んでいるのかもしれないです。被害者たちも、戸締りはしていた様ですが、川沿いの窓は開け放していたと言っていましたし」
外から川に面している窓を観察する。雨樋をつたえば窓の位置まで登ることはできそうだ。
「じゃあ、窓を開けていれば、犯人が入ってくるかもしれないね。被害に遭っていない家に頼んで、見張らせてもらえれば捕まえられるかもしれないよっ?」
僕が興奮しながら伝えると、プラチド君はそれは憲兵の仕事であり、自分たちの仕事ではないと言う。
「でもでも、憲兵は今犯人の顔もわかってないんだよ? 被害者は毎日増え続けてるんでしょ? 被害が少ないうちに対応しなきゃ!」
僕のお願いお願い攻撃に対し、防御体制を取って行動を渋るプラチド君にアルも加勢してくれた。
「たしかに捕まえるのは憲兵の仕事だ。でも、彼らがこの事件に手を焼いているのなら、情報提供するくらいはいいんじゃないのか?」
「……わかりました。一度屋敷に戻って作戦を立てましょう」
「やったぁ〜〜っ!」
プラチド君の言葉を聞いて、手を取ってブンブンと上下に振った。書面で対応するより、こうやって自分たちで動く方が個人的には好きだと思った。
屋敷に戻る時、何度か乗せてくれた漕ぎ手の男を見かけて手を振った。
「おーい、お兄さん!」
男はこちらに気付き、その舟をすぐ近くに止めた。僕たちはその舟に乗り込み、男に話しかける。
「お兄さん、何だか久しぶりだね。あと、親方に袋を渡してくれた?」
「それはもちろん! 俺も中身を見せてもらったんだが、あんな凄いもんあげてよかったのか? しかも、手紙には領主のとこの……」
「うん。僕はフィガロ家の者だよ。ティトって呼んで」
僕の言葉に男は顔に手を当て、ため息をつく。指の間から目を出して、僕を見ながら言う。
「ひゃーっ、やっぱそうなのかぁ……。てっきりヤバいやつなのかと勘違いしてたよ。あー良かった良かった。俺はレミージョ。ご存知の通りしがない漕ぎ手だ。これからもよろしくな」
以前フェリが舟に置いたお金には気付いたか聞くと頷いた。
「あのメイドさん。色までつけてくれててさ。他言無用って意味かと思ってぶるったぜ」
レミージョが言った『色』の意味が分からず、首を傾げていると、後ろからアルが教えてくれた。
「色をつけるとは、本来の支払い金額より少し多く払うことだ。ティトが何度か舟に乗せてもらったから、感謝を込めて色をつけたんだろう」
「なるほど〜〜! 今回も色つけた方がいい?」
「必要ない」
「いやいやいや、つけといてほしなぁ〜〜??」
「……あの、聞きたいことがあるんですが」
ずっと黙っていたプラチド君が会話に割り入った。どうやらレミージョに質問があるらしい。
「レミージョさんは南の方まで舟を漕ぎますか? 特に夜に漕いでる場所を聞きたいです」
「夜はなぁ……。偶にしか漕いでないんだよなぁ……。物騒だからさぁ。ノルマ達成出来なかった時なんかは、仕方なく客を求めて南の方まで行くけど……。まぁ、毎回達成してないんだけど……。それが、どうした?」
「あの一帯で不審な舟を見かけたことはありませんか? ここ一週間、いや二週間で。変な動きをしていたとか、普段見ない人を見たなど」
「不審な舟……?」
レミージョは顎に手を当てて唸っている。しばらくそうしていると、そういえばと口を開いた。
「怪しいというか。子供の漕ぎ手を見かけたな。そう言う子は偶にいるけど、夜は流石に珍しいから、大変そうだな~って思ってさ」
「いつ頃見かけましたか?」
「えーっと。一週間ぐらい前じゃないかな……? あんまりはっきり覚えてないけど、たしかそのくらいだったと」
「……ちょうど物盗りが現れたのもその時期ですね。今日夜に南の川を回ってもらうことはできますか? 言い値を出しましょう」
レミージョはプラチド君の言葉に喜んで頷いた。
◆
「最近、坊ちゃまが私に構ってくれません……」
今、彼の興味を一心に引き受けているのは、約一カ月前にこの家にやって来た青年だ。彼のその働きぶりは、以前この屋敷で筆頭執事をしていたジルドにソックリだ。
坊ちゃまはジルドを気に入っており、よく遊んでほしいとせがんでいた。彼に似ていることに坊ちゃまは気付いているのか、いないのかは定かではないが、彼に似たプラチドの周りを元気よく走り回っている。
ーーくっ……! な、なんと恨め、いや、羨ましい……っ!
