第11話、そして世界は変わった


 魔剣ダーク・インフェルノは、その力が発現していない。


 ただの魔法金属製の剣である――解析した魔術師たちは、そのように報告した。結果、髭の騎士殿の言うとおり、魔剣は俺が使っていいことになった。


 邪甲獣の襲撃に王都が騒がしいため、正式な褒美は後日となった。ただ前金というわけではないが、金貨100枚を貰った。


 大金だ。家も買えるし、オーダーメイドの高級武具を揃えられるし、装備などに使わないなら、しばらく遊んで暮らせる。……それも正式な褒美はまた別なのだから恐ろしい。


 魔剣は俺の手に戻ってきた。というか、俺にしか動かせなかった。俺がいなければ移動もできないという。手の掛かる剣である。


「まあ、よかったではないか」

「まあね」


 城にいた頃には、まったく顔を出さなかったダイ様と一緒に王都を歩く。無意識のうちに所属していたパーティー『シャイン』のパーティーホームへ向かってしまったが、着いてしまって後悔することはなかった。


 ホームがなくなっていた。


 邪甲獣のブレスが直撃したルート上に存在していたのだ。周囲の建物同様、蒸発してしまったらしい。


「お主の元仲間も吹き飛んだか?」

「いや、今日は王都を出て、遠征するところだったから、たぶん留守だったと思う」


 取りあえず死んでいないというのはこういう理由だ。俺は自然と込み上げてきた感情のまま笑った。


「ざまあみろ! お前らのホームは吹っ飛んじまったぞ!」


 俺は今朝追放されたから、もう関係ないもんね! ケケケ、俺を道化みたく利用した報いってやつだ。日頃の行いだよ、ルーズ! いい気味だ。


「ま、生きているだけ、儲けものだよな。せいぜい頑張れ」


 俺がいなくても、あいつらなら稼げるだろう。苦労しやがれ。


 さて、過去にさよならを言って、これからだ。まずは冒険者ギルドへ行くか。たぶんクレイたちもいるから、魔剣使いって話はもう広がっているだろう。


 どこぞのパーティーが勧誘してくれればいいが。……そこのパーティーホームへ厄介になれば、ひとまず寝床には困らないだろう。



  ・  ・  ・



「ヴィゴ! うちのパーティーに入らないか?」

「あんた強いんだな! Dランク? そんなの気にしない気にしない!」

「俺たちはあんたのような強い男の戦士を探していたんだ!」

「鋭い目つき。只者ではなかったわね。どう? ワタシのところに来ない?」


 ギルドを歩いていたら、冒険者たちが集まってきた。最初は邪甲獣を倒した俺を『英雄だ』『魔剣使いだ』などと褒めなくっていたが、気づけば激しい勧誘合戦が始まっていた。


 熱い手のひら返し。


 昼間、俺をフッた連中までが、熱心に勧誘に来た。


 付加価値、凄ぇ。というか、邪甲獣退治と重なって、評価が凄まじいことになっている。ぶっちゃけ、引くわこんなの。


 誘いが多すぎる上に、圧が強くて判断に困る。


 どうしたものかと思っていたら、冒険者ギルドの職員がやってきた。


「ヴィゴ・コンタ・『テ』ィーノ?」

「コンタ・『デ』ィーノ。ディーノ」

「……ギルマスが呼んでる」


 呼びにきたおっさん職員は、それだけ言うとさっさと踵を返した。名前を間違えた上に、伝言済んだら去るとか、俺の扱い雑じゃね? まあいいや、冒険者たちの勧誘から逃れる口実ができた。


 近くの別の職員に聞いて、ギルマスの部屋に向かう。


 ギルドマスター用の事務室兼面談室といった内装。外のフロアがほどよくくたびれているのに対して、ここは明るく清潔だった。


 面談スペースには、見覚えのある背の高い女の後ろ姿があった。


「ルカ」

「あ、ヴィゴさん」


 振り返り、ペコリと彼女はお辞儀した。何と礼儀正しいのだろう。何でここにいるんだろ……?


 そんなルカと、机を挟んだ反対側の席にいたが、カルム冒険者ギルドのギルドマスターである。


 眼鏡をかけた厳めしい顔の初老の人物、グフ・ロンキドは、かつてSランクの冒険者として名を馳せた。何度か顔を見かけたが、直接話したことはない。


 緊張した。グフ・ロンキドだ!


「初めまして、ヴィゴ・コンタ・ディーノです」

「君か、ヴィゴ君――」


 ロンキドさんは眼鏡の奥の目を細め、手にした書類に何かしら書き加えた。


「まあ、座ってくれ。いまルカ嬢からも話を聞いていたんだがね」


 それで彼女がここにいるのか。納得。


「――先ほどの化け物……邪甲獣というらしいが、その退治に活躍したらしいな。私もこの建物から、化け物の頭が見えた」

「そうでしたか……」

「どうした? 緊張しているか?」

「えっと、あなたに憧れて冒険者になったので……興奮してます」


 そうなのだ。顔はいかつく、実は背も低い。正直、見た目では恵まれていない人だったが、物凄く強かった。このウルラート王国に、その人ありと謳われた伝説的冒険者であり、この人が残した『外見は関係ない。何を成したかが重要なのだ』という言葉は、没個性な俺の心の支えでもあった。


「最近は、そういう素直な反応をするヤツが少なくてな。まあ、それはいい。……ところで、その隣の娘はお前の子供か?」


 え?――見れば、長椅子の端にダイ様が座っていた。……いつの間に?


「我は魔剣ダーク・インフェルノだ!」

「……なるほど、この子は魔剣だな。私はグフ・ロンキドだ。よろしく」


 ロンキドさんは、魔剣と聞いてもまったく動じず、疑う素振りもなく頷いた。百戦錬磨、伝説級冒険者。さすがだ……。


「グフ? 変わった名前だな」

「ばっ……」

「ふむ、私の祖父の一族の言葉でな『声』という意味らしい。生まれた時から、それはそれは大きな声だったそうだ」


 ギルマスは淡々と答えると、俺に向き直った。


「ヴィゴ、コンタ・ディーノ……名前は合っているかな?」

「はい」

「うむ。この度の邪甲獣の討伐だが、よくやってくれた。クエストではないが、王都の危機に対処したとして、特別報酬が出る。表の邪甲獣の死骸の扱いについては、王国が手が早かったが、本来は冒険者ギルドの管轄だ。君の取り分の対価はギルドが責任をもって王国側と交渉する。ここまではよろしいか?」

「は、はい……」


 報酬が貰えるらしい。もう王国から報酬の一部を貰っているが……。


「それと、君の冒険者ランクは、ただ今をもってCとする。今後も活躍すれば、ランクも上がるだろう。頑張りたまえ」

「ありがとうございます!」


 ランクアップだ。活躍が認められたということだ。そしてそれを憧れのグフ・ロンキドから直接伝えられるとか、光栄過ぎてクラッときてしまった。やったぜ!

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