第101話、神殿最深部
生け贄の穴の底より、さらに一階層下があった。
緑色に輝くクリスタルの柱を照明代わりに、俺たちは室内を進む。
「でかい魔法陣だ」
「魔王を復活させるためのものかしら?」
アウラが首を捻る。昔話によれば邪悪なドワーフは魔王を蘇らせようとしたらしいからな。
見たところ、ところどころ線が途切れていて、完全な魔法陣ではないようだが……。
「これで正解なのか?」
「いえ、この状態では、魔力を流しても動かないでしょう。むしろ、この切れ目とか使用済みの跡のようにも見えるわ」
「魔王は復活したのか……?」
「しとらんだろ」
ダイ様が、ぬっと現れた。
「知っているのか、ダイ様?」
「いや、我はここの魔王のことは知らぬが、もしここで魔王が復活したのなら、ドワーフの昔話も内容に残るだろ。『邪悪な魔王は復活しましたー』とか何とか」
壁の文様を見ていたマルモに目を向ければ、聞いていたのか彼女は首を横に振った。
「だよな。復活していたら伝説にでも残ってそうだし」
結局、邪悪なドワーフたちは、魔王を復活させられなかった、と。
ふと魔法陣の奥の壁に、漆黒の全身甲冑がはめ込まれているのに気がついた。
まるで誰かが着込んでいるかのようで、一瞬、彫像かと思った。
高さは2メートルくらいか。かなり凝った意匠の鎧で、兜も鋭角的でスマートだ。純粋に格好良い。
マルモもやってきて、それを見上げた。
「熟練の業ですね。手間と時間がかかった代物のようです。……素材は、いったい何を使っているんだろう?」
俺は専門家じゃないからわからんないぜ。でも強いて言えば、ディーの右腕につけてる小手――ゴムの素材でできているそれに近いかもしれない。
「人間サイズみたいですけど、ヴィゴさん、これ着てみます?」
「どうだろ。俺よりサイズでかくね?」
というか、これ着れるのか? 鎧飾りなら外せば装備できそうだけど、装飾の一瞬なら取り外しできないだろうし。
「……もしかして、これゴーレムかな?」
「いやいや、こんなスマートなゴーレム、見たことないですよ」
マルモは笑った。確かに、この神殿で襲ってきたゴーレムは熊みたいにでかくて、ゴリゴリだったもんな。
俺は鎧に触れてみる。当たり前だけど、肌には金属の感触があった。触ったら動く、なんてこともない。……やっぱただの飾りかな。
「ヴィゴさーん!」
ルカが部屋の一角から手を振った。
「ここに扉があります。中は倉庫のようです」
「お宝か?」
俺たちはそちらに足を向けた。マルモの昔話にも、闇ドワーフが、財宝を貯め込んだとか言ってたような。
見てみると、そこには箱が複数あった。中身は――
「得体の知れない何かの素材……」
「ミスリルのインゴットです!」
「あ、金貨」
「こっちは魔石がいっぱいだわ」
色々出てきた。一部はお宝、後は研究などに使う素材みたいだった。
「武器もありますよ! ミスリル製に、他の魔法金属のものも!」
マルモが目を輝かせている。イラが奥に目をやった。
「なんでしょう、これ?」
「……うーん、ゴーレムかしら?」
四角い箱形の胴体、手足が2本ずつあるが、頭がない。だがそれよりも。
「このボディ、邪甲獣の装甲でできてね?」
独特の文様。石のようにも金属のようにも見えるそれは、邪甲獣の体に埋め込まれている装甲板と同じものだ。
アウラが唸る。
「泥や岩、鉄のゴーレムがあるんだもの。邪甲獣の装甲でゴーレムも、できるかは別として、そりゃ考えるわね」
「動かないようですけど」
イラが、邪甲獣ゴーレムに触るが、まるで反応なし。
「動いてほしくないわよ。これが動いたら、この装甲を貫く方法はわかっていないんだからね」
「アウラ師匠、この箱なんですけど」
ニニヤが呼んだ。何やら銀色の箱を指している。
「これ、開かないようですけど、何でしょうか?」
「……魔法で鍵がかけられているみたいね。何かすっごい貴重なものかも!」
解除、とアウラが魔法を使うと、銀の箱が開いて――
「いかん! 下がれっ!」
ダイ様が叫んだ。直後、箱から黒い塊が飛び出した。――魔王の欠片? 黒きモノ!?
慌ててニニヤと、塊が飛んできたイラが躱して、倉庫出口へと下がる。黒い塊は、邪甲獣の装甲のゴーレムに溶け込んで、巨大化した。
俺たちは倉庫を飛び出す。出入り口をぶち壊して、大型化した邪甲装甲ゴーレムが、のしのしと歩き出した。振り上げた拳が、近くにいたシィラを襲うが、彼女は素早く下がり攻撃を避けた。
「こいつは何だ?」
「魔王の欠片が、邪甲獣の装甲と融合したのだ!」
ダイ様が声を張り上げた。シィラが魔法槍タルナードで突いたが、当然のごとく装甲に弾かれた。
「冗談じゃないわ!」
アウラが声を荒らげた。ついさっき、攻撃が効かないって言ってたもんな。
「下がれ!」
俺は盾を置き、右手に魔剣、左手に聖剣を握った。つい癖で魔剣持っちゃったから、左手には聖剣だけど。
「いけるよな、ダイ様!?」
『我は問題ないが、聖剣が覚醒しておらんから、おそらく邪甲獣の装甲は抜けんぞ』
ダイ様の声は無情だった。
『普通に我でやつを叩き、関節を聖剣で斬り落とし、装甲ではない部分をやれ。それくらいならその聖剣でもできよう』
「助言どうも!」
いくぞ、この野郎! 巨大ゴーレム――といっても、ブラッド・グレイと同じくらい。魔人に比べたら、ぜんぜん小さい!
『ちなみに、46シーは、室内じゃ使えんぞ』
閉所で使うと周りを巻き込む自爆技になるらしい。そりゃまた、どうもっ!
ゴーレムの振り下ろされた巨腕を、魔剣で弾く。……くっそ、マジで関節以外は全部装甲だわ。まずは懐に潜り込んで膝裏……もらう!
すれ違いざまにゴーレムの膝関節を切断。足がはずれて、その巨体が傾いて転倒――
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