思い余って、左手に持っていたトマトを握り潰してしまう。立派なトマトが手に入り、オーブン焼きにしようと思っていたのに。
「……仕方ありません。今日はチキンのトマト煮にいたしましょう」
献立を入れ替えて、手早く夕食の支度を終わらせる。
やるべき仕事はまだある。しかし、どうしても坊ちゃまを感じたくて、彼の部屋にお邪魔した。
坊ちゃまの机には本が並んでいる。あんなに机に座るのも、机に本が乗っているのを嫌がっていたのに、今は意欲的に勉学に励んでいる。今の彼の姿を見たら、彼の祖父も驚くことだろう。
目を閉じて、胸のあたりをギュッと掴む。頭の中は約一カ月前の月一会議。あの時の坊ちゃまの姿は、見違えるほど立派なものだった。守ってあげたくなるような愛くるしさでも、悪戯して構って欲しそうにする可愛さでもなく、領主になろうとする今まで見たことのない坊ちゃまの凛々しさに、堂々とした仕草に、心が震えた。鷲掴みにされた。
彼の成長した姿や人を思いやる姿を見ると、胸が締め付けられて嬉しくなるのだが、なんだかあの時ばかりは違ったように思う。たしかに胸にそういった痛みを感じたはずなのに、何か違うような気持ちにさせられた。
ーーこの感覚は一体なんなのでしょう……?
それからなのだ。病気にでもなってしまったのか。あれから、坊ちゃまを見ると変に緊張してしまい、上手く話せていない気がする。そんな私のよそよそしさに気付いて、坊ちゃまも私を遠ざけているのかもしれない。だから、あの新参者に現を抜かしているのだ。
「フェリーチェ。しっかりなさい!」
頬を叩いて、モヤモヤした気持ちを追い払う。すると、ちょうどそこに坊ちゃまの声が聞こえ、出迎えに玄関ホールへ向かった。
◆
プラチド君は言った。おそらくレミージョが言っていた子供の漕ぎ手が今回の犯人だろうと。川沿いの窓は大人が入るには小さく、犯人は背が低い人物だと思われること。夜に子供の漕ぎ手が目撃されたこと。近くに孤児院があること。その三つを理由に、プラチド君はほぼ間違いないと言う。
屋敷に招き、書斎に初めて入ったレミージョは、少し落ち着かないようにプラチド君に尋ねた。
「子供の漕ぎ手が孤児院の子で、彼らが最近起こっている窃盗事件の犯人だって言いたいんだよな? でも、孤児院の子がシスターたちに見つからずに、夜に抜け出せるか?」
「最近はシスターや神父の人数が減っていると聞いています。彼らの多くは教会にいて、孤児院は有志の方が担当しているらしいです。おそらく孤児院にいる働き手は少ないかと。そんな中、子供たち全員を監視するのは難しいでしょう」
子供たちの数に対して大人が少ないのであれば、たしかに夜に抜け出すことは可能かもしれない。
「どこの川を見張ればいいの?」
僕の疑問にプラチド君はアルピチュアの地図を取り出し、とある地点を指さした。
「被害を受けていた地域はこの川沿いの家です。そして、この川の下りに孤児院があります。ここで二手に分かれて見張りましょう。どちらに向かっても問題ないように」
「孤児院にいる子たちってとても幼いよね? もし、本当にその子供たちが犯人だとしたら……」
ーー彼らは一体どうなるのだろうか。捕まって、あの牢に入れられるというのか。
僕の考えていることが分かったのか、アルが僕の肩に触れた。
「調べてみないと犯人はわからない。もしかしたら、孤児院の子たちじゃないかもしれないだろ?」
「そうですね。では、レミージョさんには舟で待機してもらって……。僕は一人で構いませんので、僕、ティト様とアルトゥーロさんで二手にーー」
「皆様。地図など広げてどうしたのです? ……あら? あなたはいつかの舟の漕ぎ手、レミージョさんではありませんか」
フェリの声が聞こえてドキリとする。口調は丁寧なのに、どこか得体の知れないゾッとする声音に鳥肌が立つ。
書斎に四人でいたはずなのに、いつの間にか彼女は僕の背後から机を覗き込んでいた。僕は慌てて振り向いて、彼女に説明する。
「今、レミージョさんおすすめのお店を教えてもらってたんだよっ!」
「一体何のお店です?」
「え? あ、えっと、何だっけかな……? あ、美味しいパスタ屋さんだ、だよね!」
僕はレミージョと目を合わせ、彼は激しく縦に頷いた。その様子を見て、フェリは首を横に振って悲しそうな顔を浮かべた。
「……坊ちゃま。私は悲しゅうございます」
ーーま、まさか、バレた……!?
