第三話 宮廷府の一日 後編

第三話 宮廷府の一日 後編



「陛下の御裁可が降った。陛下が近衛軍の派兵のみならず禁衛軍が最精鋭五千騎の派兵をお許しになられた。陛下の勅許であるから我輩に異論はない。」


赤い角と明るい焦茶の髪色と同じ色の髭面の精悍な顔、赤い鱗の尻尾、浅黒い肌と赤い鱗に覆われた引き締まった肉体を持つ肩幅の広い龍人(ノブレンシア)がうむうむと頷きながら議場の一同に向けて事の次第を言い渡した。


彼こそが近衛省総監のハミルカス・バアルその人である。人口が少ない竜人族(ドラゴニア)の中の更に一握りのみが到達出来るとされる貴種:龍人(ノブレンシア)であり、その中でも権威の高い火の龍人(ノブレンシア)である。


ユリアナに要請を受けた彼は近衛軍の派兵、そして一応禁衛軍の派兵について皇帝に上奏した。人間国家の身分制度で言えば上級貴族に相当する公種の臣民位をもつ者に許された上奏権、公種のみが生まれつき持つ皇帝との私的な謁見が許される御謁権の二つを行使して、ハミルカスは現状と近衛軍の派兵の必要性、禁衛軍派兵の要請があったことを包み隠さず説明した。


常ならばユリアナが決して許さないであろう話の内容だったが皇帝はあっさりとそれらに勅許を与えた。


般若が背後に幻視できるユリアナは怒り心頭なのに対してハミルカスの表情はしたり顔である。というのもハミルカスはユリアナと険悪な訳ではないが、皇帝権を尊崇する立場ゆえに皇帝に対して事実を知らせなかったりすることは不忠な行為であると考えている。そのため、ユリアナの外交と軍務に係る対外不安に対する徹底した情報統制に関しては批判的である。今回の件は皇帝が世情に理解を示し、自分の意思で勅許をだした珍しい一件であった。


ユリアナの不満とは別に、ハミルカスは主君の主君たる姿を拝謁して嬉しく思っていた。


「あぁ、そうだ。禁衛軍は来月に西方に向けて出立する。再来月には入営と諸々の配備を済ませるだろう。あと、今回は我輩の長女、五騎次席の竜騎大将軍が軍権を頂戴した。以上である。」


言うだけ言ってハミルカスは議場を後にした。


「………陛下が許されたのだ。私も異論はない。」


拗ねたようにユリアナが言うと暫くしてから今度こそ解散となった。来春に向けた配備計画会議は明日へと延期された。





午前一時となった。ユリアナと数名の執政省高級官僚は今度は財務省の会議場で、神経質な官吏の多い財務官僚たちと卓を囲んでいた。


状況を簡単に説明すると、苦虫を噛み潰したような顔の執政省グループが不満タラタラの財務官僚たちの話を聞いていると言う状況だ。



「うんうんうん。わかるよ。君たちの言いたいことはよーくわかっているとも。要するにあれだろう?我が愛しの陛下の富を少しでいいから西に回せと言うのだろう?うーん。わかってるよ。理解できるさ!しかしだねぇ…これは少し違うと思うんだ。物資の備蓄はまだあるのだろう?今年の残存分がまだこんなにあるじゃないか!これはつまりさ、来年度までにこれだけの量を放出品として捌く必要があるってこと、そんでもって去年の予算が明らかに過分だったと言うことだよ?だってそうだろう!今年度の初めの予算案ではイスパナス公国財務庁によると魔導電工公社の売上純利益だけで約1300億6000万トラストの収入があった。このうち公都ザマスと件のフラーテル・コリントスだけで500億5000万トラスト稼いでる。まぁ、それは良いさ、帝国は税制が金納じゃなくて魔力納税制だからね。財政はどこを見たって頗る健全さ!人間とか言う猿どもの国みたいに火の車なんてどこにもない!貧富の差で苦しむ民は我が国には存在できないよ!」


「…だけど、だよ。僕が疑問に思うのは、臨時で増築するフラーテル・コリントスの為に従来通り全額国庫負担にすることなんだ。国庫は何か理解しているかい?ついこの前、戴冠式での大放出なら仕方ないと思えるよ。消費を呼び起こすことは陛下の御威光を高める意味でも重要だと思ったからね。けど、実際の数値に起こしてイスパナスの十大主要都市各兵営に残ってる120億トラスト相当の余剰軍需物資を全て買い上げたとして、それを販路に流すのだって僕達なんだよ??その上、勅許があるからって450億トラストも使ってフラーテル・コリントスを補強したのだって僕たちだよ?少なくとも一週間は業務を全部要塞補強費諸々の会計監査に使ったんだからね!」


怒涛の勢いで捲し立てられる不満の数々。彼の身振り手振りがついた高説に周囲の財務官たちは頻りに頷いている。


「わかったわかった!お前たちの言い分はわかった!だが!今回だけは押して出してくれ。」


「むむむ。そこまで言うなら…まぁ、仕方なしか。はぁ〜…愛しの陛下…どうか弱い僕を許してください…。」


さっきまで噴火するみたいに捲し立てていた、今は手を擦り合わせて拝んでいる美青年こそが、墾窟族(ドワーフ)の中でも経済に滅法強い金の氏族出身の財務総監ゴルド・ドワイテラ・ロートシルトである。さらさらの金髪に青い目、不健康なほど白い肌でいかにもな美青年なんだが、その性格は兎に角神経質でねちっこい。特に金のこととなると頗るしつこい。身長は墾窟族(ドワーフ)の中でも長身で160センチほどである。


