第362話、さして遠くない未来の話


 アラクネとなったセラータを、元に戻す方法。


 女性の下半身を手に入れて繋げる、と、ドラゴンオーブに魔力を代価に願う、の二つの案があった。


 前者案は、人の下半身なんか手に入るか! と、ほぼ没になりかけたのだが、ハクが再現して作れるということなので、まさかの可能ということになった。ペルドルが結合処置を行うが、その補助として、後者案であるドラゴンオーブを使うことで成功率を高める、という風に決まった。


 仲間たちに相談し、さらにはセラータとも話し合った結果、合意を得たので、アラクネから人間に戻る手術が行われることになった。


 場所は、妖精の籠の中のセカンドハウス近く。ここなら野次馬も来ないし、間違っても魔物が現れるということもない。処置は非常にデリケートだから、邪魔になる要素は極力排除が望ましい。


 そんなわけで、セラータが戻るまで、俺たちは外で時間を潰していた。そばにいても役に立てないし、そもそもセラータの体が上下に真っ二つになるところは、できれば遠慮したい……。


 俺たちは荒れ果てた領主町の残骸を見やり、時間を潰す。シィラは、カイジン師匠と武器の修行をしている。頑張るねぇ……。


「このラーメ領ってどうなるんだろう?」


 俺は、隣で同じように景色を眺めているヴィオに聞いた。マルテディ侯爵のもとに戻ってもいいはずなのだが、彼女は相変わらずリベルタと行動を共にしている。


「ラーメ侯爵とその一族も、全滅しちゃったらしいからね」

「親族も? この領以外にいなかったのか?」

「僕もよくは知らないけど、最初の討伐軍に、侯爵の兄弟もいたみたいで、そこで全滅したみたい」


 ヴィオも第一次討伐軍に参加し、ルースの魔道具によって捕虜になったことで助かったが、それ以外はほぼ生きて帰れなかった。


 なるほど、侯爵領を引き継げる地位にある親族も、奪回かなわず戦死か。


「こうなると、誰か別の貴族が、新しい領主になるってことかな」

「まあ、そうなると思うよ」


 ちら、と俺を見るヴィオである。


「何?」

「別に」


 ブンブンと首を横に振るヴィオ。意味深だなぁ。


「ま、誰が新しい領主になるか知らんが、大変だな」

「そうかな? ……あ、一から復興させないといけないから?」


 ヴィオが小首を傾げた。


 町もないし、人もいない。全て立て直さないといけないわけで、やることも大変。何より、黄金の町が残っていれば、それをお金にして復興費用にもできただろうけど、それもないわけで。


「それもあるけど、ここって、大悪魔がいるじゃん」


 マニモンとかいう黄金狂いが。そんな大悪魔がご近所さんでいる領地は大変だなぁ、と。まあ、関係しなきゃどうとでもなるのは、前のラーメ侯爵が上手く治めていたのを見ればわかるけど。


「そうだね、大変だ」


 ヴィオは同意したが、どこか気の抜けた感じがした。たぶん意識していたのはそこじゃない、と感じ取れるような。


「何かあったか?」

「え? 何?」


 ヴィオがキョトンとした。


「うわの空っぽい。侯爵閣下に何か言われたのか?」

「ううーん、まあ、言われたといえば、言われたかな」

「それって俺が聞いても大丈夫な話? それとも家族の話だから立ち入らないほうがいい?」


 悩みがあるなら話は聞くよ? 俺が視線を向ければ、ヴィオは落ち着かないという風に目を泳がせた。心なしか、モジモジしているようにも見える。


「まあ、色々あるんだよ」

「色々?」

「ヴィゴってさ……。王都に戻ったらどうなるか考えたことある?」


 神妙な調子で切り込んでくるヴィオである。なに、将来の話?


「さあ、どうだろ。冒険者以外のことは、何も考えてなかったなー」


 Sランクの冒険者で、これ以上の上のランクはない。真魔剣と神聖剣持ちの神聖騎士……。ああ、そうか。いちおう俺は王国の上級騎士なのか。部下とか持って城務めなんてパターンもあるのか?


「まさか、騎士団とか」

「え?」


 思わず出た呟きに、ヴィオは目を丸くした。あー、いや何でもない。……しかし、そういえば王国の有力騎士団であるセイム騎士団は壊滅し、団長のレオルも戦死した。王国としても、新たな騎士団を編成するというのは自然な流れではある。


「ヴィゴはさ、今回のラーメ領解放の立役者なわけじゃない?」


 ヴィオが上目遣いの視線を寄越してくる。


「王都に戻ったら、きっと国王陛下からお褒めの言葉をいただくことになるよ。あと、報酬もね」

「立役者っていうか、討伐軍全員で取り返したものだぞ」

「ヴィゴ、君はそういうけどね。汚染精霊を倒し、汚染精霊樹を倒し、魔王の娘を倒し、カパルビヨ城攻略の突破口を開き、その後の暴食を倒した。これ全部、君だよね?」

「……」

「君がいなかったら、第二次討伐軍はどうなっていたと思う?」

「あんまり考えたくないな」


 でも、俺ひとりでやったわけでもない。リベルタの仲間たちがいて、討伐軍がいて、勝った戦いだ。俺だけでラーメ領を解放したわけじゃない。


「だよね? もうこれは、王国はヴィゴの功績を讃えて、お城を建てたり、領地を与えるくらいしないと駄目なくらいの活躍だったの」

「城、領地……?」


 いらねぇ。領主になれってか? そりゃ中には騎士や貴族になるのを目標に、冒険者として成り上がるって奴もいるだろうけど。あいにく俺は、Sランク冒険者に憧れて冒険者をやっていた人間で、お貴族様とか領地には興味がないんだ。


「だからさ、そういうことも考えたほうがいいよ、って話」


 ヴィオは、珍しくお姉さんぶった言い方をした。そこはさすが侯爵令嬢というところか。


「ヴィゴさん」


 唐突に、ルカの声がした。妖精の籠から、処置を受けているセラータの近くで待機していたルカが出てきた。


「終わったのか?」

「はい」


 ルカは笑顔になった。


「処置は成功です。セラータさん、人間の体に戻りました!」

「よしっ!」


 やったぜ! よかったなぁ……。


「それでセラータは?」

「いま、リハビリ中です。たぶん問題ないと思いますけど、アラクネだった頃の感覚があるみたいで」


 そうか。……大事にならないといいけどな。

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