第350話、執念のウルラ


 化け物と化した汚染精霊と戦っている場に、再びルースが現れた。


 その姿は、いよいよ悪魔の仲間入りを果たしたような翼を羽ばたかせて。


「しつこい奴だ。何度蘇るんだよ、お前は!」

『残念だったね』


 うん、その声……? ルースじゃない。


『ああ、そうか。これはルースの体だもんね、ごめんごめん』


 そう詫びるルースの体に変化が現れる。金髪が黒髪に変わり、さらに伸びた。その顔つきも、女顔にかわる。


「ウルラ……?」

『正解!』


 女体化ルース――もとい、その中身は、魔王の娘ウルラ。


「お前もさっき骨まで溶かしたはずなんだが……?」


 あれで生きているとか冗談だろう? いや、何でルースの体に彼女が?


『うん、ボクも死にかけたよ』


 そう言うと、ルースの姿をしたウルラは、自身の胸もとを指した。


『ここにね、ボクの一部を移植してあったんだ。いわゆる魔王の欠片っていうんだけどね』

「……!?」

「ルースに力を与えるつもりで、ボクの欠片を埋め込んだんだけど、まさかそれがボクを救うことになるとは思わなかった」


 楽しそうに語っていたウルラの表情が、一気に消えた。


『おかげで、今度こそルースは、完全に消えてしまったよ。ぜんぶ、キミのせいだ。ヴィゴ!』


 その瞬間、ウルラは翼をひとかき、俺に肉薄した。


『許さないっ!』


 速い! 俺の体は吹っ飛んだ。斬られた! いやDSCアーマーのおかげで斬れてない。だが、いてぇ! 衝撃に目が回る。


『硬い鎧だね。いいよ、斬れないなら骨を全部砕いて、内臓をやるから』


 ウルラがまたも飛んできた。やべぇ、体が痺れて、動けない……。


『――ちっ!?』


 そのウルラが俺の視界から消えた。氷の塊が通過する。


 誰かが援護してくれた。アウラ……は、汚染精霊と戦っているはず。起き上がるついでに見れば、ルカだった。


「ヴィゴさんを、やらせません!」


 氷竜剣ラヴィーナを構えて、集中するルカ。そして放たれる氷の散弾。無数の氷つぶてが迫り、ウルラは大きく回避を強いられた。


『本当にしつこい人間たちだ。弱い人間に本気を出すなんて大人げないけれど、次からは殺すかな』

「その人間に一度負けてるんじゃないか!」


 俺は神聖剣を振るう。光刃を飛ばすが、ウルラは空中で瞬間移動するように躱した。


『うん、キミは別だよ、ヴィゴ。何といっても神聖剣と魔剣の勇者だからね。でも他の人間は、はっきり言って雑魚だ』

「その雑魚に邪魔されているなら世話ないな!」


 シィラが復帰して、風竜槍タルナードから風の刃を連続して放った。その見えない乱撃を、ウルラは躱す、躱す、躱す!


「これを全部見切るのか?」

『雑魚は引っ込むんだね!』


 ウルラが闇色の衝撃波を放った。とっさに、ルカが前に出て魔法盾で攻撃を受け止めたが、それでも二人を吹き飛ばした。


 やったな――!


 俺はダッシュブーツの加速で、ウルラに肉薄する。そのガラ空きの胴体に真魔剣を直接叩き込む! 


 左手の真魔剣を、右から左へ横の一閃。ウルラの右手の武器に弾かれるかもしれないからと、相手の左を狙った一撃。ぶっ飛べ6万4000トン!


「!?」


 俺の斬撃はしかし、ウルラの左手によって止められた! 嘘だろ!?


『忘れたかい? ルースの左手は特別製なんだよ?』


 こちらのインフェルノブラストを飲み込んだ左手の穴。それが真魔剣を掴んでいる。


『グラトニーハンド! 魔剣を喰らえ!』

『おおっ!?』

「ダイ様!?」


 真魔剣を喰うのか、この左手!? くそっ! それはまずいぞ!


 右手の神聖剣を――ウルラも右手の魔剣で防ぐ。やばい! このままだとダークインフェルノが……!


「ヴィゴー!」


 ヴィオの声がした。


「ヴィゴから離れろーっ!」


 聖剣スカーレットハートを振るうヴィオの一刀が、ウルラに迫った。彼女の持つ聖剣は悪魔とて致命傷を与えかねない威力! さすがのウルラも回避のために手を放した。


 攻撃は空振ったが、おかげで助かった。


「ありがとう、ヴィオ! ……ダイ様、大丈夫か!?」

『やられた! エクリクシスとダープルの能力を削られた!』


 ダイ様が声を張り上げた。真魔剣から力を吸い取ったのか? グラトニーハンド……恐るべし。


『ちょっと修復する』

「おう、休んでな」


 鞘に真魔剣を戻す。神聖剣一本で、ウルラに向かう。ヴィオがウルラの猛攻にさらされている。そこに割って入る!


『今度はその聖剣を喰らってやる!』


 グラトニーハンドがよほど気に入ったのか、ウルラが剣の合間を縫って、左腕を伸ばしてくる。


 おいおい、手に力があるのは、お前だけじゃないぞ! 伸ばした腕を横から掴む、持つ!


『んん!?』

「そんな慣れない攻撃で大振りして」


 しかも聖剣を狙ってさぁ、見え見えなんだよ! 持てるスキルでグイっ、と相手の腕を引き寄せて、一回転。フル装備のルースの体――ウルラを床に叩きつける。背中の羽根を巻き込み、不自然な付き方をしたか、ウルラが悲鳴を上げた。


 素早く起き上がり、苦痛にのたうつウルラに神聖剣の一撃を叩き込む。


 悪魔の左腕が飛んだ。とっさに庇ったのだ。だがそれでグラトニーハンドは使えないぞ。


『うぅ、ヴィゴ!』

「隙あり!」


 ヴィオのスカーレットハートが、ウルラの背中の羽根を切り落とした。ぎゃっ、と魔王の娘は声を上げた。


『くそっ! くそぉ、くそっ……!』


 ウルラは右手の魔剣を振り回して、俺たちから離れようとする。しかし翼と左腕を失い、その動きはもたついている。


『こんな、ところで――!』


 ウルラが俺めがけて魔剣を投げてきた。素早く神聖剣でガード、そして弾く。武器を手放していいのか?


 だがその僅かな間に、ウルラは右手に何かを持っていた。そしてそれを口の中に入れた。


「なんだ……?」


 何を口に放り込んだ? 困惑する俺に、ウルラは壮絶な笑みを浮かべる。


『まさか、キミたちがここまでやるとはね。でも、ボクは負けない。マニモンから、父がもらうはずだった完全なる力を、取り込んだのだからねェ!」

「完全なる力……?」

『はははっ! そうだよ! かつての魔王の、ううん、それを上回る力さ! 完全なる魔王にボクはなるんだよ! ははははっ!』


 魔王、だと……!? 魔王の娘が、本当の魔王に――


『あーあー、もしもし、ウルラ?』


 雰囲気ぶち壊しの気の抜けた女の声が、突然聞こえた。この声は、大悪魔マニモン?


『残念だけれど、アナタ、魔王にはなれないわよ?』

『へ……?』


 ウルラの笑みが固まった。

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