彼女にはこの件に触れて欲しくない。なぜなら、彼女は僕を見捨てないでこの屋敷に残ってくれた人だから。つまり、たぶん、おそらく、彼女は子供好きなのだ。
今回は子供が犯人かもしれない。だから、フェリには内緒で行動したかった。しかし、僕がついた嘘は胡散臭すぎたのか、彼女は僕の嘘に気がついたようだ。ど、どうしよう……。
「……フェリのパスタはお口に合いませんか?」
ーーパスタ……?
フェリの言葉に固まってしまう。自分で言っておきながら、『パスタ』の『パ』の字も忘れて、頭が混乱している。僕の脳が活動を再開した時、「そんなことはない。フェリの料理は美味しいよ!」と必死に励ました。
すると、彼女は僕の言葉を信じてくれたのか、にっこりと笑って礼を述べた。大きく息を吐いていると、
「今日の夜、孤児院に張り込むのですよね?」
「え?」
フェリは再び固まった僕に、顔を近づけてくるため、目が離せない。
「……坊ちゃま。最近フェリを仲間に入れてくださいませんね。女だからダメなのですか? いつも殿方ばかりと話していらっしゃって、前よりも時間があるのにもかかわらず、坊ちゃまはフェリを避けます。何かご不満に思っているのでしたら言ってくださいませ」
フェリに不満なんか一つもないと言うと、彼女は僕たちの話を全て聞いていたのか、僕の手を取って言う。
「じゃあ、フェリと坊ちゃまがペアで、プラチドさんとアルトゥーロさんがペア、レミージョさんは舟で待機でどうでしょう?」
フェリが嬉しそうに言い、プラチド君は首を横に振った。
「それでは戦力が偏ります」
フェリはプラチド君を無視して、僕の手を掴む力を強める。
「坊ちゃまはフェリと組んでくださいますよね? 坊ちゃまはフェリと一緒にいたいですよね? フェリと一緒にいてください」
「はい……」
そう返事をして、やっと痛みに耐えた手が解放された。
◆
フェリと一緒に建物の影に入って川の様子を覗く。普段なら僕が寝ている時刻だが興奮しているためか、睡魔は襲ってこない。そんな僕の心を穏やかにするように、川のせせらぎは聴覚に癒しの音色を届けていた。
「坊ちゃま……」
フェリが耳元で囁いた瞬間、落ち着いていたはずの川の水面に石が投げ込まれた。
「な、なに……っ!?」
あんなに落ち着かせてくれた音色はもう聞こえず、自分の体内の鼓動が異常に波打って聞こえる。
今まで散々フェリと一緒にいたけど、なぜだか今日は変な感じだ。フェリが真後ろにいて呼吸音が聞こえたり、耳元で囁いてくるからだろうか。それとも、この暗闇の中、二人きりで手を繋いでいるからだろうか。それとも、双丘が僕の頭を包み込んでいるからだろうか。それとも、今の彼女はメイド服じゃないからだろうか。
いや、おかしい。今まで彼女に散々抱き着いてきたし、何なら一緒に寝てもらったし、恥ずかしいところもいっぱい見せてきた。今更どうして……。
その時、ハッと気付く。
このいつもと違う違和感。そうだ、これだ! いつもは僕がフェリに抱き着いているのに、今日は彼女が僕に抱き着いてきているから変な感じがしたのだ。そうだ、ソレに違いない。
僕は違和感に納得して心が穏やかに……なっ……。いや、ならない。あれっ!? なんでっ!? おかしい。僕、なんでこんなにドキドキしてるの……っ!?
