第二十話 襲撃

第二十話 襲撃



「魔王に死を!!!」


「我らに勝利を!!!」


ドガガガ!!!ドドドドド!!!ブルルル!!


軽騎兵が一気呵成に突撃を敢行し凄まじい砂埃が舞う。


パキューン!!パキーン!!


「ぎゃぁぁ!?」


鉄火筒が破裂音と共に鉄球を吐き出した。腰部に被弾した森人(フォースレスト)の兵士が呻き声を上げた。


「盾構えぇぇぇ!!!弓番え!!」


呂文桓に統制された部隊が頑強に抵抗しつつ旗を掲げ、分散していた兵団を再結集して盾兵の後ろで簡易陣地の構築に勤しんでいた。


「衝撃態勢!!!右翼放て!!」


ばうん!?


「わぁ!?」「なぁ??!?」


ぱばしゅ!!ぱすぱすす!!!


「ぎゃっ!」「ぐぉ!」


鉄火筒や軽騎兵の突撃を国防軍で盾兵用に正規採用されている重厚な盾で防ぎ、衝突のフィードバックをいなしきれずに落馬した兵士や射程に入った騎銃兵士に矢を集中させる。矢を受けるのを嫌い集団から数騎分隊に分散させることで敵の衝撃力集中を抑えていた。


人間の軍が扱うものより遥かに分厚く大きい金属盾は地面に固定する為の石突を底面に持つだけでなく同規格のもの同士を左右と上下部分で連結させることができた。軽騎兵や騎銃兵が森と森の間や国道路上を縦横無尽に駆け回る中で出現した幾つもの鋼鉄の箱は西へとジワジワと移動を開始した。


公都ザマスより東に約二キロの地点でそれは起きた。


鳴り止まない号令。馬蹄が地を抉り馬が泡を吹く音。剣戟と破裂音。矢が空を切り、鉄の球が兜を突き破り肉を割く音が響き渡っていた。左右が巨木の鬱々に囲まれた幅数十メートルの整地。ちょうど国道と国道が合流する地点で戦闘は起こっていた。数分前まで平静に過ぎた森の中、不自然なほど正確に敷き詰められた石畳や標識に沿って細長い四千名からなる隊列は順調に進んでいた。歩兵の足に合わせて進んでいた彼らは銃騎兵三千による真横からの鉄火筒の斉射を殆ど無防備の状態で受けて崩壊した。枝分かれと合流を繰り返す複雑な国道網。前へと進むテトラ達の隊列は騎銃斉射で立ち往生をしている隙に、真横から軽騎兵二千の突撃に晒された。すぐさまツェーザル家私兵団の黒備の二千騎が対応して呂文桓とオドアラクによるザマスへ近づきながらの防衛戦が始められた。徐々に北上するテトラ達の四千弱。そんな中、テクナイは一人横転した馬車に取り残されたテトラを救うために砂塵の血が舞う戦地へと舞い戻った。


防衛陣地の構築のために呂文桓達の援護に向かった黒備の残り半分、約一千名はテトラを守護するために横転した八頭立ての馬車を中心に主へ接近する敵兵と片っ端から格闘していた。馬車から這い出た所で力尽き気絶したテトラ。舞い戻ったテクナイは状況の悪さに眉を顰めた。黒備が対処しきれる兵士の数が限界を迎えていた。黒備一千が何層にも薄く円陣状に展開していたが、馬車が倒れる道の中央に続く合流路からは勿論、その左右の森の中からさえ敵が湧き出していた。多勢に無勢。こちらが一千名だとすれば、相手は既に五倍の密度を持っている。遂に騎兵が十数騎単位で藁の楯を突き破り始めた。


テクナイは足を急がせた。血が混じった赤い泥が目立ち始めていた。そして、馬車近くで死んだように眠っている彼を見つけた彼女は泣きながら縋り付いて必死に声を掛けた。


「ぅぅ…」


「…ぃか!」


「……いか!」


「陛下!!!」


「うぁ!!てくない!?」


「へいが!!へいが!!ほんどに!!ほんどゔによぐぞごぶじで!!!よかっあ!!よがっだ!!!」


両手に持っていた双剣を腰に収めると体の中に押し込むような熱烈な抱擁を受けた。涙声でよくわからないが安堵の思いは寝起きのテトラにも伝わった。


「うぅ…ぷは!セキウ!どどどどういうこと!?これ?馬車の中で眠たくなって、それで起きたらメチャクチャになってて!!」


テクナイの胸…より下のお腹に顔をグリグリ押し付けられていたテトラは抱擁から頭だけ抜け出すと泣きすぎテクナイに状況説明を求めた。一瞬の浮遊感、次の瞬間には放り出されていたのだ。微睡も吹き飛んで必死に抜け出した所で意識を失った。しかし混乱するテトラが落ち着くよりも敵の足の方が早かった。


「見つけたぞ!!馬車の近くに倒れ込んでるのが魔王だ!!」


「勇者様!!こちらですぞ!!魔王がいました!!」


「奴を殺せ!!それで勝ちだぞ!!早い者勝ちだ!!すすめ我らこそが「勇者の剣」なるぞ!!!」


猛る完全武装の騎兵が雪崩れ込んできたためにテトラは青褪めずに居られず。視界がぶれるのと同時に反射的に口を固くつぐんだ。説明をして欲しかったがそんな暇はない。立ち上がったテクナイは顔を引き締めて右手に剣を持ち、左手でテトラを抱き抱えると敵が犇く真正面に駆け出した。


「後程ご説明いたします!!この罰は如何様にも!!暫しご辛抱を!!!」


「女ァ!!貴様に用はない!!どけぃ!!」


「邪魔だてするならこのまま轢き殺してくれる!!魔王に死を!!」


「陛下の御前を阻むな下郎が!!」


バギギ!!バヅ!!!


