第100話、もう一段、下


「そろそろ、夜時間ですよ」


 ドワーフのマルモが教えてくれた。


 アンジャ神殿地下の探索中の俺たちリベルタ。ずっと地下にいると、時間の感覚なんてさっぱりだが、ドワーフには分かるらしい。


 ニニヤが、マルモに聞いた。


「偏見に聞こえるかもしれないですけど、ドワーフって地下暮らしじゃないですか。太陽もないのに、朝や夜が分かるんですか?」

「ペルセランデは、地上種族との交流が多いから、そういう人たちに合わせて活動しているんだよ」


 マルモは説明した。


 本来のドワーフは、働いて疲れたら休む、寝る、で活動時間に関しては自由だという。しかしペルセランデのような地上種族と商売などをする場所では、太陽の出ている時間に合わせたほうが交流しやすいともあり、昼夜を明確に分けているらしい。


「専門の見張り番がいて、外の天気や時間を知らせるの」

「へえ……」


 感嘆するニニヤ。異種族って面白い。


「で、そういう生活をしていると、だいたい勘で今が昼か夜か分かるようになる」

「あ、じゃあ今のはマルモさんの勘なんですね」

「結構、正確だよ」


 ニコリと笑うマルモである。


 夜時間ということなので、神殿地下で一泊。生け贄の穴の底が広いので、例の壁や床板、天井板を出して、仮設部屋を設置。通路は石材なのに、この生け贄の穴の底だけ砂地となっている。この高さではクッションにもならないのに何故なのか。


 それはともかく、ここをキャンプ地とする!


「テントじゃないんですね」


 マルモは不思議そうな顔をしていた。わかるぞ。こんなの、俺たちくらいだろう。


 生け贄の穴のある階層には、闇ドワーフくらいしか出なかったが、一応、警戒はする。闇ドワーフ自体は聖剣のおかげで処理できたけど、ゴーストとかが上から襲ってくるなんてこともあるかもしれない。


 ここは、実質ダンジョンだからな。


「いったい何があると思います?」


 仮設部屋の床に寝袋を敷いて横になっているルカが言った。すぐそばで照明代わりの焚き火の近くに座っていた俺は肩をすくめる。


「さあて、どうなんだろな。……マルモ、ドワーフの昔話がどうのって言っていたよな? それで何か知らない?」


 話を振ってみれば、マルモはゴムの上に寝そべりながら唸った。


「昔話って言っても、大したことはないですよ。魔王の復活を企んだ悪いドワーフが、暗邪あんじゃ神殿の地下の迷宮で悪い実験をしていたってやつ」

「昔話ならその話の結末は?」

「人間やドワーフたちが協力して悪党をやっつけた、ですね。まあ、よくある感じのお話ですよ」

「そういえば、実験場みたいなのは上にはなかったわね」


 アウラが天を見上げる。ルカが首を傾けた。


「それなら迷宮というのも怪しいですけど」

「昔話ですからねぇ」


 マルモが力を入れたのか、枕代わりのゴムが微妙に伸びた。


「細かな部分は違うかも――」

「お前たち、まだ起きているのか」


 通路の片方を見張っていたシィラがやってきた。アウラが言い返す。


「交代の時間は早いわよ?」

「水分を取りにきた」


 そう言うと、シィラは魔法槍を砂地へ思い切り刺した。ガキィン、と金属音がした。


「ん?」


 砂の下から聞こえた金属音に、俺たちは顔を見合わせた。


「この下、何かある?」

「掘ってみましょう!」

「スコップ、ありますっ!」


 マルモがバックパックからスコップを出した。魔法槍が刺し損ねた場所の砂を掘り起こす。


「そういえば、何でこの穴の底だけ砂があるんだ?」


 またも金属音。スコップがぶつかったのだ。金属板か? 辺りの砂をどけてみれば、金属の床が出てきた。


「……他と同じ石の床の上に砂をまくってのは、理由はわからんけどあるかもしれない」


 俺は首を横に振る。


「でもここだけ金属の床で、さらに上に砂を被せる理由ってのは――」

「擬装。何かを隠している」


 アウラは俺たちを見渡した。


「こんなものあるとなれば、オチオチ休めないわよね?」


 気になって眠れない。ということで、せっかく建てた仮設部屋を片付けて、砂を撤去。だがいちいち掘るのは面倒な広さなので、魔剣の収納庫に砂をまとめて回収する。


『まーた、我の収納庫に無駄なものを……』


 すまんね、ダイ様。岩とか砂とか、一見すると価値のないものを押しつけてしまって。でも7100トンも収納できるっていうからだぜ、こんなのはさ。


 さて砂を片付けると、穴の底の中心部周りが金属の床となっており、その真ん中に突起があった。


「これ、たぶん仕掛けですよ」


 マルモが指摘した。上から押すと作動するものらしい。


「落とし穴じゃないよな?」

「人間の重さくらいではビクともしなさそうなので、トラップではないと思いますよ」

「シィラ、石突でガツンとやってくれ」

「わかった、ヴィゴ」


 槍の穂先とは反対、柄の端にあるのが石突である。シィラはスイッチの側に立つと、思い切り石突で叩きつけた。


「もう一発」


 ガコン、と突起が床にへこむと、ガタガタと音が鳴って金属板の部分が下がりはじめた。揺れて動揺する仲間たちだが、ゆっくり動き出したこともあってとりあえず様子を見る。


「まるでエレベーターみたいです」


 マルモが、ドワーフたちが使っている昇降機と説明した。下がっていく金属床はやがて、底についた。


 パッと室内に緑色の明かりが浮かび上がる。クリスタルの柱と、床や壁、天井に刻まれた線も淡く緑色に光っている。


「これが、昔話の実験場かしら?」


 アウラは床の光の線を指先で辿り、その先のものを見た。


「魔法陣があるわ」

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