自分で制御できない心臓の高鳴りに戸惑って、川の様子なんて気にしていられない。一人慌てている僕の代わりに、優秀なメイドは川の監視を続けていた。
「坊ちゃま。どうやら、こちらが当たりのようです」
フェリの言葉を聞いて川を見る。すると、一隻の舟が孤児院近くから出発していて、舟の上には二人の子供が乗っていた。
「追いかけよう!」
彼らに見つからないように隠れながら舟を監視する。彼らは窓が空いた家を探しているようで、できるだけ舟を家に近づけて、一軒一軒見回っているようだった。
「坊ちゃま。捕まえますか?」
フェリの言葉を聞いて悩む。僕らはあくまで情報提供するためにこの場にいるのであって、逮捕しに来たわけではない。だが、彼らが罪を犯すのを見守って、「犯人は孤児院の子供たちです」と、憲兵に伝えるのには少し違和感があった。
「……僕、あの子たちの話を聞きたいんだ。今、捕まえたら言い逃れされちゃうかもしれないから、犯行を見届けてから話を聞こう」
「わかりました」
ようやく窓が空いた家を見つけ、のそのそと雨樋をよじ登り、小さな体が窓から建物の中に吸い込まれていく。しばらくして光物を手に持った少年が、窓から這い出て舟に下りた。
間違いない彼らが犯人だ。行く手を塞ぐように近くの橋に姿を現し、少年たちに声をかける。
「君たち、すぐに舟を岸につけるんだ!」
彼らはすぐに進行方向を変えて、僕らから逃げ出そうとする。
「あ、待って!」
すると、隣にいたフェリが裾を持ちながら走り出す。川沿いの道とも呼べない細い塀を、事も無げに渡りーー
跳んだ。
スカートが空気を含んで、傘のように広がり、ゆっくりと落ちていく。
僕も少年たちもその姿に見惚れて、彼女の姿を目で追い、その瞬間を長くはっきりと目に焼き付いていく。彼女の背中に白い羽根を見た。
彼女の足は軽い音を立てて舟に着地し、舟は突然の来訪者に驚いて体を大きく揺らす。その揺れで舟を漕いでいた少年の一人が川に落ちてしまい、彼は泳げないのか溺れかけている。
フェリは素早く手放された櫂を拾い、持ち手を彼の服に引っ掻けて持ち上げ、彼女はこちらを振り返った。
「坊ちゃま。捕まえましたよ!」
その笑顔のなんと美しいことか。
見事な一本釣りをした彼女は、暗闇を照らすような明るい笑顔をこちらに向けている。フェリは釣り上げた少年を舟の上に乗せ、そのまま櫂を適切な使い方をして、橋の近くに舟を寄せた。
少年二人の首根っこを掴み、僕の前に戻ってくるフェリ。少年たちは必死で暴れているが、ニコニコと笑っているフェリから逃れることは出来ない様子だ。
「子供の扱いには慣れていますから」
その言葉に肝を冷やしながら、暴れる彼らをとりあえず逃げ出さないように、フェリが用意していた縄で縛った。必要とされていなかったはずの縄をなぜ持っていたのかという点には敢えて触れず、僕がプラチド君を呼びに行こうとすると、
「坊ちゃま。こんな夜中にお一人になるのは危険です。私が彼らを運ぶので一緒に行きましょう。坊ちゃまは彼らが盗んだその袋をお持ちください」
フェリは子供二人を先ほどと同様に、軽々と抱え上げる。その表情は舟からここまで連れてきた時と同じ笑顔で、僕は「お願いします……」と頼むことしかできなかった。
プラチド君のもとに捕まえた少年二人を連れて行くと、彼はフェリを二度見した後、子供たちを見た。
「……ごほんっ。君たちはこれまでに何度も家に侵入して物を盗んでいたようですが、それがいけないことだと分かっていますか?」
「う、うるせ! そんなの知ってるよ!」
「ふむ。罪の意識はあると。これはいけませんね……」
どこか不貞腐れた態度を取っている少年を見て、何だか心が痛む。僕は彼らと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「ねぇ、君たちは孤児院の子だよね。何歳?」
僕に訝し気な顔を向けた後、彼らは八歳と五歳だと答える。年長の子に視線を向けた。
「シスターや神父様は、夜中に君たちが抜け出してることを知ってるの?」
「……知るわけないだろ。知ってたら、絶対止められるもん……」
「何で止められるか分かる?」
僕の質問に五歳の子が答えた。
「悪いことしたら神様が罰を与えるから……」
プラチド君が頷いた。
