第二十七話 終始

第二十七話 終始



白羈率いる白禁軍の登場は敵味方問わず混乱を撒き散らした。

混乱のどよめきは両軍の頭であるテトラとゼルプを中心に瞬く間に周囲へと伝播していった。


彼らの混乱に乗じて白禁軍は蹂躙を開始した。

少なくとも味方であることが分かり、そして現指揮官である峙金が戦闘を解いて散開する事を命じたことで黒騎兵達は被害を受けなかったが、丘上から降り注いだ巨兵の鉄矢は重装軽装の別なく鎧を貫き、僅かに触れただけでも人間兵の肉体を吹き飛ばした。


なすすべなく巨大な鉄の矢で地面に縫い付けられる仲間を見て、初めて敗北を理解した残存兵達が逃走し始めたのは時間の問題であった。

しかし、次いで雪崩れ掛かったのは六メートルの巨大なブタを駆る巨人(ジャイアント)の騎兵隊であった。


巨人族(ジャイアント)の中では背の低い三メートル程の者達は、その人間からすれば巨大な体で凶暴な戦ブタを巧みに制御した。


ブタというより化け物イノシシに近い容貌のそれはトップスピード時速八十キロに到達すると言われている、森林帝国原産の森林獣であった。

人間に馴染みのない、馬よりも更に速い怪物に背を負われた兵士たちは必死で逃げたが、そもそもの生き物としての規格が違う両者の間は僅かな時間で無くなり、しまいには追い抜かれ包囲された。


全周囲を数で数倍する巨大な獣騎兵に咬合された怯懦の卒二千は、瞬く間に心身共に食い散らかされた。


戦ブタは戦場での用法を考慮された極めて凶暴な雑食のブタである。

飼い主の言うことに従い、馬の足や首を一噛みで噛みちぎったり、突進で転倒させるなど思うがままであった。その巨体に跳ねられれば、人間の兵卒に命はなく、例え跳ねられずとも鼻のいいブタ達に追いつかれて直接食い殺されるだけである。


戦ブタも巨人兵もただでさえ巨体な上にその全身を金属の分厚い板金で覆っている。至近距離でなけなしの鉄火筒を放っても安っぽい音を立てて跳ね返される始末であった。

一時間とかからずに掃討された二千卒は、鉄の矢に縫われた残りの二千卒と共にその屍を晒すことになった。


掃討が終わった頃、丘上の幕下では生き残った黒騎兵達と片腕を失った峙金、そして白禁軍と白羈に囲まれたゼルプとその副官の姿があった。


白羈とテトラが場違いな話をしている内に副官ともども捕らえられたゼルプには、手塩にかけた戦士達が空想上の化け物に追い立てられ、獣のように狩られる様をただ見ていることしかなかった。

些かやつれたゼルプはきつく腕を縛られて止血だけされると、白羈の前に引き摺り出された。


ゼルプが引っ立てられる少し前に白羈は主君を奥の天幕へと誘った。


「陛下の玉体を泥に塗れたままにはしておけません。どうか、後のことは全て僕に任せて下さい。後ほど伺いますので、懲罰はどうかその時に。」


白羈のその言葉を受けてテトラは丘の上に既に張られていた帷幕へと案内されるがままに従った。


テトラが居なくなったのを確認した白羈は一同を見渡すと峙金に向けて手を差し出して言った。


「これより人間国家による我が国への違法行為について、バルカン=テトラ神聖帝国の国法に則り厳正に懲罰を下す。」


峙金は自らの周囲の黒騎兵へと耳打ちして周り、間も無く臨時法廷が上大将軍白羈の名の下に開廷した。裁判長白羈、弁護士は不在、検察官も白羈である。


峙金は懐から固い皮革に守られた封書と、革袋を一つ手渡した。


「そして…ここに、第一の調査資料を召喚した。」


そう言うと、白羈は峙金から渡された封書を解き、中身に目を通して言った。


「審査する。…ふむ。ここによれば、陛下の生命を脅かすと言う大罪は現行犯であるから免れないとして、被告人ゼルプ・ディートリッヒにはいくつかの余罪の存在が判明している。一つ、許可なしに機密文書庫や禁書庫へと侵入したこと。これは防諜法に違反しているため量刑は禁錮十年。」


「次に、違法な書類の持ち出し…これは持ち出されたものが魔導書類であり、公文書に利用されるものだったので厳罰として禁錮十年が課される。次…貴様は我が国の機密情報を外部に漏らした挙句、それらを追及したオドアケル傭兵隊長を暗殺した嫌疑がある。これは殊更重罪であるため量刑は後ほど。」


「最後に、法務省編纂の国法大典によれば、印璽の無断利用、魔導印璽の無断持ち出しまたは無断利用は極めて重大な罪であるとされる。ゼルプ・ディートリッヒ…君にはこのどちらもが嫌疑としてかけられている。此処で一旦、被告人に意義があるか確認しよう。」


「…嘘だ!!私は確かに書庫へ侵入した!それは認める!!しかし、しかし印璽の無断利用やオドアケルなどという者を殺したことなどない!!断じて身に覚えのない濡れ衣だ!!」


言い終わるが早いか、ゼルプは怪我の痛みなど忘れて口撃した。


「…濡れ衣?それは疑われる余地が無い者が言うことです。」


ゼルプの怒りもどこ吹く風、淡々と応える白羈の手には革袋があった。


「次に、証拠品を召喚します。これは峙金が先程貴方を捕縛した時に応酬したものです。中身は何だと思いますか?」


「知らぬ!!なんだと言うのだ!!私が持っていたわけがなかろう!!全て冤罪だ!!」


「応酬品の中身は二つの魔導印璽です。色等級は三番目に高い漆黒の魔導光であり、間違いなく盗難に遭ったユリアナ執政総監私兵団のものです。そして二つ目が紫金の魔導光を放つ玉印です。これは極めて高度に複製された陛下の勅令印でした。」