「うぉぉ倒れるぞぉ!!ぐぶが!!」


「ぐぉ!!ぅぅぐぁ…この女!馬をやりやがった!!!」


ゴウ!!!一瞬で踏み込んだテクナイの体は飛矢のように鋭く先頭の騎馬と騎馬の間に滑り込むと繰り出される槍を身を屈めることで避けると踏み込んだ方とは逆、着地に使った左足を軸にし、着地の際の勢いを右に流す要領で右手に握る宝剣「燕覇」を一閃した。先頭の騎兵は一人は運悪く倒れ込む馬に巻き込まれて首を折り、片割れは運良く放り出されるだけで助かったようだ。


「ひぃぃぃ!化け物だ!!!」


「怯むな!!囲め囲め!!!」


綺麗に四脚を切り飛ばしたテクナイは二騎を瞬殺した彼女に臆した敵に構うことなく疾り抜ける。景色はどこもかしこも死体と血と鉄が散乱していて酷い有様だ。今いる場所は特に人間の死体が多い。テトラはテクナイに強くしがみついた。


「その耳長女は手練れだぞ!!気をつけろ!!」


「囲んで殺せ!!近づきすぎるな!!」


「勇者様はまだか!!!おらっ!おらっ!」


「まだなのか!くそ!応援を呼べ!!確実に殺るぞ!!」


数十メートル進んだ所で敵に囲まれた。カラフルで統一感のない武装から見て傭兵であろう。だが侮る勿れ。彼らの対応は素早く、かつ的確なものである。相当な手練れを向こうは用意していたらしい。しかし、テクナイの顔には焦りはない。そこは左腕に抱くテトラを案ずる想いに満ちており、彼女は燕覇を構えてすらいない。


「一斉に突くぞ!!いまだ!!やれ!!」


「おぅ!!」


「せい!!」


ギャリン!!!


傭兵隊長の掛け声と同時にテクナイは剣を正面に横倒しに掲げて一歩踏み出し、ただそれだけで正面三人の穂先を跳ね上げた。


「お前らそこから引け!!」


傭兵隊長の声がテクナイの次の動作に追いつこうとするが叶わなかった。


「邪魔だ。」


感情なく燕覇を横凪に振るい二人の首を飛ばすと再び駆け出すテクナイ。彼女の目的地は少し先に構築されている呂文桓とオドアラクによる即席陣地である。


ザン!ザブ!ジャシュ!ズン!


弧で受け止める様に槍を向ける敵兵三人に対して流れるように繰り出された上段振り下ろし、下段横払い、連続切り払い、踏み込み突き。それら全てが彼らの肉体に重篤な傷を刻んだ。


「ぐぁぁ!腕が!おれのうでが!」


「……。」


「ひぃぃぃ!くびが、首が飛んだ!」


燕覇は肉厚の双剣が片割れである。刀身は頑強な螺旋鉄鋼を鍛えて作られた逸品だ。重量約三十キログラム。人が扱うには重すぎるそれを彼女は自身の手足の如く扱う。

テクナイが一振りするたびに燕覇は美しく煌めき、その煌めきの数だけ敵兵の体の一部が吹き飛んだ。薄い刃は切るのに適していたとしても何度も繰り返せば毀れるし砕けることが多い。しかし、燕覇を始めとした帝国独自の重く分厚い名剣達はどれも扱うことこそ難しいが、使いこなせば毀れることもなく力任せに扱っても重量で敵を叩き壊すことができる。


「隊長!っぐぁ!!」


テトラを狙って槍を突き出した敵の穂先を切り落として目を一閃。


「盾兵!!っがふ!?」


隊長格の兵士が呼び寄せた盾兵を、命令を下した男ごと叩き伏せた。


「円を広げろ!!がぁぁ!!」


円陣で包囲することが難しくなり体勢を整えようと撤退し始めたが時すでに遅く。傭兵隊長は袈裟に一合と打ち合わずに両断された。


「たいちょぉぉぉぉ!!ぁぁぁッギャぁ!?」


最後の一人は二の太刀で下から切り上げて腹を半ばまで切り裂いた。


円状に囲んでいた手練れの傭兵たちはテクナイに初めの二人を塵殺されてから一刻と立たずに全滅させられた。傭兵隊長の周囲を固めていた特に煌びやかな羽飾りが特徴的な十人ほどの部隊は最後まで組織的に行動していたがテクナイの前には何の意味もなさなかった。


「セキウ!だいじょうぶ?」


「ありがとうございます。大丈夫ですよ。間も無く陣地です。私にしっかり、しっかり、しっかりと捕まっていてくださいね。」


「う、うん。わかった。」


「いい子ですね。では参りますッ。」


精神不安定でカタコト気味のテトラはテクナイに絶対振り落とされてなるかとしがみついていたが、最小限の動きで無双するテクナイがテトラを振り落としてしまうような無様は晒すわけがなかった。あとしっかりとが些か多かった気がするが気のせいだろうか?


テクナイはテトラを力強く抱き直すと疾駆を再開した。

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