「そうですよ。神様は君たちのことを見ています。一度だけではなく、これで八度目ですよね? いくら貧しくてもそんなーー」
プラチド君の言葉を遮り、年少の子が叫んだ。
「だ、だって! こうでもしないと、シスターが孤児院辞めちゃうんだもん~~っ!」
彼はそう叫んだ後、泣き出してしまう。すると、年長の少年がボソボソと事情を話始めた。
彼の話によると、物盗りをしていたのはシスターのためらしい。というのも、孤児院の子供たちとシスターが街へ買い物に出かけた時、子供が身なりのいい厳つい男にぶつかってしまったのだと言う。
男はやれ怪我をした、服が汚れたと言って、シスターに金を出せと詰め寄った。「そんなお金は出せません」とシスターは言ったのだが、男は孤児院の子供を売り飛ばすと脅した。
シスターは頭を下げて許しを乞うが、その際に持っていた水を零してしまい、男の服を濡らしてしまう。
さらに怒った男は、ぶつかった子供を掴み、十日後に大型金貨三枚を用意するか、シスターが男に身を捧げるか選べと言い出した。その要求を無視するようなら「子供を殺してやる」と男に言われ、シスターは一生懸命寄付を乞ったり、仕事をするが、とてもじゃないがそんな大金は貯まらない。
だから、子供たちはシスターに内緒で自ら大型金貨三枚相当の金品を集めて、男に渡す準備をしていたのだと言う。
僕は鼻水をすする。もし、僕が同じ立場でフェリが脅されたら、同じ事をしてしまいそうだと思った。とてもじゃないが、僕には彼らを責めることが出来ない。少年たちは僕に同じ匂いを感じ取ったのか、シスターがどんなにいい人か伝えてくる。
「少しドジで頼りない人だけど、シスターはとってもいい人なんだ! 美味しい料理もお菓子も作ってくれて、皆に優しくて……っ! あんな男に身を捧げ(?)欲しくないんだ! だから僕たち……っ」
その言葉に我慢していた涙が決壊する。何も言えない僕の代わりに冷静なプラチド君は言った。
「脅された時点で憲兵を頼るべきでしたね」
「そ、そうだけど、男が憲兵にチクったら殺すって!」
「例え理由があっても、あなたたちの罪は消えませんよ」
ピシャリと冷水を浴びせる様なプラチド君の言葉は、彼らに二の句を告げなくさせてしまう。彼らに助け舟を出したくなった僕は、今すべきことを口にした。
「で、でもっ! 何よりもまず、シスターを脅しているその男を捕まえる必要があるよね!?」
僕の言葉に息を吹き返した少年たちは、僕の後に続いていく。
「僕たちは捕まえてもいいから! 連れ去られた子を……っ、シスターを助けてあげて……っ!」
その言葉に胸が抉られ、プラチド君の肩を掴んだ。
「……ねぇ、プラチド君。その男は今すぐ、絶対に何とかしなきゃいけないけど、この子たちをすぐに憲兵に突きつけるのは止めよう?」
彼は僕の言葉を聞いて、眉間に皺を寄せる。僕は少年たちの前に再びしゃがみ込んだ。
「ねぇ、君たち。憲兵に捕まったら、どんなとこに入れられるか知ってる?」
子供たちは首を傾げる。
「牢屋って言う冷たくて、汚くて、水も与えられない場所に連れて行かれるんだ。ひどい時には暴力も振るわれる。僕は一日、二日あそこにいただけだけど、とても子供が生き残れる場所とは思えない。きっと、大人にも厳しい場所なんだ」
アルの顔を見ると、彼もこちらを向いて頷いた。
「君たちは確かに罪を犯した。悪いことだよ。でも、君たちの行動はシスターを守るための行動であり、幼いながらに絞り出した知恵だったんだ。君たちの行動を僕は誇りに思う」
僕の言葉に子供たちは目を潤ませる。
「今、君たちをそのまま憲兵に連れて行ったら、ただの盗人として凄く酷い目に遭わされてしまうと思う。先にシスターを脅した男を捕まえて、君たちの罪を情状酌量の余地があるように話を持って行かないと、被害の多さから言って最悪死罪だってあり得る」
「……っ」
「こんな話怖いよね。聞きたくないよね。でもね、それが今、君たちを取り巻いている現実なんだ。今の状況分かってくれたかな?」
子供たちは静かに頷いた。下を向いて静かに泣いている。僕は振り向いて、三人の顔を見て言った。
「彼らを憲兵に引き渡すのは、男が捕まり、月一会議が終わってからだ。文句は言わせないよ」
◆
「また、アロンツォさんは欠席ですか……」