ゼルプはポカンとした顔で白羈の言葉に絶句した。何一つとしてゼルプには身に覚えがないのだから。敵は魔物であり、耳を貸さぬことは理解した。


「ッだが!!暗殺などは断じてしておらん!!私の騎士の誇りにかけて!!」


彼はしかし、用なき殺人だけはしていないと必死で暗殺だけは冤罪だと主張したが、これが仇となった。


「貴方は殺人の容疑を否認するのですね?では、目撃者を募ります。ここに、傭兵隊長として人間国より帰化し我が国の国籍を得たオドアケル氏の暗殺現場に居合わせた方はいらっしゃいますか?」


白羈からの呼びかけに峙金と黒騎兵達が一斉に手を上げた。彼らは峙金を端緒にして口々にそこの男がオドアケル殿を殺害した、と証言した。


「目撃者曰く、ゼルプ・ディートリッヒはオドアケル氏を殺害したとのこと。貴様はオドアケル氏と面識が無かったのですか?」


全く茶番であった。ゼルプはこのあと自分がどうなるのかよりも、何の目的があってこのような茶番を演じているのか気になった。


「……何が目的なのだッ!!オドアケルなどという男を私は知らん!!」


「本当に?」


「本当だ!!!」


「…容疑を否認しましたね。撤回はありませんね?」


「無い!!」


「最後の証人喚問です。」


連れてきなさい。白羈の指示で運ばれてきたのは布に包まれた何かであった。


「被害者のオドアケル氏、旧名オドアラク氏を此処に召喚します。」


布を取り払われたそこにあったのは生首。ツェーザル家の私兵団団長を務めていたオドアラクの首がそこにはあった。戦果報告のためにゼルプの副官が鞍に括り付けていたのを回収したものだった。


「言い逃れの出来ない証拠が発見されましたので、ゼルプ・ディートリッヒ及びその副官を現行犯とします。」


ゼルプの後ろでズダンと副官の首が飛んだ。


「遺体を遺棄したことを罪状に加えまして、改めて正式な罪状を読み上げて差し上げます。ゼルプ・ディートリッヒは二週間前に帰化した傭兵隊長オドアケル、旧名オドアラク氏を自らの諜報活動の露見を恐れたために不当に暗殺し、その遺体を遺棄したということでよろしいですね?」


「あ、後出しではないか!!茶番だ!!こんなのは茶番だ!!」


「いいえ。後出しではありません。ここに確かにオドアケル氏直筆の改名届けと国籍取得の申請書がございます。国籍取得申請書の日付は二週間前に受理したことになっておりますし、改名届出によると二週間後の正午から改名されるものとされています。」


「な、な、な…」


あんまりな法廷にゼルプは目を回しながら反論した。

すると、彼の耳元に白羈が口を寄せてこう囁いた。


「……戦争の正しいおこし方って貴方はご存知ですか。ご存知ありませんでしょうから冥土の土産に教えて差し上げますね。一般的に人間の国々は大義と、利益が釣り合った時に戦争を起こしますけど、僕たちが戦争を起こすのには、第一に陛下の御裁可が必要なのです。正義とか悪とかどうでもいいんです。戦争の大義は陛下のお気持ち次第ですから。ただし、これにも唯一の例外がございましてね、陛下の御身を弑逆せんとした者が不幸にも存在して、実行に移した後であれば、例外的に対外戦争に係る動員命令権が宮廷府に下賜されるのです。陛下の御身を守るためですから、平時は屯田に勤しむ予備役まで引っ張り出せるんです。そのためには、明確な弑逆者が必要です。」


「貴方には名誉あるその大役を担ってもらいました。」


「僕は陛下の御身を危険に晒してでも戦争がしたくてたまらない変態なんかじゃありませんよ。ただ、陛下のために僕は長い間網を張っていただけで、そこに貴方が引っかかってしまっただけなんです。百年は僕には短すぎました。貴方には長かったようですね、随分とはしゃがれてましたから。僕の愛しい陛下を追い詰めるのは楽しかったですか?僕は見てて心が幾度となく引き裂かれる思いでしたよ。でも、我慢です。全ては陛下のため。そして、僕には適切な機と言うものを理解し、それを生かせる力がありましたから。ユリアナも大層歪んだ女ですよね。僕は本当に危ない時でもないと動けませんでしたから。出来る最善を尽くさなければ陛下に不敬ですから。だから、我慢したんです。なのに、貴方は随分楽しそうでしたね。十分ですよね。そうですよね。」


「では、さようなら。西から太陽が登ることは二度とありませんから安心して御逝きなさい。」


「此処にゼルプ・ディートリッヒ及び、その母国ログリージュ王国と、それに連座する西方の国家を弑逆者と見做す!!実行犯ゼルプ・ディートリッヒを極刑に処す。ログリージュ王国他弑逆国家に対しては武力制裁を以ってその罪が清算されることを許可する!!国家の緊急事態により動員命令権を上大将軍の名の下に代勅発令する。」


「……いつからだ?」


宣言を下した白羈に、今にも首を斬られようとしているゼルプが聞いた。


「百年前からです。僕の中で人間との戦いは一度として終わっていません。」


「生き物としての格が違ったのであるか…。無念だ。」


ゼルプは最期の言葉らしい言葉も吐くことなく沈黙した。歴史に名は遺るだろうが、全ては他人次第である。


数分後、ゼルプと彼の幕僚は例外なく皆斬首された。

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