第364話、持てる男がモテる男になったら


 黄金郷は泡と消えた。


 討伐軍兵士、傭兵たちの必死の捜索も成果なく終わり、遠征してきた軍も王都へ帰還することになった。


 俺たちリベルタも、王都カルムへ帰る。


「今回の勝利は、間違いなく貴殿らの活躍あってのことだ」


 マルテディ侯爵は、賞賛を惜しまなかった。


「全兵士を代表して、改めて礼を言おう。ありがとう、ヴィゴ殿」

「いえ……」


 そう改まられると、照れてしまう。マルテディ侯爵は続けた。


「我が家としても、貴殿には大いに助けられた。私にできることがあれば、言ってくれ。力になろう」

「ありがとうございます」

「それで――ここからは個人的な話なのだが」


 侯爵が急に真顔になった。……何かヘマでもしたかな? 心配になる。


「貴殿の異性との関係について、口出しするのは野暮だとは思うのだが……」


 ……嫌な予感がした。


「うちの娘、ヴィオを嫁にもらってはくれないか?」


 ああ、来たよ。お父さん公認、を通り超して、侯爵家のほうから縁談を持ちかけられた。何せ俺は、真魔剣持ちで神聖剣持ちの神聖騎士だもんね。……参ったな。


「大変、光栄なお言葉ですが――」

「ああ、娘も貴殿のことを好いておる。私も個人的に、貴殿ならばあれをやってもよいと思っている」


 そう真顔で言われると……。まあ、お父さんだもんね。娘の将来が気になってしょうがないのはわからないでもない。


 だからこそ、言いづらいんだけど。


「この国では複婚が認められています」


 一夫多妻、一妻多夫も問題ないとされている。もちろん、一夫一婦が習慣というところもあるので、相手には注意しなくてはならないのだが。


「それで、その……。私には、すでに相手がいまして――」


 お貴族様、それも上級貴族である侯爵閣下の申し出に、逆らうようなことを言うのは、場合によっては命にかかわる。いくら神聖騎士でも言っていいことと駄目なことはあるのだ。


「この国では複婚が認められている」


 マルテディ侯爵は当たり前のように言った。


「貴殿がドゥエーリ族の娘たちと婚約した話は、私の耳にも届いているよ。討伐軍の間で、瞬く間に話題になったからな」


 知らないはずがない。……言われてみれば、そうかもしれない。ドゥエーリ族の皆様が、俺とルカとシィラのことを聞いて、勝ち鬨のような声を上げていた。そう考えると、そりゃ周りにも伝播するか。


「その上で、娘にも確認した。だから私は、貴殿にこの話をしているのだ。繰り返すが、この国では複婚が認められている」


 ヴィオはもちろん、マルテディ侯爵も公認というわけだ。


「ならば、問題ない。聞けば、貴殿とヴィオの関係も満更ではないらしいじゃないか。それにこれは貴殿にとっても悪い話ではない」


 侯爵家の身内になるから?


「王都に戻れば、貴殿のもとには貴族などから縁談が山のように飛び込むことになる。今や貴殿以上の男はこの国にいない。ルカ君とシィラ君と婚約したからといって、遠慮する奴らではあるまい。中には、戦闘民族の娘よりも貴族の娘を――などと、無礼極まりないことを口にする愚か者も出てくる」


「それは……許せませんね」


 俺のことをどうこう言われるのはともかく、ルカやシィラを悪く言われるのは我慢ならない。


「そういうことだ。だが私の家はそれはない。ルカ君もシィラ君も立派な戦士、英雄の仲間としてふさわしく、また素晴らしい女性だ」


 マルテディ侯爵は虚空を睨んだ。


「貴殿が侯爵家の娘と婚約しておけば、少なくとも貴族たちも侮った発言をする者も減るだろう。君やその妻たちへの無礼な発言は、我が侯爵家にも喧嘩を売ることになるからな」


 悪い話ではないというのはそういうことか。でもそれは、俺がマルテディ侯爵と懇意にしているというアピールになる。つまり、派閥争いとなれば、俺は侯爵側の人間ということになるわけだ。……政治や貴族の間のそういうのに巻き込まれるのは嫌だなぁ。


 とはいえ、侯爵家の後ろ盾がつくということでもあるから、マルテディ侯爵の言うとおり、自陣に引き入れようと娘を差し出してくる貴族や有力者に対する牽制になる。


 侯爵家と関係のよくない勢力からは、婚約の話は来なくなる――それは、俺がお断りに気をつかう相手が減ることにも繋がる。……その点は、悪くない。


 王都カルムに戻れば、婚約の申し出が殺到する? そんな馬鹿な。これまでモテなかった俺に限ってそんな――とも思うのだが、貴族や有力者の政略結婚ってのは、出される娘たちの意思など関係なく親の都合で出されると聞く。


 その点、ヴィオは俺に好意を抱いてくれているし、俺も彼女のことは好意的に見ている。無理矢理婚約させられている、とか言うなら彼女の意思を汲むところだけど、そうじゃないんだよな。


 ……少なくとも、ここで侯爵の話を断れば、王都に戻った後、貴族はそれこそ遠慮なしに向かってくるだろうし、その全部に顔を合わせてお断りせねばなるまい。それ自体はともかく、それで貴族から反感や敵意を買ったり、ルカとシィラや仲間たちに何らかの圧力をかけられたり、危害を加えられたりするのはよろしくない。どこにでも行儀の悪い奴はいるものだから。


 でも、ルカとシィラに、ヴィオを迎える件について相談をしておくべき――いや、必要ないか。


 決戦の前夜。彼女たち3人は俺のベッドにきて、そして互いに険悪になることもなく、一緒に一晩過ごすという選択をとった。彼女たちは俺のことをどう思っているのか、すでに承知だし、認め合っているようだった。


 そもそも、ドゥエーリ族的に、強い人が複数の異性と結ばれることは当たり前。ルカとシィラは父は同じでも母は違う。つまり複婚家庭が普通という環境で育っているのだ。


 むしろ俺が、こうやってウダウダ考えていることのほうが、らしくないと睨まれそうだ。……覚悟を決めよう。


「わかりました。ヴィオがそれでよいというのであれば、お受けします」


 あくまで、彼女の気持ち優先だ。もし嫌だというなら、そう言ってほしい。


「おおっ、そうか。ありがとう、ヴィゴ殿。どうか、娘をよろしくお願いする!」


 マルテディ侯爵は背筋を伸ばすと、頭を下げた。いやいや侯爵閣下がそんな……。誠実さを感じさせるが、こちらは恐縮してしまう。こっちは平民なんですが、いいんですか、侯爵様!


 ヴィオと結ばれたら、この人、お義父さんになるんだよな……。いいのかな、これ。


 それにしても、何とも皮肉なものだ。


 振り返れば、全然モテなかった俺が、貴族から娘を嫁にもらってくれとお願いされるされる立場になるとは。


 Sランク冒険者になればモテる――とは言われていたけどさ。これもそうなんだけど、政略結婚で、俺のことを好きでもない人間から、というのはさすがに俺だってお断りしたい。


 ヴィオの場合は自由恋愛が先で、政略結婚っぽくなったのは、オマケみたいなものだからいいけどさ。シャインにいた頃みたいに、仲間内のギスギスは勘弁なんだよな。


 ギスギスで思い出した。そういえば昔、ルカが、新しく仲間をパーティーに加えた時、一言欲しかったとか言っていたのを思い出した。


 ……あれ、これはマズかったか?

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