空席を見てガスパロが呟いた。ジュスティーナは僕の後ろ控えているプラチド君を見て言う。
「今日は席に座らないのか?」
どうやら、プラチド君はよく会議を欠席するアロンツォの代わりに、代理出席しているらしい。彼は彼女に答えた。
「私は今、ティト様の下で働いておりますので、こちらにいます」
アブラーモが言う。
「よくもまぁ、そんなに振り回されて耐えられるよなぁ。個人的にはアロンツォさんよりプラチド君の方が、代表者になってくれた方がいいと思うんだが……。それに、今度は領主候補の下に就くなんて……。次は俺のところに来てくれるように頼もうかな」
プラチド君はフッと笑って、六年間は無理だと答えた。その答えを聞いてアブラーモは目を丸くして首を振った。ガスパロが咳払いをして、当会議の司会を買って出た。
「それでは、月一会議を始めます。まず、議題がある方は挙手を」
ガスパロの言葉にセヴェーロが挙手して、指を一本立てた。
「私から一つ報告を。前々から追っていた事件に匿名で情報提供を受けて、先日、一人の男を逮捕した。この男は領民を諸外国に売り飛ばす奴隷商をやっていたようで、この都市の法に乗っ取り、今獄舎にぶちこんでいる。しかし、どうにもこの男一人で捌くには被害件数が多すぎる。軽く痛めつけたところ、『協力者』がいると吐いた」
フラミニオ が『協力者』について尋ねる。
「その男が言うには、その協力者は『蛇(セルペンティ)』と名乗っていたらしい。その『蛇』についての情報は皆無に等しく、女か男かもよく分かっていない。これまで起きた不審な事件や、今後起きる犯罪行為に、この『蛇』が関わっているか調べるつもりだが、如何せん情報がない。だが、相当の権力、又は金を持っていると予想はできる。くれぐれも犯罪行為を助長させないように、自分の立場を弁え、皆様もお気を付けください。以上」
妙に含みのある威圧的な物言いに眉を顰める。チラリと他の代表者の顔を見るが、皆気にしてないように見えた。
ガスパロは次の議題がないか皆に尋ねる。今度は僕が手を上げた。
「今回、僕が議題に挙げるのは法の改正案です」
ジュスティーナが眼鏡を押し、セヴェーロの鋭い視線がこちらに向けられた。二人は僕の目を見て一体何を改正したいのか厳しく追及する。
「少し訂正します。改正と言うより、条項を一つ増やすべきではないかという提案になります。その名も『少年法』」
ジュスティーナが眉を顰めた。それでも続ける。
「アルピチュアで起こっている犯罪行為について色々調べてみたのですが、大半の犯罪は大人によるものです。ですが、五分の一の犯罪は子供によるものでした。その殆どは教育を受けていない子供たちの窃盗、僅かながらの殺人行為が挙げられます」
フラミニオは僕の話を聞いて嘆き悲しむ。アブラーモは口を噤んでうんうんと頷いていた。
「こういった子供たちはお金がない、親がいない、立場が弱いためにその行動を取った可能性が高いです。今回提案した『少年法』とは、そういった幼いながらに法に触れてしまった子供たちの罰に関して、通常よりもーー」
僕の言葉にセヴェーロが被せてきた。
「お前は教育を受けていない子供が犯罪を犯すのは仕方がないから、罰を減らせと言っているのか?」
僕は彼の言葉に頷いた。彼は軽蔑するような目で僕を見て、首を横に振る。
「何をバカなことを……っ」
ジュスティーナが割って入る。
「わしも以前から子供が犯す犯罪には思うところがあった。だがのぅ……」
「この都市で成人とみなされるのは十六歳です。十六歳まで様々な制限が設けられているのであれば、『少年法』と言った未成年の犯罪に対する制限を設ける提案もおかしくはないと思います」
皆沈黙しており、手ごたえはかなり薄い。それでも続ける。
「成人とは体も精神も大人になっていると判断された状態です。では、未成年とはなんでしょう? 精神が成熟しきっていない子供が起こす行動に、情状酌量の余地を与えるべきではありませんか? 罰を無くせと言っているわけではないんです。彼らに相応しい程度の罰に変えるーー」
僕の言葉に再度セヴェーロが被せる。
「いいや。不適当である。子供であるからと言って厳罰するようであれば、罰を恐れなくなり、再度罪を繰り返す、または新たな犯罪者を生み出すことに繋がる。アルピチュアの秩序を司る者として、是が非でもこの案は却下しないとならない。子供であってもそれが罪になることくらい判断はつくだろう」
