第12話、世界は変わった(冒険者パーティー『シャイン』)


 ルース・ホルバと冒険者パーティー『シャイン』が、遠征から戻ると、王都カルムの外壁の一部が崩れ、超巨大な化け物の死骸が横たわっていた。


 なんてデカいんだ!


 当然ながら、ルースも仲間たちも、これほどまでに巨大な魔物など初めて目にした。


 町の一部も被害を受けていたが、冒険者ギルドは無事だった。クエスト達成で報酬を受けとりつつ、留守中に何があったか聞けば、邪甲獣という伝説の化け物が王都を襲ったのだという。


 そして信じられないことに――


「はあ!? ヴィゴだと?」


 ルースは聞き違いかと思った。エルザやアルマ、騎士のナウラ、クレリックのイラ、パーティーの美少女、美女たちも驚愕した。


「嘘でしょ!? ヴィゴがあの外の化け物を倒したって言うの?」

「あり得ません。何かの間違いでしょう?」


 それだけ邪甲獣とやらの死骸は大きかった。そもそもどうやって倒したのか、人間の力でどうにかなるのか気になっていたところだ。


 それを、つい先日、追放した元パーティーメンバーであるヴィゴが倒したなど、到底信じられるわけがなかった。


 受付嬢は困った顔になる。


「嘘もなにも、見ていた人たちがいるんです。ヴィゴさんが魔剣で邪甲獣を倒したと――」

「魔剣だと?」


 ルースは面食らう。


「いや何かの間違いだ。ヴィゴは魔剣なんて持ってなかった……」

「ねえ、それ本当にヴィゴなの? 同じ名前の別人じゃないの?」


 エルザは眉をひそめる。アルマは考えるポーズを取る。


「このギルドの冒険者に、他にヴィゴという名前の人はいるのですか?」

「いません」


 受付嬢はキッパリと答えた。


「先日、そちらから除名されたヴィゴさんで間違いありません」


 ルースは天井を仰いだ。


 あいつはいつ魔剣を手に入れた。魔剣使いというのなら、まだシャインに残しておいてもよかった。


 見た目はアレですが、魔剣持ちなんですよ――と紹介できるなら、ルースのパーティーのブランド力を上げることに貢献したに違いない。


 しかも、王都の外の邪甲獣――外壁を破壊し、王都に被害を与えた化け物を倒せるなど、英雄も同然ではないか? 魔剣持ちのヴィゴがいれば、その手柄もシャインのものとなったはずなのに……!


 ――何で魔剣のことを黙っていたんだ!? 


 ルースは怒りを覚える。……追放した後に、ヴィゴが魔剣を手に入れたなどと考えもしないルースだった。


 自分たちで追放しておいて、ヴィゴが黙っていた、嘘をついていたと決めつけ、腹を立てたのだ。


「いよぅ、ルーズ」


 中年冒険者のクレイがギルドフロアの休憩所から声を掛けてきた。容姿は、小汚さを感じる粗野冒険者で、ルースはあまり彼のことをよく思っていない。


「残念だったな。お前さんらが追放したヴィゴは、一躍時の人だぜ」


 彼の仲間たちが笑った。


「いや気持ちはわかるよ。あのヴィゴがまさか魔剣を手に入れちまうとはねぇ。おれらもビックリしてるよ。その魔剣ってのも見たが、すっげえ重てぇんだ。そりゃあのバカデカい化け物だってぶっ飛ぶわ」

「……」


 ルースは苦虫を嚙み潰したような顔になる。正直、不愉快だった。


「おいおい、おれらも眼中になしかい、ピカピカさんよぅ」

「うっさい、黙れ中年!」


 エルザが思い切り挑発しつつ、シャインメンバーはギルドを後にする。近くにいた冒険者たちは失笑していた。


 邪甲獣を倒すほどの戦士を手放した見る目のないパーティー。普段の姿を見ているだけに、シャインへの風当たりは実に冷ややかだった。



  ・  ・  ・



 ルースにとって、ヴィゴという男は小さい頃の付き合いであり、最初の友人と思っていた。


 体力は互角。よく駆けっこして、どっちが勝った負けたと言い合った。


 しかし、見た目はルースは幼い頃から優れていて、周囲の大人たちや年上、同い年含めた女性から、とにかくモテた。


 一方のヴィゴは、何とも普通であり、黙っていると近所の悪ガキ感が半端なかった。中身は悪ガキどころか、お節介なくらい良い奴だったのだが、周囲はそうは思っていなかった。


 見た目で損をしている。ルースは、最初の友人に対してそういう思いを強くしていった。そして周囲のルースとヴィゴへの対応を見るにつけ、その格差はより一層大きくなっていった。


『あんなのと、一緒にいると君の格が落ちてしまうよ、ルース』


 周りはヴィゴを下にみて、ルースを持ち上げた。女の子たちは、ルースといる時間をヴィゴに邪魔されたくなくて、より悪く言っていた。


 そのうち、ルースは、ヴィゴを友人と思わなくなった。むしろ、彼を哀れみ、同情することで、ルース自身が慈悲深い、寛容、よくできた男と褒めるようになった。


 イケメンで優しい男。周囲の評価を得るための踏み台として、ヴィゴを利用するようになった。


 ふたりで冒険者に憧れ、剣の練習をしていた時も、実力でヴィゴに負けた時でさえ、周囲は『彼に花を持たせてあげたのね』とルースを好意的に見た。


 見た目のよさが、すべてを制する。


 評価も、女も、この恵まれたルックスがあれば思うまま……。


 冒険者になった後も、ルースは同じパーティーにヴィゴを誘った。すぐにエルザやアルマが加わった。当然、ルースのルックスに惹かれた女たちだ。


 新人時代はとかく失敗もしたが、その原因について、ルースは軽く、ヴィゴはキツめに当たられることが多かった。これも、見た目に対する好感度の差だろう。他の冒険者たちも、ルースよりもヴィゴへの当たりが強かった。男どもがルースに容姿について嫌味や僻みを見せることは多かったが、その分だけ女性陣の評価が上がり、チヤホヤしてくれた。


 だが、順当に力をつけてきて、さらにメンバーが増えていくにつれて、ヴィゴの存在は次第に目障りになっていった。


 一言目にシャインを褒めた人が、二言目に、モブのヴィゴを見て『あんなのがいるの?』と眉をひそめられるようになったのだ。


 彼以外のメンバーは、美女揃いであり、ルースもまたイケメンだったが、それ故に、平凡過ぎるヴィゴが悪目立ちを始めた。パーティー内の女性陣は、とくにそれに敏感であり、ヴィゴに対する感情が急激に悪化した。


 女とは恐ろしい生き物だ。ここらで切り時だろう――そう思ったルースは、ヴィゴをパーティーから追放した。


 もう踏み台はいらない。輝かしい冒険者の栄光が待っているのだから。


 だが、追放した途端、ヴィゴは魔剣持ちとして、一躍王都で名を馳せていた。


 忌々しい。


 だが、過ぎてしまったことだ。自分たちがより活躍すれば、すぐに人は地味なヴィゴより煌びやかなルースたちを見るだろう。


 気持ちを切り替えよう。まずは蓄えた金で装備をグレードアップする。


 ――などと考えながらホームへ帰ったルースとシャインメンバーたちは愕然とした。


 自分たちの慣れ親しんだパーティーホームが、跡形もなく破壊されていたからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る