第9話、邪甲獣、堕つ


 途方もない巨大な黒き魔獣が、王都カルムを襲った。


 ドラゴンをも上回るスケールの超巨大魔獣の出現は、王都を混乱に叩き落とした。


 外壁の報告で、守備隊が急行するも、あまりに巨大な敵は王都に迫り――やがて取り付かれた。


 私、クレオ・バンデッシュは非番だったが、緊急呼集で前線へと駆けつけた騎士のひとりだ。


 だが私が目にしたのは、あまりに巨大な敵の姿。弓兵による射撃も、王国魔術団の魔法も、まるで歯がたたず、その前足で外壁で守備隊が蹴散らされた。


 その前足に槍を持った兵や騎士が攻撃を仕掛けるも、悉くが弾かれ、無傷。魔物討伐に定評のある冒険者たちも駆けつけたが、さすがにお手上げといった有様だった。


 黒き魔獣はブレスを吐いた。その一撃はいとも容易く王都の一部を吹き飛ばす。王城に直撃しなかったのは、奇跡かもしれない。あれだけ目立つ建物が攻撃を免れたのだから。


 前にいた小隊が撃破され、私の部隊の番となった。呼集に間に合わなかった者もいたが、逃げ出したのか、あるいはこの惨事の犠牲になったか、まだ駆けつけている途中かはわからない。だが敵は待ってはくれないのだ。


 私は槍を取り、巨大な魔獣の前足に突撃した。金属の装甲のようなものがついているのは見ていた。そこに攻撃は通らないが、かといって槍の長さでは、どうしてもそこまでしか届かない。


 兵たちもわかっていただろう。前の連中が挑み、そしてやられたのを見ていたのだから。しかし他に手はない。振り回される前足に、為す術なく吹き飛ばされる兵たち。私のように槍を投げ出し、とっさに伏せなかった者は血と肉へと変わった。


「くそっ!」


 私は下げていた剣を抜いた。黒き魔獣の、ドラゴンのような顔がこちらを向いている。ヤツと目があった。


 その瞬間、心臓を鷲づかみにされたような重苦しさに苛まれた。全身から震えがきて、汗が吹き出す。呼吸が止まるとは、これを言うのか。私は意識を失いそうになった。


 だが、その時だ。魔獣が天を仰ぎ、絶叫したのは。


 そして傾き倒れようとしている。魔獣は前足を外壁に引っかけて、転倒を防ごうとした。もしここで倒せたら、もしかしたら生き残れるかもしれない――ふっと湧いた感情。しかしそれを考えるより早く、またも魔獣は叫び声を上げて、とうとう横倒しになった。


 いったいどうしたのか? 私や生き残りの兵たちは外壁の端へ駆け寄り、眼下を見た。


 倒れ伏す黒き魔獣。一瞬上がった砂埃が消えた時、ひとりの戦士が横倒しの魔獣の腹を武器で攻撃しているのが見えた。


 まるで小人が巨人を叩いているようで、とても効くとは思えないのだが、殴られるたびに魔獣が絶叫し、やがて目に光を失って動きを止めた。


 死んだ!? まさか?


「あの戦士が、仕留めたのか!?」


 しかし、そうでなければ、魔獣の動きが完全に止まった理由が浮かばない。魔獣がもがいている間、攻撃し続けたのは、あの戦士だけだ。


「信じられない……!」


 私はその場で膝をついた。力が抜けたと言っていい。それと言うのも、周りで上がり出した歓声の影響だ。


「やった! やったぞー!」

「魔獣が死んだーっ!!」


 生き残った兵たちは絶叫し、あるいは涙を流して生き残ったことを感謝した。


「神よ」


 震える手で、十字を切り、私は祈りを捧げた。


 これがのちに『邪甲獣トルタル、王都襲撃事件』における私が見た全てだ。



  ・  ・  ・



「やりました! ヴィゴさん、やったんですよ!」


 邪甲獣を倒した直後、俺はルカに抱きしめられた。でっかいお胸様が肩に当たって、一瞬、意識を失いかけた。


 割と全力で邪甲獣を叩き続けたから、終わってから疲れがドッと押し寄せてきたのだ。それに俺とルカの体格差だろ? 持ち上げられて、されるがままだった。


「お、おう……やっつけたんだよな、これ?」


 自分でも少し疑っている。本当にあのバカでかい四足の化け物を、俺が倒したのかどうか。


『まあ、我の重量をまともに喰らえばこんなものよ』


 ダイ様の声がした。自称6万4000トントォンの超弩級魔剣の直接アタックを連続で受ければ、大抵のものは潰れる。


『むしろ、よくもったほうよ。普通なら、一発くろうて死んでもおかしくないぞ』

「魔剣って凄いんですね」


 感心するルカに、ダイ様は声で返した。


『なに、我の真なる力も解放せずに物理で仕留めたヴィゴが頭おかしいんだ』

「おい!」


 何気に貶すのやめてくれる? 


『それより、お主ら、いつまで抱き合っておるのだ?』

「え? あっ……!?」


 ルカが慌てて俺を放した。


「ご、ごめんなさい。私ったら、つい……」


 赤面しながら小さくなるルカ。見た目に反して、初々しくてドキリとしてしまう。ギャップだギャップ。


 やがて、邪甲獣の周りに王国の兵士や冒険者たちがやってきて、騒々しくなった。王国の騎士が、俺とルカのもとにやってくる。


「お前が、この化け物をやったのか?」


 やたらと威圧感のある八の字髭の男だ。鎧の豪華さから上級の騎士だろう。見た目もあるが、偉そうな人の登場で俺は緊張してきた。


「まあ……たぶん、そうだと思います」

「うむ、上で見ていた者たちが、お前がひとりあの化け物を倒したというのでな。にわかに信じがたいが……」

「わかります」


 このスケール差だもの、無理もない。実際に見ていないとな。


「見たところ、冒険者のようだが……。どうやって倒したのだ?」

「ええーと、この魔剣で――」


 手にしたダーク・インフェルノを指さしつつ見せれば、不意に声がした。


「ヴィゴォ! ヴィゴ・コンタ・ディーノ!」

「クレイのおっさん!」


 中年冒険者のクレイが、他冒険者たちと俺たちの方へやってきた。


「この化け物を倒したって言うのはぁ、お前だったのかっ?」

「待て、いま私が話しているのだ。引っ込め」


 上級騎士は、クレイたちを睨んだ。……というか、どんどん周りに人が増えてるな。


「魔剣と言ったが?」

「ええ、スウィーの森の魔剣です。ついさっき手に入れまして……」

「カラコルム遺跡の魔剣んん!?」


 クレイが大声を発し、周りもざわめいた。


「手に入れたのか! お前がっ!?」

「マジかよ!」


 水を差され、冒険者たちを睨みつける上級騎士。クレイは口を閉じる。


「それほど凄いのか。よく見せてくれ」

「どうぞ」


 俺は騎士にも見えるように魔剣を出した。

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