ガスパロはため息をついて呟く。
「これは難しい問題ですね……」
この展開は予想していた。セヴェーロ、ジュスティーナが反対するのは目に見えていた。
「では、例をあげましょう」
僕は一枚の申請書を机に出す。
「これは数日前まで被害があった、連続窃盗事件について記載されています。この都市の南側で物盗りが横行していたという内容です。同じ犯人が金品を盗んでいるとされ、被害件数八件、被害総額は大型金貨三枚ほどになります。こちらの調べではまだ犯人は捕まっていないはずです。そうですよね、セヴェーロさん?」
「あぁ」
「これは仮の話なんですけどね。この犯人が子供だと考えてください。そして、この子供にはどうしても物盗りをしなきゃいけない事情があった。どうです? これならーー」
「罪は罪だ」
セヴェーロの姿勢は崩れない。ジュスティーナは何も言わない。
「では子供が物盗りをした理由が、親代わりであるシスターを助けたかったらではどうでしょう?」
フラミニオが一層関心を向けたのを感じた。
「このシスターは先ほどセヴェーロさんから報告のあった、奴隷商から脅されていました。孤児院の子供を殺されたくなければ、大型金貨三枚を用意するか、それともシスター自身が身を捧げるか。これならどうです?」
「罪だ」
フラミニオは悲しそうに顔に手を当てた。アブラーモもガスパロも何とも言えない顔をしている。彼らなら同情でこちら側に誘導することはできるかもしれない。だが、残りの二人はそうではない。彼らが納得するように話を展開させなければならない。
僕は一呼吸おいて、続けた。
「これはある意味、奴隷商が殺人罪を犯すか、奴隷商が強姦罪又は人身売買罪を犯すか、子供たちが窃盗罪を犯すかの選択なんですよ。罪が重い順はどうですか?」
セヴェーロは何も言わない。ジュスティーナも。
「そう。一番軽い罪は窃盗罪で、子供たちはシスターの代わりにその罪を引き受けた。自分のためじゃなく、他人のために起こした行動であり、彼らは孤児院育ちなのでシスターがいなくなってしまうと孤児院が立ち行かなくなる。つまり、子供たちはシスターを助けるか、孤児院が潰れて死ぬかの二択を迫られたんです。それならば、シスターを助けますよね?」
僕はセヴェーロに答えを求める。彼はこちらを睨みつける。
「……だから、罰を軽くしろと言うのか。しかし、これは情状酌量の余地があるのであって、『少年法』が必要な話にはならないじゃないか」
僕は彼の言葉に頷いた。
「えぇ。このケースではそうです。しかし、悲しいじゃありませんか。今回のケースだって、もし彼らが大人だったら、貯金があり貯めていたお金を払えていたかもしれない。非人道的に聞こえますが、大人であればシスターを見捨てても生きていける力を持っていた。しかし、彼らは子供で、自分たちが盗むか死ぬかの判断しか、選択肢を導き出すことができなかった。現在孤児を含めて、教育を施す機関を拡充しきれていません。そして、それをすぐに造れるほどの財源は今のアルピチュアにはありません。教育を施せないのであれば、別途対応するしかないのです。食と教育を無料で提供すれば、子供たちの犯罪率も下がるはずです。なぜなら、少年が起こす多くの犯罪は物盗りであり、食べられないから盗むと言う理由で行われているのだから。教育施設の見当も今回の議題に入れるべきですかね?」
セヴェーロは眉を顰めて、そんなことはできるはずがないと跳ねのける。
「そんな資金がどこにある。財源がないのにそんな話をしても意味がないだろう」
「ですから、代わりに『少年法』を加えようと言っているんです」
「……っ」
「子供たちが窃盗をしなくても住むような施設を整えられたら、『少年法』の有無も再度検討すればいいと思います。ただ、現状ではこの法律が必要なのではないかと言う提案です」
長らく口を閉じていたジュスティーナが言った。
「これは今回の話し合いだけでは決められん。ティト様からは一例を挙げてもらったが、それでは少なすぎる。当件を検討するには一度、子供による犯罪を調べ上げないとなんとも言えんじゃろう。とりあえず、今回は情状酌量があるケースだと言うことだけはハッキリしておる。ティト様、『少年法』を追加するかは見送るが、それでよろしいか?」
