大晦日

星彩 涼

大晦日

 私の父はテレビで引っ張りだこの超売れっ子芸人だ。去年の年末の大型漫才コンテストで優勝したことを機に一気にテレビへの露出が増え、父をテレビで見ない日はない程であった。そんな父は大晦日である今日も生放送特番で家にはいなかった。19時から放送される特番に最初から最後まで出るのだという。私はテレビで活躍する父を誇らしく思っていたし、友達から羨望の念を抱かれる事に良い気になっていた部分もあった。しかし、この世のなによりも家族の時間を大切にしていた父と家族の誕生日やクリスマスに一緒の時間を過ごせなくなっていたのには一抹の寂しさを覚えていた。

 19時が近づいてきた頃、私は母と食卓を囲んでいた。今年も感染症のせいで家族だけでの年越しとなっていた。父が予約していたオードブル、母特性の筑前煮、父が先輩芸人から貰ってきた大根の入った味噌汁など、メニューは去年より少し豪華になっていた。感染症が流行る前までは父の実家で親戚が一堂に会し、紅白を見ながら年越し蕎麦を食べるのが当たり前だった。そんな事を母と話していると特番が始まった。数百という芸人が出演するという中、父はオープニングで優勝を決めた時のネタを披露するという番組のスタートを担う大役であった。私はこのネタが一番好きであった。父が私の子育ての思い出から作ったネタで、私たち家族にとっても大切な一本となっていた。そのネタで父たちが優勝した時は、紙吹雪の中で相方と抱き合う父が映ったテレビの前で母と抱き合って泣いて喜んだ。


 あれから番組は進み22時を過ぎた。父はオープニングでネタを披露したあとも番組内の企画で出ずっぱりだった。私と母は紅白で好きな歌手の番が回ってくる度にチャンネルを行ったり来たりしながら年越し蕎麦を食べていた。父の分の夕飯と蕎麦は冷蔵庫にラップで保存されていた。父はテレビの向こうでベテラン芸人とアツアツの蕎麦を食べさせられるリアクション芸をしていた。面白かったけれど、悲しかった。年の瀬くらい“父親”と一緒に過ごしたかった。この一年ずっと私が抱えてきた“芸人である父”を誇らしく思う気持ちと“父親と娘”の時間を過ごしたかったというジレンマが、年越しまで二時間を切ったところではっきりと私の中に浮かび上がっていた。一度出てきたこの願望は、心にずしんと乗っかかり、それに合わせて私の気持ちも沈んでいった。


 母との会話も尽きてきた頃、特番はエンディングを迎えていた。時間は23時を回っていた。テレビ局から家まで一時間近くかかるということを思い出してまた私の気持ちは沈んだ。全ての出演者が一つの画面の中でがちゃがちゃにはしゃいでいる中、父はMCから多忙だった一年についてコメントを求められていた。先ほどのリアクション芸から時間が無かったせいか父の格好はよれよれになっていた。コメントは他の番組でも聞いた事のあるような他愛も無いものであったけれど、最後に付け加えた

『この後は娘と年を越したいと思います!』

 という言葉が私の心にずしんと乗っかっていたものを少しだけ軽くした。


 特番が終わってからはそわそわと落ち着かず、しきりに時計を確認し続けていると年越しまで五分を切っていた。父はまだ帰ってきていなかった。かち。かち。かち。という時計の秒針の音だけが無常に響いていた。



 かち。かち。かち。。。あと三分。





 かち。かち。かち。。。あと二分。

















 かち。かち。。。。






 










 ガチャン!

「はぁ、、、はぁ、、、。ただいま!!」

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大晦日 星彩 涼 @ochappa

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