ユリアナがゴルドの文句を聞いてまで引き出したい予算は正確には正規の予算ではない。臨時の予算であり、簡単に言うと今回の禁衛軍指揮官に指名された竜騎大将軍のための予算である。とにかく派手な戦い方をするこの将軍はものすごく簡単に言うと登山と遠征が好きすぎる予算超過魔なのである。また、この将軍の困ったところは誰よりも金がかかるのに、かけた金以上に、というか異常に戦争に強いのだ。故に、どうせ今回も派手な戦い方をするであろう彼女のためにわざわざ追加予算を前もって申し込んでいるのだ。


竜騎大将軍とユリアナの関係は要約すると皇帝の義姉と義母の関係である。まだ六歳の皇帝はしかし、二人を含めて複数の妃がいる。余談だが、妃の大半は軍武官であり、護衛の役割も求められるという。


話を戻そう。


なんとかゴルドから臨時予算を引き出すことに成功したユリアナ。


一段落した執政省と財務省の面々は、今度こそ本題である来年度の予算の話を始めた。


「それじゃ、気を取り直して来年の予算を決めなきゃね。そんじゃ、モルガン君よろしく。」


「あ、ハイでございます。それでは、はい。皆さまお手元の資料をご参照ください。はい。」


ゴルドに促されて財務尚書令ゲイリー・モルガンに進行が変わった。彼はゴルドよりも背が低い。口癖で「ええ」とか「はい」を頻りに挟む喋り方をする。出身は墾窟族(ドワーフ)の銀の氏族で土色の髪を持つ。マキツル式の丸メガネが似合う中年である。


「一枚目の資料をご覧ください。えぇ。こちらは今年度末までの年間歳入です。はい。今年は戴冠式が御座いましたので年末にかけて大いに消費が刺激されましてございます。えぇ。お陰様で私どもの公社の売上もかなり伸びてございます。はい。具体的な金額としましては、魔力素の納税量が歴代最高記録を更新しましたです。はい。前年度の魔導発電量は1750万MG(マジックガロン)でしたが、今年は魔導発電量1850万MG(マジックガロン)に到達しましたです。はい。これは帝国の最初年度の歳入の約十倍でございます。すごいことです。はい。続きまして、概算ですはい。1MG(マジックガロン)あたり100万トラストですので。えぇ。国家予算は約18兆5000億トラストに登りました。たいして、歳出は約16兆9000億トラストに抑えることができましたです。はい。ですので、繰り越し予算は1兆6000億トラスト也です。はい。」


繰り越しの予算があるんじゃないか。執政省の面々はジト目で財務官僚たちをみたが、向かいの財務省の面々はどんなもんだと胸を張っていてまともに取り合っていない。


モルガンの話は続く。


「続いてニ枚目の資料をご覧ください。はい。こちらは財務省がまとめた公社の歳入と歳出です。はい。ご覧になるとお分かりかと思いますが、黒字で占められております。」


財政状況と題されたその資料に目を落とすと、出るわ出る。黒字と繰り越し予算がたっぷりあるではないか。国庫がどうのとゴルドは喚いていたがユリアナからすれば自国の財政状況が安泰であることに納得と嬉しさを感じるとともに、ゴルドの不満は全く当てにならないと感じていた。いや、後半に行っていた健全すぎる財政というのは言い得て妙である。使う時も派手だが、後宮は作らないし軍武官や文官は忠義や誇りのために働くから金儲けに無頓着だ。汚職は人間のスパイや人間種から登用した官僚がたまに仕出かすくらいである。そんなこんなで使わない予算が繰り越されて膨れ上がっていた。


結局、その後は従来通りの予算案が通された。


午後に皇帝の御前での総監と執政官達による協議で禁衛軍竜騎大将軍への追加予算が可決される以外は例年通りの予算案で纏められた。


予定通り。午後五時に終業のチャイムが鳴り、宮廷府の一日は終わった。



ー財政状況ー


○MG税歳入…約1850万MG=約18兆5000億トラスト

(1MG=100万トラスト)


○MG税歳出…約1600万MG=約16兆9000億トラスト


○繰り越し金…約1兆6000億トラスト


・国営商業資本


○歳入…9400億トラスト

東:シンイ公国支社…約2200億トラスト(淝泳財務庁調べ)

西:イスパナス公国支社…約2200億9000万トラスト(ザマス財務庁調べ)

南:マケドナ公国支社…約3100億1000万トラスト(アレキサンドール財務庁調べ)

北:ソヴィア公国支社…約1900億トラスト(モスカウ財務庁調べ)



○歳出…5000億トラスト

東:シンイ公国支社…1300億2000万トラスト(淝泳財務庁調べ)

西:イスパナス公国支社…900億3000万トラスト(ザマス財務庁調べ)

南:マケドナ公国支社…2100億1000万トラスト(アレキサンドール財務庁調べ)

北:ソヴィア公国支社…700億4000万トラスト(モスカウ財務庁調べ)


○純利益…約4400億トラスト



*本年度の備蓄予算・繰り越し総計…約2兆400億トラスト

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