第135話、麻痺毒
フェアリーリングを通って、妖精の籠から脱出した俺たち。
場所はクーラの森で、もしかしたらエルフたちの集落かなと思って見てみれば、周りにはツリーハウスがあった。
スソーラの言っていた通り、仲間たちはエルフの集落に案内されたようだった。……はずなのだが。
「何だ?」
違和感――というか、エルフが倒れている。って、ルカ! ディー! マルモ! リベルタのメンバーも倒れているじゃないか。その近くでは、心配げにゴムが様子を見ている。
「ヴィ、ヴィゴ、様……!」
「イラ!」
横たわっているイラに駆け寄る。シィラはルカへと走り、アウラも「いったい何事?」と周囲を警戒する。
「何があった?」
「麻痺毒、が……」
イラが苦しそうに眉をひそめる。
「村に、麻痺毒が流し込まれて……皆、動けなく――」
「ニニヤ! 麻痺解除の魔法!」
「はっ、はい!」
ニニヤが早速、治癒魔法を使う。魔術師であるニニヤだが、プリーステスの母を持つ彼女は回復系魔法も使いこなす。
「ヴィゴ! 誰か来るわ!」
アウラが警告した時、視界にそれが入った。武装した赤鱗のリザードマンと、人間の戦士。
「なっ!? なんで、こいつらマヒしてねえ!?」
その戦士は、俺たちを見て驚くと、合図とおぼしき口笛を吹いた。
・ ・ ・
「き……貴様ら……何も、の……」
スソーラは痺れて自由の利かない体を懸命に動かそうとするが、目の前にやってきた大男に蹴飛ばされた。
「何って、悪党? ゲハハ」
大男――傭兵団コルヴォのリーダー、デスタンは嘲笑った。
「どうだい、麻痺毒のお味はよ? お前らエルフは、オレたちの仕事の邪魔を散々してくれやがったからなァ。もういっそ滅ぼしてやろうと思ってきたわけよ!」
表向き傭兵団であるコルヴォは、盗賊であり、非合法な奴隷狩りや妖精密売などに手を染める犯罪組織でもあった。
「女と子供は商品だからな。檻にぶちこんでおけ!」
「ウィーす!」
部下たちが麻痺で動けないエルフの女性や子供を担ぎ上げて、馬車――ならぬ巨人が引く荷車の檻に放り込んでいく。
「くそ……人間、め……!」
「その麻痺はあと1時間くらい効くぜ」
デスタンは、スソーラを蹴ると、手隙の部下に合図した。
「お前らエルフの男どもは連れていかねえ。これまでの礼で皆殺しにしてやるぜ。だが、たっぷり地獄を見させてやるからよォ」
リザードマンや人間の戦士が、動けないエルフの男たちを広場に一角に集めて、無造作に積み上げていく。
「生きたまま丸焼きにしてやるから、森の獣にでも食われちまいな。ゲハハハ!」
デスタンが高笑いを響かせた時、集落に警告の口笛が聞こえた。
「ちっ、麻痺ってねえ奴がいたか」
・ ・ ・
突撃してきたリザードマンの戦士を魔剣で両断すると、人間の戦士は怯んだ。
だが口笛で呼ばれた連中が殺意を漲らせてやってきたので、こちらもさらに応戦せざるを得ない。
「いったいこいつらは何だ?」
「どうせろくでもない連中だろう!」
シィラが魔法槍タルナードで、突っ込んできた戦士を串刺しにした。
「大方、麻痺毒をバラまいた奴らではないのか?」
「そう考えるのが妥当でしょうね!」
アウラが球形の玉をいくつか
ニニヤは、倒れている仲間たちの麻痺を魔法で治療する。俺も右手に魔剣、左手に神聖剣で敵を切り倒す。
「ベスティアはどうした?」
「たぶん、広場にいるはずです!」
回復したマルモが答えた。何で広場にいるんだ?
「まあ、いいや。向かってくる奴を返り討ちにするぞ!」
ルカ、イラも復活し、戦列に加わる。いったいどれだけの敵が村に入り込んでいるんだ? リザードマンを倒し、広場へと向かえば――
「何だ、てめえら!?」
いかにも屈強な戦士といった大男が、がなり声を発した。
「やっちまえ!」
あいつがリーダーか? 何か近くにエルフの男たちが山積みになっていて……ベスティアが、ポツンと鎧飾りのように立ち尽くしている。ひょっとして指示待ちか?
視線を転ずる。村の入り口付近に、ジャイアントが2体。さらに荷車があってエルフが檻に閉じ込められている。
これで、こいつら悪党確定だな。一切の疑念も同情もなく、叩き潰す!
俺たちは、武器を手に駆けてくる悪党どもを返り討ちにしていく。
「ベスティア! 村入り口の巨人を排除しろ!」
『御意』
それまで置物だった黒い騎士甲冑が、突然動き出す。リーダーらしき男は、完全に飾りだと思っていたのか、ビクりとした。
ベスティアはジャイアントへ突っ込み、腕のブレードで一気に切り裂く。
近くにいた魔術師らしい男が、ベスティアに杖を向ける。だがイラが長銃で、ピンポイントに魔術師の頭を撃ち抜き即死させた。
たちまち悪党どもの数が減っていく。ルカやシィラの前衛組に比べても、その力量はだいぶ劣る。
俺も、敵リーダーへと迫れば、そいつは手に火球を発生させた。
「おっと、それ以上近づくと、このエルフどもが燃えちまうぞ!」
傍らに積み上げられたエルフたち。リーダーの大男はその火球を向ける。
「こいつらに油をぶっかけたからな。よく燃えるだろうぜぇ! 生きたまま丸焼きにしたくなけりゃ、お前ら武器を捨てて降伏しやがれ!」
人質策か! 倒れているエルフたちは、おそらく麻痺で動けないだろうから、生きているのは間違いない。そこに油を浴びせられて、火をつけられたらあっという間に炎上する。
神聖剣の魔法で撃つ? いやそれで、左手を向けたところで火球を放たれたらおしまいだ。くそっ――
俺は敵リーダーの2、3メートルのところで止まる。剣を振って届く位置ではない。だが奴の注意は引ける!
まず左手の神聖剣を手放す。そして右手の魔剣を持ち替えて、柄のほうを敵に向けてやる。
「ほら。降伏してやるから、剣を取れ」
「近づいたところで何かする気か? そいつをこっちへ投げな!」
大男は言った。俺は口元が緩みそうにになるのを抑えた。……いいのかい? こいつを投げて?
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