第7話、6万4000トンのパワー
目の前に迫った死の陰が俺の視界から消えた。
魔剣が巨大な邪甲獣の鼻っ面に当たった瞬間、ヤツの顔が潰れて吹き飛んだのだ。
え……?
後から音がついてきたように、俺は間抜けな呟きを発していた。
普通、あれだけ大きな物体が迫ったら、こっちもノーダメで済むわけがない。だが現実として、俺は無傷で一撃で圧死したのは邪甲獣のほうだった。
「これが、魔剣……ダーク・インフェルノか……!」
「いやー、我は何もしておらんぞー」
ダイ様が、俺のところまで歩いて言った。
「先にも言ったが、お主の魔力が我にまったく影響していないから、ただの魔法金属の棒だぞ。それを吹き飛ばしたのは、我をぶん回せるお前のスキルだぞ。――まあ」
ダイ様は、俺が腰に下げているショートソードを指さした。
「そっちで立ち向かっていたら、ミンチになっていたのはお主のほうだから、我の手柄ということでもいいがな! ハハっ!」
「お、おう……」
そうだよな。いつもの武器だったなら、俺は死んでいた。手に入れた魔剣を収める鞘などがなくて手に持っていたからそのまま使ったが、もし収めていたら俺はとっさにどっちの剣を使っていただろう? 背筋が凍った。
「すげぇー!」
唐突な声に、俺はビックリした。見れば馬車の生き残りだろう。邪甲獣から逃れられたことで歓声を上げていた。死の恐怖から解放された反動だろう。
「あ、あの……」
声を掛けられ、慌てて振り返った。見ればルカだった。
「あの、おかげで助かりました。ありがとうございます!」
でかい。お胸もだが、長身の彼女は、余裕で俺を見下ろす位置だ。お礼に頭を下げられたが、それでもまだ大きい。
「お、おう、怪我はない?」
「ええ、打ち付けたせいで体が痛いですけど、骨は折れていませんから大丈夫です」
物凄く物腰が柔らかだった。長身というだけで威圧感を感じていたが、話すと意外と優しげだ。
「えっと、たしか冒険者ギルドでお顔を拝見しましたよね? 私、ルカと言います」
「ヴィゴだ。ヴィゴ・コンタ・ディーノ」
「どうぞよろしく、ヴィゴさん。お強いんですね」
優しい表情で話しかけられて、俺の心臓がドクリと跳ねた。背の高さを除けば、彼女はスタイルが大変よろしい美人さんだ。そんな人から好意的に接してもらえたら、ドキドキが止まんねえよ!
「ま、まあ。俺というより、この魔剣の力だけど」
「そうだぞ。我の力だ。存分に褒めるがよいぞ!」
俺の隣でダイ様が、これ以上ないほど胸を張った。なお幼女体型なので、平坦なお胸である。
「えっと……この子は?」
ルカが当然と言えば当然の質問をした。
どう紹介したものか。魔剣ダーク・インフェルノですって、言うのは何かこう抵抗があるというか……。何でだろう?
「我か? よくぞ聞いた。我の名は、魔剣! ダーク・インフェルノ!」
「……」
ほらぁ、微妙な空気になっちまったじゃん。ルカも反応に困ってる。俺も目逸らし。
「あの……ヴィゴさん?」
「はい、この魔剣です。ダイ様と呼んでます……」
「ダーク! インフェルノぉ!」
「この子、魔剣なんですか!? というか、ヴィゴさん、魔剣持ちなんですか!?」
ルカが話題を剣のほうに向けた。やっぱりダイ様へのツッコミに困っていたようだった。
その時、遠くから破砕音が聞こえ、さらに邪甲獣の咆哮が天にも届く勢いで轟いた。
忘れていた。王都がクソデカ邪甲獣に襲われようとしていたんだった!
「ああ……! 王都の外壁が!」
ルカが口元を手で覆った。
生存者たちも呆然とそれを目の当たりにする。黒く巨大な亀のような体を持つ邪甲獣が、そびえ立つ城壁に前足からのし掛かり、ガラガラと押しつぶしているのを。
「つーか、外壁だって30メートルぐらいの高さはあるだろ……。それよりデカいって、マジで化け物じゃねえか!」
邪甲獣のドラゴンのような頭、その口腔が輝くと、オレンジ色の光線を吐き出し、さらなる破壊音を響かせた。
「ブレスまで吐くのかよ!」
こりゃ本当に王都が滅ぼされてしまうかも。慣れ親しんだ建物。パーティーホーム、冒険者ギルド。そこで会った人たち。俺を追放したルーズの野郎やエルザにアルマ、冒険者たちの顔が浮かんでは消える。
畜生……。好き勝手やりやがって!
だが、あんなデカ過ぎる化け物にどう戦えっていうんだ?
王都には上級の冒険者もいる。しかし彼らでさえ、束になっても敵うかどうか。サイズが違いすぎる。いかな名剣、伝説級の武器があろうとも、まともな戦いにすらならないだろう。
こういう時、聖剣を持つ勇者なり冒険者がいれば……。
いや、俺の手には魔剣があるじゃないか。大地を割る力を持ったこの魔剣ダーク・インフェルノならば!
「ダイ様!」
「なんだ?」
「この剣の力なら、邪甲獣とも戦えるんじゃないか!?」
「まあ、我が本気を出せればな」
「出せよ!」
「お主の魔力があればな! しょぼ過ぎて、力も使えんわ、愚か者め!」
だが――ダイ様は、そっぽを向いた。
「お主の力で、直接ぶん殴れば、今の我でも邪甲獣もひとたまりもあるまいて。重量の点では、あやつと我では桁が違うだろうし。せいぜい3桁……4桁もあるまい?」
重量では5桁トンのダイ様である。勢いをつけての殴り合いなら、どちらが凄まじいかは言うまでもない。……そうか、殴ればいいのか。物理で、直接。
「いやいや、あんなデカ物のそばまで近づくのは難しいぞ」
「だが、やらねば、何も変わらぬぞ?」
……その通りだ。王都にあの邪甲獣を退ける力があるとは思えない。
「ああ、わかったよ! 行くよ、行けばいいんだろ! じゃあ行くぞこの野郎!」
俺は魔剣片手に、王都へ走った。うわ、改めて考えなくても、くそ遠くね? 腰に下げているショートソードが邪魔な感じ。
「なんなら、その荷物、我が収納してやろうか?」
「うわっ、ダイ様。何、浮いているの!?」
すぃー、と俺の横を滑るようについてくるダイ様。魔剣が本体で、少女はおまけみたいなものというのが、よくわかるあり得ない動きだ。まるで幽霊だ。
「それより、収納って何?」
「収納は収納だ。インベントリ、アイテムボックス? そんなようなものだ」
「アイテムボックスならわかる。何かすっげぇ色々入る魔道具だろ? そんな能力もあるの?」
「うむ。我はおよそ7100トンほど収納できる」
感覚が麻痺しそうだが、それは大容量過ぎるのではないだろうか? わけわけらん。
「収納した分だけ我の重量も増えるがな。まあ、お主はどんなものでも持てるのだから、増えても関係あるまいが」
「じゃあお願い!」
今は少しでも軽く……いや、重量的には変わっていないのか。しかしだいぶ走りやすくなったし、手に持っているものについては重さをさほど感じていない。なら、それでいい。
しかし……遠いなぁ。
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