僕は後ろにいたプラチド君をチラリと見ると、彼は頷いた。
答えは「よろしい」に決まっていた。
僕はツラツラと『少年法』や教育機関が必要だと言ったが、今回プラチド君と決めた目標は、あくまで今回の事件を引き起こした子供たちの罪を軽くすること。そのことをセヴェーロやジュスティーナに分からせることが、何よりも大事なことだった。
天を仰ぎ、今まできちんと吸えていなかった新鮮な空気を吸う。
ーーあぁ……、よかった……。
穏やかな気持ちでジュスティーナを見て言う。
「えぇ、問題ありません」
ガスパロが他に議題がないか尋ねるが、誰も手を上げない。
「これにて月一会議を終了いたします」
その終わりの言葉を聞いて、ズルズルと椅子から雪崩落ちそうになる。後ろを向くと、フェリもアルも笑ってくれている。それに、終始ポーカーフェイスを決めているプラチド君さえも。
嬉しさに顔を綻ばせていると、セヴェーロに話しかけられ、ビクンとする。
「貴様、あまり図に乗るなよ。仮に『少年法』が可決されたとしても、教育機関ができた瞬間、潰しにかかってやるからな。貴様のような小賢しいガキが、犯罪を起こさないという絶対の謂われはないのだから」
セヴェーロは僕を『小賢しい』と評したが、そんなことはない。彼の言っていることは間違っている。僕は後ろにいる頼りになる大人たちを見て言う。彼らがいれば、セヴェーロも恐くない気がした。
「いやですね。僕はまだ未成年の子供です。僕は周りの大人の意見を参考にして口に出しただけですよ。僕がここにいられるのは彼らのおかげです」
「フッ。言ってろ。随分とあの男に似てきたな……。潰すのが楽しみだ」
そう言って、セヴェーロが息子を連れて出ていったのを見届けて、大きく大きく息を吐いた。
その後、孤児院の子は捕まり、裁判にかけられたらしい。当件を担当したジュスティーナが下した判決は、かなりの減刑が行われたようで、服役、罰金の判決はなかったようだ。
僕たちが彼らの孤児院に行くと、シスターがこちらに近づいてきた。彼女は子供たちに囲まれていて、笑顔がとても可愛らしい。
「あなたたちが子供たちが言っていた方たちですね! こんなにまだ若いのに、私たちを助けて下さってありがとうございます!」
シスターは僕たちをそれぞれ抱きしめる。プラチド君の顔が真っ赤になっているのは、気のせいだろうか。シスターはアワアワとしながら、僕らの顔を交互に見る。
「お礼をしたいのですが、差し上げられるものが何もなくて……。あっ、でも手作りクッキーがまだ余っていたと思うので、今すぐ包んできますね! わっ」
そそっかしいシスターは自分の足に躓いてしまって、プラチド君の方へ倒れてしまう。そんなシスターをプラチド君はしっかりと支えた。その顔はいつもより赤い。
「だ、大丈夫ですか?」
「あっ、すみません……っ! 私ドジみたいで……。あっ、クッキー持ってきますから、ちょっと待っててくださいねっ!」
バタバタと孤児院の方に走っていくシスター。プラチド君は片手を口に当てている。
「ねぇ、プラチド君」
「……」
「ねぇねぇ」
「……」
声をかけても返事がない。しばらくすると、包を持ったシスターが戻ってきた。そして、僕たち二人の間にその手を掲げる。
「お待たせしました! 味は……、子供たちは喜んで食べてくれるので、食べれないことはないと思うのですが……。自分では良い出来だと思うので、どうぞっ!」
シスターはどっちに渡していいのか分からないようで、手を右左に揺らしている。
プラチド君はやはり顔が赤い。全てを察した子供大人の僕は、彼の新たな一面を垣間見て大人の振る舞いをする。
「今回の功労者はプラチド君なので、どうか彼に!」
「そうなんですね。プラチド様ありがとうございます! これ、つまらないものですが、どうぞ!」
やはり、赤い顔でその包みを受け取るプラチド君。
「あぁ、それとーー」
僕は口元を緩めながら、
「プラチド君はハグが好きなので、シスターが沢山してあげると喜ぶと思います!」
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