自分の知らないジャンルに手を出してみた

隅田 天美

第一話 母さん、俺、異世界に飛ばされました(正行)

 その日は、ごく普通の、ありきたりな日曜日だった。

 ただ、道場で普段は明るく大騒ぎをする父が道場の真ん中で瞑想していた。

『っんなもん、戦闘じゃあ役に立たないぜ』と普段言っていた男が巌のように動かない。

 飯の時間になっても指一本動かさない。

 鍛錬と勉強を終えた息子の正行は何度か声もかけるが無反応である。

 普段は陽気な男が沈黙を守る。

 正行が庭先を箒で掃いていると二人の男がやって来た。

 一人はスリーピースのスーツにコートを羽織っている。

 石動肇。

 平野平秋水の最初にして最後の愛弟子であり、最愛の友人。

 もう一人は、普通のスーツだけの男。

 猪口直衛。

 平野平家の盟主にして最大のスポンサーであり保護者である。

「わざわざ、年末の忙しいときに来ていただきありがとうございます」

 正行は掃く手を止めて頭を下げた。

「大丈夫、大掃除を抜ける大義名分が出たよ」

 途中の自販機で温かい飲み物を飲んだのか、猪口の口から白い息が出る。

「それで、おやっさんの様子はどうだ?」

「動いていません」

 正行の報告を聞きながら石動と猪口は道場の中を見た。

「よく、腹が空きませんね」

 半笑いで正行が言う。

「『甘露』を飲んでいるからかな?」

「甘露? あの透明で……」

「それは飴……昔、お前のお爺ちゃんである春平さんが思い出話で『本当の武芸者って自分の気で飴みたいなものだして空腹を満たした』なんていっていたな」

 猪口も半笑いになる。

 と、正行の耳に父の声がした。

『よし、揃ったな!』


 その瞬間、その場にいた正行も石動も猪口も体の力が抜け、意識を失った。

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